Author Archives: kyourecords

remodel 35 V.A.『VANITY MUSIC(2CD)』

発売日:2020年11月20日
定価:¥3,000(-税別)
品番:remodel 35
仕様:
□CD2枚組(紙ジャケット)BOX SET
□ヴァニティロゴステッカー
□ポストカード5枚
□オリジナルボックス(135×135×17mm)
□ブックレット32P
( 2019年リリース VANITY BOX 封入と同内容。20ページに及ぶ当時のヴァニティ広告を掲載。資料的価値が高く封入)
□オリジナルマスターテープよりデジタルリマスタリング

Amazon  https://amzn.to/2EJCnKs
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V.A.
VANITY MUSIC(2CD)

〈CD-1〉
01. PESSIMIST  SATTYUZAI
02. UNABLE MIRROR  HISCHOOL PIGS
03. UNABLE MIRROR  IGNORANT ANIMAL
04. MR  213
05. ANODE/CATHODE
…OF THE PASSIVE VOICE THROUGH THE LIGHT
06. KIIRO RADICAL  DENKI NOISE DANCE PART 1
07. KIIRO RADICAL  DENKI NOISE DANCE PART 5
08. KIIRO RADICAL  DENKI NOISE DANCE PART 6~7
09. KIIRO RADICAL  DENKI NOISE DANCE PART 8
10. KIIRO RADICAL  DENKI NOISE DANCE PART 14
11. TOKYO  CASSETTE TAPE

〈CD-2〉
01. DAILY EXPRESSION  INKA SANKA 1
02. DAILY EXPRESSION  INKA SANKA 2
03. PLAZMA MUSIC  GREEN BRAIN
04. NOSE  DOLBY NR ON
05. NEW YORK  1976
06. ARBEIT  BUNDES NACHRICHTEN DIENST
07. INVIVO  ISOLATION
08. NECTER LOW  ARTIFICIAL ONE

remodel 35
20.Nov 2020 release
3.000yen+tax

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ロック・マガジンへ全国から送られてきた100本以上のカセットテープの中から13組を選出しVanity Recordsより1980年12月にリリースされた2枚組LP『MUSIC』それまでのVanity Recordsのリリースとは異なり、カセット音源をそのまま収録するというアプローチによって宅録/DIYムーブメントの初期を生々しく捉え、来る80年代の音楽状況を予見する一作。

<作品概要>
1980年12月にVanity Recordsよりリリースされた2枚組LP『MUSIC』は、ロック・マガジンへ全国から送られてきた100本以上のカセットテープの中から13組を選出し収めたコンピレーション作品であった。
1978年に設立されたVanity Recordsは英Virgin Recordsなどをはじめとする海外のインディペンデント・レーベルに刺激を受け、レコード産業の思惑に左右されないミュージシャン主体のリリースを指向し、無名だが才能をもったアーティストにレコード製作という機会を与え、それを活用しより広く活動してもらうことを目的としていた。
レーベルのリリースにはパンク以降の価値観で活動する新たなバンドや、バンド活動を経た音楽家のオルタナティブなアプローチを短期間のレコーディングでパッケージしたものなどが並んでいたが、より電子音楽的傾向の強い作品(SYMPATHY NERVOUS、BGM、Normal Brain)をリリースする中でロック・マガジン編集部には全国の無名のアーティストから多数のカセットテープが送られてくることとなる。
この“動き”から以降の音楽の動向をつぶさに察知し、来る80年代の音楽状況を予見するものとして、“動き”をより生々しく伝えるためカセット音源をそのまま収録するというそれまでとは異なるアプローチで制作されたのが2枚組LPのコンピレーション作品『MUSIC』だ。
後のカセットリリースへと繋がっていくVanity Recordsの新たな動向を紐解くうえでも、Throbbing Gristleの登場以降世界中に波及していった宅録/DIYムーブメント初期のドキュメントとしても意義深い作品だ。

よろすず

remodel 27 tolerance『Today’s Thrill』

発売日:2020年11月20日
定価:¥500(-税別)
品番:remodel 27

Amazon  https://amzn.to/33eQ4uz
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tolerance
Today’s Thrill

