BANG & OLUFSENと辻邦浩のMODAL
BeoSound3200はレトロ・フューチャリスチックなデザインに魅了されて4年前に買ったもので重低音や中/高音の抜けもよく 一人住まいのシンプルライフの部屋のインテリアのひとつとしても欠かせないもの 「ジャズ的なるもの」を聴くにはオーディオ装置もその音楽の一部分である
"歌は世につれ 世は歌につれ"
"音楽はデザインにつれ デザインは音楽につれ"
1925年、ピータ・バングとスヴェンオルフセンによってラジオメーカーとして創立されたデンマークのバングアンドオルフセンからは、最近インターネットから音楽データをダウンロードできるBeoSound4やベオラブ5などのオーディオ・スピーカーなどの新しいタイプの製品が発売されているが、ボクのBeoSound3200はレトロ・フューチャリスチックなデザインに魅了されて4年前に買ったもので重低音や中、高音の抜けもよく、一人住まいのシンプルライフの部屋のインテリアのひとつとしても欠かせないもので気に入っている。アナログレコードはもう一台パナソニックのMASHを持っているのでB&OのAUXに繋いで聴いていることが多い。
http://www.bang-olufsen.com/page.asp?id=185
バングアンドオルフセンにも劣らない辻邦浩というプロダクトデザイナーがいる。以前彼が南船場でCafe「Mode」を立ち上げていた頃に、雑誌「BIT」で彼の作った「ウォータースピーカー」を取材し紹介したが、現在は堀江に移転してオフィスとショウルームを兼ねた同名のカフェを経営してもいる。先日久しぶりにそのカフェにお茶を飲みに行ったときに、「MODAL」という新しいスピーカーが展示されていたのだが、そのフォルムの美しさと、彼の洗練されたプロダクトデザインのアイデアに魅了された。
そのMODALは、上向きに音を送り出すというこれまでにない発想のスピーカーで、前向きに音を出すスピーカーに比べ、家具などの障害物によって音波が遮断されることなく放射状に空間に広がり、より純粋な音質が期待できるという。スピーカーの本体を包む発泡ウレタンをERPのシェルではさんだユニークな形状をしていて、また上部のスピーカーユニットにホコリなどが入らないよう不使用時にはシャッターが閉じる仕掛けになっている。プロダクトデザイナーの辻邦浩氏(Kunihiro Tsuji)は、1965年生まれで2000年 Kunihiro Tsuji Design 設立。2005年 東京大学客員研究員。空間デザイナー・建築家とコラボレーションし商業・公共空間の音環境を高度に音響デザインできる唯一の存在で、そのアーティスティックでかつ独自の音響心理学を用いたコンセプチャルな手法は、音響デザインの新しい時代を築いたといえる。2001年には「Water Speaker」をヴェネチアビエンナーレ時のベニスで発表し絶賛を博し、2002年9月ロンドンの100%Designでのインスタレーション、11月はフランスのデザインビエンナーレである「Biennale International Design Saint Etienne」では日本の代表として選ばれ、2004年からロボットラボラトリーのリーディングプロジェクトの代表としてロボティクスによる空間知能化デザインに取り組んでいる。
去年はミラノサローネの開催期間中(2006年4月5日〜4月10日)にミラノ市内においてが立ち上げたエレクトロニクス企業である「Kunihiro Tsuji Scientific」が、新しい音響システム「Modal」の発表とインスタレーションを行った。会場となったのはミラノ市内の中心部にあるサンパオロ・コンベルソ(San Paolo Converso)。16世紀の後期ルネサンスに建造された古い教会で天井のヴォールトがカマボコ型をしており、その音響効果を利用して50年代にマリア・カラスがレコーディングを行った場所としても知られていて、辻は新しいスピーカーを発表する場として「ここをおいて他にない」と考えたという。今年の4月にもイタリアでイラリア・マレッリによるインタラクティブなインスタレーションを展示している。
(経歴/活動などはネットから抜粋したもの)
"歌は世につれ、世は歌につれ"という諺があるが、
いまや、"音楽はデザインにつれ、デザインは音楽につれ"なのだ。
追伸 '07 8 24
まるでボクらしくない話だけれど、今年のお盆は部屋から一歩も出ないで、1930年代後半から40年代の「太平洋戦争」、「World War II」、「End of World War II」などの古い歴史ヴィデオを見ながら、なぜニッポンが第2次大戦への道を辿ったのか、そして当時の欧州情勢と日本の置かれた立場などなど、ボクが生まれ落ちてからこの歳になるまで、いったいどのようなカラクリ、時代の潮流に巻き込まれて生きてき、世界がグローバル化によって現在の経済至上主義に至ったのかを、生まれて初めて真剣に考えた。なぜそんな気持ちになったのか、それをここで語るつもりはないが、ボクらニッポン人は常に(そして現代は特に)、そうした時代の空気や、人々が作り上げる靄のような集合的無意識、ムード感というか、実体のないものに絡みとられて、主体のないシュル・ファシズム、全体主義のように生きてきたような気がするんだ。ボクは常にそうした流れに逆らうように、個人主義的に生きてきたつもりだったが、しかし実はボク自身もそうした大きな時代の流れに組み込まれて生きているんだなと・・・。これは恐いことだぜ。だから、もう一度自分なりに自分の立っている足下を見直してみたくなったんだろう。
YESTERDAYS NEW QUINTET「Summer Suite」(STH2172)
ファンクラブ限定のCDが発売された。「夏の組曲」とでも訳すのだろう、The Last ElectroAcoustic Space Jazz & Percussion EnsembleとクレジットされたこのCDは、アブストラクト・ヒップホップというより、70年代のTribeやStrata-Eastなどのジャズに通じるオブスキュアでスペイシー、スピリチュアルなグルーヴを持っていて、先の「Yesterdays Universe」の延長線上の音楽が収録されていて素晴らしかった。