VANITY BOX カタログ 全作品リスト&解説 CD-8

CD-8 あがた森魚 – 乗物図鑑(1980 年)VANITY 0005

Agata Morio – vocals, compose, piano
Sab – synthesizer, strings, vocorder,
clabinet, lead guitar, bass guitar, guitar synthesizer,
bass synthesizer, rhythm box, echo, flanger,
electronics & arrangement
Fujimoto Yukio – electronics,
special synthesizer programming, effect synthesizer
special thanks to:
Phew + Idiot Girls – chorus
Mukai Chie – ko kyu
Yasuda Takashi – drums
Taiqui – synthesized drums
Punk Boys: Jun Shinoda & Kitada – side guitar
Roland Corporation Osaka
recorded at Studio Sounds Creation on November 1979
engineered by Oku
produced by AGI Yuzuru
VANITY RECORDS 1979

フォーク歌手として1972年に『赤色エレジー』の大ヒットを放ったあがたがテクノ・ポップを取り入れ、ヴァージンVS結成への足掛かりとなった重要転機作。Sab、藤本由紀夫(ノーマル・ブレイン)、Phew、北田昌宏(INU)、篠田ジュン(SS、コンチネンタルキッズ)、富家大器(ウルトラビデ、アインソフ)、向井千惠(イースト・バイオニック・シンフォニア、シェシズ)、安田隆(飢餓同盟)が参加。わずか2日間で制作されたラフな録音ながら、あがたの歌にポスト・パンク+ テクノ・ポップ・サウンドが出会い、20世紀少年の夢見るブリキ玩具仕立てのレトロ・フューチャー世界が組み立てられている。『恋のラジオ・シティ』はテレックス、『サブマリン』はジョイ・ディヴィジョン曲を下敷きにアレンジ。『エアプレイン』ではあがたが敬愛する稲垣足穂の肉声をループ処理しコラージュ使用。

 


Ⅱ 嘉ノ海幹彦

阿木から、昔からの知り合いであるあがた森魚から、再起を図るために手を貸してほしいと依頼されているとの話があった。当時のあがた森魚の事情は知らないし聞いてもいない。ただその取っ掛かりとして Vanity Recordsからアルバムをリリースするということだった。タイトルは『乗物図鑑』。
阿木の「コンセプトはテクノ・ポップであり、泣きの曲はなしだよ」、と始まった。
あがた森魚は自分のことを”A児(えいじ)”と名のった。製作期間は一週間。通常、録音からミックスまで一か月間近くを要する作業を、Vanity Recordsでは経費の関係から一日で”完パケ”まで持っていく慣わしだったが、あがた森魚の録音には二日間をかけるという”特別待遇”であった。
今から考えると、それでもたった二日間だった!!
メイン・サポーターである『Crystallization』のSABとは、その時に初めて会った。バグワン・シュリ・ラジニーシに師事していたSABはホーリー・ネームを名乗った。「僕はSABではない。これからはホーリー・ネームで呼んでくれ」と言ったが、みんなSABと呼んだ。当時珍しかったギター・シンセサイザーを持参していた。
サポートメンバーである藤本由紀夫とは大阪北浜の〈三越劇場〉で彼の作品を発表した時に声をかけて知り合った。事前打合せの段階で、あがた森魚と同じく稲垣足穂のファンである藤本由紀夫が足穂と瀬戸内晴美(寂聴)とのNHKラジオでの対談をカセットで保有しており、話の途中で足穂が飛行機の口真似をし始める箇所を編集し、「エアプレイン」(A面・四曲目)のイントロで使用した。足穂の声の後から藤本由紀夫のコルグのシーケンサーが演奏された。
このアルバムの「Rの回答」(B面・三曲目)で向井千恵の胡弓が聞ける。彼女は現在も定期的に即興演奏を中心にライヴ活動をしている。『ロック・マガジン』を通して知り合ったドラムは”飢餓同盟” の安田隆と”ウルトラ・ビデ”のTaiqui、ギターが”コンチネンタル・キッズ”のしのやん(篠田純)と”INU”の北田昌宏、そして『ロック・マガジン』編集の明橋大二がピアノを弾いている。
この録音でプログレ、現代音楽、エレクトロニクス、パンク、即興演奏の違った音楽の方向性を模索する多種多様のミュージシャンが集まったのも1979年を象徴している。
たった一週間でテレックスの「Twist a St.Tropez」は「恋のラジオ・シティ」(A面・一曲目)に、ジョイ・ディヴィジョンの「She’s Lost Control」は「サブマリン」(A面・三曲目)として結実した。「サブマリン」のバック・ボーカルは、ヒュー、向井千恵、竹内敬子。「連続香水瓶」(B面・四曲目)のミニマル・ミュージックはテリー・ライリーを想起させる。
コンセプトがテクノ・ポップだが、最後に録音した「黄昏ワルツ」(B面・二曲目)は、あがた森魚が一人でピアノを弾きながらの”一発録り”だった。
アルバムジャケットには、第2次世界大戦敗戦直後のドイツの写真を引用しデザインしている。敗戦国ドイツの少年が瓦礫の上で敵国アメリカの輸送機に手を振っている写真。まるで現代の少年十字軍だ。

 


Ⅲ Y.Hirayama

ヴァニティのポップ・サイドを担うアルバムの一つで、ドライ極まりない音楽の中に当時のヨーロッパ圏のメインストリーム(「サブマリン」のアイデア元であるジョイ・ディヴィジョンなど)への目配せも感じられる強かさがある。あがた本人の意向というよりはプロデューサーとしての阿木の趣向と2日だけの制作スケジュールによるところはあれど、「黄昏ワルツ」のように本来のあがたの味であるロマンチックな世界観が独特のサイケデリアの形成を手伝っている。「エアプレイン」で用いた声のサンプル化は「連続香水瓶」でより音楽的に使われ、その音と声が溶けゆく音響はグルーパーの青写真とすら呼べる。