1 Today’s Thrill

remodel 27
20.Nov 2020 release
500yen+tax

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東京の丹下順子によるプロジェクトtoleranceによる音源「Today’s Thrill」が初の単独CD化!この音源は『ロック・マガジン 32号』(1980/07)に付属のソノシートに収録されていたものである。Vanity Recordsからリリースされた2枚のLPの間の時期にあたる1980年に制作されたものと思われ、1stアルバム『anonym』の延長線的に響く要素も抱えながら“INDUSTRIAL MYSTERY MUSIC=工業神秘主義音楽”へと確実に歩を進めていることが嗅ぎ取れる1曲。

<作品概要>
Vanity Recordsより2枚のLPをリリース、レーベルの主宰である阿木譲がヴァニティ作品のフェイヴァリットに挙げ、NWWリストに選出されるなど同時代の作家への影響力も持っていた東京の丹下順子によるプロジェクトtoleranceによる音源「Today’s Thrill」が初の単独CD化。
この音源は『ロック・マガジン 32号』(1980/07)に付属のソノシート(vanity 2005)に収録されていたものであり、toleranceが2枚のLP以外では唯一世に出した音源となっていた。CD化にあたりオリジナルマスターテープから宇都宮泰がリマスタリングしている。
制作はおそらく2枚のLPの間の時期にあたる1980年。内容は静謐かつ無機的に打たれ続けるビートと囁くような声によって生み出される緊張感が聴きどころとなっている。
しっかりと輪郭を保った丹下によるエレクトリック・ピアノの演奏など1stアルバム『anonym』の延長線的に響く要素も抱えているが、演奏の方向性はフレーズの反復に徹した機械的な指向が強まっており、“INDUSTRIAL MYSTERY MUSIC=工業神秘主義音楽”へと確実に歩を進めていることが嗅ぎ取れる。静の様相の強いサウンドに突発的な動を差し込むように用いられたテープ・コラージュの技法も印象的だ。

よろすず

remodel 20 SYSTEM『Love Song』

発売日:2020年11月20日
定価:¥500(-税別)
品番:remodel 20

Amazon  https://amzn.to/30lnVjn
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SYSTEM
Love Song

1 Love Song

remodel 20
20.Nov 2020 release
500yen+tax

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大阪で短期間活動した女性5人組バンドSYSTEMの音源「Love Song」が初の単独CD化!この音源は『ロック・マガジン 36号』(1981/03)に付属のソノシートに収録されていたものである。抑揚を配した歌声はAunt Sallyを想起させずにおかないが、重苦しく打たれるドラムビートや音程のアウトしていくギターやベースからなる呪術的な演奏からはノー・ウェイヴの影響が伺え、繰り返し唱えられる「ねえ、地球っていつまでもつと思う?」という歌詞によって退廃性が前景化している。

<作品概要>
大阪で短期間活動した女性5人組バンドSYSTEMの音源「Love Song」が初の単独CD化。
この音源は『ロック・マガジン 36号』(1981/03)に付属のソノシート(Vanity8102)に収録されていたものであり、CD化にあたりオリジナルマスターテープから宇都宮泰がリマスタリングしている。
SYSTEMは佐用暁子が中心となって活動していたバンドで、メンバーは佐用に加え沢田弥寿子、大前裕美子、初田知子、芦田哉女の5人。
『ロック・マガジン 35号』(1981/01)のP88-89に紹介されており、編集部からメンバーに翻訳の依頼をしたこともあったようで、当時『ロック・マガジン』との繋がりが強かったバンドの1つであったとのことだ。
抑揚を配した歌声はAunt Sallyを想起させずにおかないが、重苦しく打たれるドラムビートや音程のアウトしていくギターやベースからなる呪術的な演奏からはノー・ウェイヴの影響が伺え、繰り返し唱えられる「ねえ、地球っていつまでもつと思う?」という歌詞によって退廃性が前景化している。

よろすず

VANITY INTERVIEW
④ PLAZMA MUSIC

VANITY INTERVIEW ④ PLAZMA MUSIC
インタビュアー 嘉ノ海 幹彦


『光の中で紡ぎ出される音楽』

今回のインタヴューはイイダミツヒロ。彼とは昨年2019年に強い共時性(synchronicity)をもって再会した。フォーエヴァー・レコードの東瀬戸悟くんに誘われて初めて「難波ベアーズ」に行ったときに40年ぶりに彼と会った。
その際に『ロック・マガジン』の編集室で話したことなど一気に記憶が蘇えった。ただしB.C.Lemonsなど彼の音楽活動は見ていない。その後Vanity Recordsの再発の話があり、またこのように会話をすることになるとは。
基本的なやり取りは質問と回答の繰り返しで行った。今の時代に何を考えどのように生きようとしているのか。同時代を生きた同志としての彼の感覚を感じたかった。
さて前置きはこのくらいでイイダくんと話をしよう。

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▼イイダミツヒロ(PLAZMA MUSIC B.C.Lemons)
●嘉ノ海幹彦

●昨年は、ベアーズで、それも偶然会うなんて、カール・グスタフ・ユングのいう共時性ですね。たぶん阿木さんが呼んだとしか思えなかった。だってベアーズ行ったのは初めてだったんですよ。このような経緯でイイダくんとメールのやり取りをするのはとっても嬉しいです。

▼ベアーズ初めてだったんですか?僕は30年ぶりに行ったんですけど、すごい偶然でこわいですね。たぶんあの日にしか会えなかった。
僕がはじめてあの四ツ橋の編集室に呼ばれて行ったとき、最初に簡単なインタビューを受けました。
それが嘉ノ海さんだったと記憶しているのですが、『ロック・マガジン』01号に記載されているのはその時の話を文章に起こしたものと一部僕が書いた文章だったと思います。

●それはPLAZMA MUSICの記事のことですね。あの時書いた部分と君の文章が一緒になって掲載されました。
しかし、このような再会を考えれば、この世界は霊的なものだと思います。本人が意図していなくても自然の力がこの世に作用して現実化(物質化)します。アンドレイ・タルコフスキーが映画で表現している「ソラリスの海」のようなものだと思ってます。だから、この前もすごく嬉しかったけど、反面「やっぱり」って思いました(苦笑)。

▼僕も個人的には何かが作用していると思います。また逆に何も作用していないのかもしれませんが。人間はまだそのへんのところはほとんどわかっていないのですが、その未知の領域に何らかの新しさがある。僕にとっての音楽はそこへ足を踏み入れるための手段だった。それは今もそうですが。

●さて、そろそろ質問したいと思います。Vanityの『MUSIC』からリリースされた経緯は?阿木さんから話があったのでしょうか?

▼80年の秋ぐらいに『ロック・マガジン』にテープを送って、しばらくして阿木さんから編集室に来てくれと電話がありました。

●ちょうど『MUSIC』を企画していた頃ですね。電話があったときにどう思いましたか?また最初に編集室で阿木さんと会ったときにどのような話をしましたか?『MUSIC』の話?

▼その時どう思ったかはあんまり覚えてないのだけれど、編集室では少し阿木さんと話した後に嘉ノ海さんと話したのではないかな?
またその日か別の日か忘れたけど阿木さんがアルバムのタイトルを『NOISE』にしようか『MUSIC』にしようか悩んでいるどっちがいいと思う?と聞いてきたので、僕はすかさず『MUSIC』がいいと答えました。このやり取りは覚えています。

●結果的に、阿木さんからタイトルは『MUSIC』にしたと聞きました。僕も『MUSIC』の方がいいと思いますよ、って感じでした。正解でしたね。当時はNOISEはまだ一般的ではなかったけど、その後WhitehouseなどのNOISEというジャンルが出てきた頃だった。個人的にはNOISEも音楽だと思っていたので、今でもNOISEって言葉は好きじゃない。

●『MUSIC』に参加したミュージシャンの記事は『ロック・マガジン』01号 1981/01 特集 INDUSTRIAL MYSTERY MUSIC=工業神秘主義音楽の誌面で、「この音楽家たち そして電気配線され」として掲載されていた。その中のP80-81に「PLAZMA MUSIC」として紹介されていますね。今読み返しても今の時代を現しているいい文章だと思う。どのような感じで音楽を作り始めたの?

▼78年頃からカセットデッキ2台による多重録音を始めた。『ロック・マガジン』がテープを募集していたのかどうかははっきりした覚えがないけれど、『ロック・マガジン』にはテープを送っていいと思った。他の音楽雑誌には興味がなかったので。
『MUSIC』に収められた「Green Brain」はバンドとは関係がなく、一人で録音したものです。

●そのあたりの話をすると、当時テープは募集する前から既に何本も編集室に送られて来てました。それは既にVanityから何枚かLPがリリースされていることや『ロック・マガジン』というメディアがあったことが大きかったと思います。君の「『ロック・マガジン』にはテープを送っていいと思った」というのは、僕らが求めていた事でした。一生懸命に雑誌を作り「こいこい、『ロック・マガジン』を読んで編集部に!」という思いで発行していた。だから、カセットが送られてくることがとても嬉しかったのを憶えています。
「Green Brainは一人で録音したもの」そうだったんだ。びっくりしました。ということは「PLAZMA MUSIC」ってその後結成したバンドだったのですね。「PLAZMA MUSIC」って名前は何か意味があるの?

▼そんなに深い意味はなくてちょうど読んでいた科学雑誌のようなものにプラズマの説明があって、その状態や音の響きに興味を持ったんだと思います。

●ちなみに、その後の「B.C.Lemons」というバンド名の由来は?結成した時は『MUSIC』リリースの時期とは違うよね。『ロック・マガジン』では田中浩一編集の時代ですね。「PLAZMA MUSIC」の他のメンバーは?どのような構成でしたか? バンドは5人だよね。そのあたりの関係は?

▼一人の多重録音で数曲できたのでそれをライブで演奏しようと考えた。それでその頃『ロック・マガジン』誌上で知り合った山野直子(後の少年ナイフ)とお互いの知り合いを集めてバンドをやり始めた。80年の夏ごろかな。
イイダミツヒロVo、ヤマノナオコBass、ツツイアツシDr、アサノタカユキG、ハヤシユカKey。その後「PLAZMA MUSIC」は81年の夏に解散。ライブは5月と6月に2回、難波のライブハウス「バハマ」でやりました。

●「一人の多重録音で数曲できたのでそれをライブで演奏しようと考えた」、それじゃあバンドだっていう発想が面白い。パンク的じゃないよね(笑)。山野さんは『ロック・マガジン』誌にバンドメンバーを募集していたね。編集部にも遊びに来たので憶えています。数年前ライブハウス「岡山ペパーランド」で偶然会って話をしました。
それで約1年バンドをやってどうでしたか?80年くらいからノイズとか歌のない音楽が主流になってくると思いますが、その後も「B.C.Lemons」とか歌ですよね。なにか理由とか言葉に対するこだわりとかありましたか?その後は?個人的な多重録音の世界に戻るのではなく「B.C.Lemons」を結成するわけですよね。

▼録音した音を流しながら演奏するといった方法も考えたのですが、何か違うなと感じていました。固定された音と今生まれてる音が混じり合う意味をとらえ切れなかった。
テープに固定化するときは時空をコントロールできると感じていたのに逆にライブでは時空がこちらを固定化していく。僕にとってはすごく大きな問題でした。いまだにわからないですが、、
絵画はライブ・ペインティングもあるけれど固定化してるのが常態なのに、音楽はほんの100年ほど前に有史以来はじめて固定化されたのだと思います。
これは配信の時代になってもさほど変わらない問題でしょう。演奏をそのまま録ったものと多重録音されたものは明らかに違うのです。前者はいわば記録です。多重録音は作品感が強いのです。どちらも音楽ですが、
なぜこんな話をしているかというと当時僕は、録音に可能性を持ち込むほどライブ演奏と離れていくという問題に突きあたりました。メンバー全員に僕が録音したこの感じを再現してくれなんておかしな話だと思っていたし、またそれぞれ自由にやってみてと言うと全く違う音場になっていった。。
それでPlazma Musicという5人編成のバンドが難しく感じてきました。

●イイダくんの問題意識は、たぶん音楽を作る上で誰でも抱える課題だと思います。ピアニストのグレン・グールドのように演奏活動をやめてしまって録音に活路を見出したり、逆にデヴィッド・チュードアのようにレコーディングをやめてライブ・エレクトロニクスに移行する音楽家もいました。
ただ、ライブ(演奏と聴衆)という問題はコロナとも関連すると思います。結局この問題は、自己と他者(人でも物でもオブジェクトといってもいい)の関係だと思います。音楽も絵画と同じ芸術作品なんです。ただ「音楽」には形がない、音は鳴る=聞えるけど減衰して最後は消えるので絵画や建築のように形はない。触れることはできない。「音楽」には楽譜はあるけどそれだけでは音がないので、そのものは「音楽作品」とはいえない。でもウイルスと同じで感染する。後は会場(場所)の問題もありますね。Web配信は自己と他者の関係性を変えていくと思います。この問題は是非とも今の時代に考えるべきだと思います。ここはもう少し会話したいなあ。

▼そうですね、またいろいろとお話ししたいですね。

▼バンドを休止して半年ぐらいかな、次は混沌としたものではなく、すっかり上空へ抜けた感じにしたかったのです。以前から好きだった紀元前B.C.という響きと合う言葉や意味を探していてLemonsを合わせました。ロック・バンドという形を変えたくてアコースティック・ギターとドラム・セットなしの打楽器とオルガンぐらいではじめました。

●田中浩一さんの編集時代にはどんな関わりがありましたか?やりとりとか。後で知りましたが、1983年くらいには『ロック・マガジン』にB.C.Lemonsは掲載されていましたよね。

▼時々阿木さんから呼ばれたりしてました。四ツ橋「パームス」の地下での音楽イベントがあって、蘒原君がライブ・ペイントして、「B.C.Lemons」が演奏するような形で、他にもいくつかバンドが出てたのかもしれません。その打ち合わせかな。田中浩一さんとも話をしているはずです。インタビューを受けた記憶もあります。

●カセットテープというメディアに興味があり、関連で聞きたいのですが、当時はカセットで多重録音していたのですね。今でもカセットテープは使ってますか?新しい音楽でもカセットテープのリリースとかありますよね。ヴェイパーウェイブとか興味ありますか。Web上でしかないような新しい音楽のリリース方法の多くがカセットテープなのですよ。CDとかと比べても情報量が少ないし音質もよくないしテープが伸びたり切れたりするし。
▼当時録音するのはカセットテープしかなかった。オープンはテープも機械も結構高額でしたから、この家で録音できるということが画期的なことだったと思います。それまで多くの人にとって音楽は聴くか演奏するだけだった。特に70年代の終わりごろ4トラックのカセット多重録音器が発売されたことが大きな変革だったと思います。当時から1990年代中ごろまではメモ的なものは全部カセットで録音していました。今も時々使用しますが主に再生がメインです。録音はデジタルレコーダーにしています。
カセットテープの音は独特な音だと思います。レコードも実際溝が刻まれています。テープも磁気の動きをそのまま刻んでいるようなものです。その物理的にものが動いている圧力めいたものを人が感じている音だと思うのです。

●4トラックのカセット多重録音器は、確かに画期的でしたね。1979年はウォークマンが生まれた年でした。カセットテープを利用した4トラックのマルチトラック・レコーダーがティアック社から同じ1979年に発売されていますね。当時友人のミュージシャンがオープンリールの8chを持っていて、テープに各パートを録音してました。バスドラ、スネア、ハイハットの音を録音して、セラミックのハサミを使って、そのテープを切り貼りして作ってましたね。演奏できなくても音楽が作れる。ヒスノイズ交じりのアナログの世界で、手作りの音楽でした。電子音楽の世界になると2000年位にはレコードのクラックル・ノイズを意図的に使うようなものが出てました。今は結構使っているミュージシャン多いですね。
そもそもテープは時間が経過しているので、記憶と関係があります。ジョン・ケージが音楽で一番重要な要素は何かと問われ「時間」と答えていました。晩年は時間に関係する作品ばかり作曲してましたね。

▼たぶんTEACの後に発売されたミキサー付きのYAMAHAの物だったと思います。その後ミキサーを購入してTEACの単独デッキ型の4トラックを使用しました。

●当時(1980年81年くらい)聴いていた音楽は?叉影響を受けたアーティストやレーベルは?

▼パンク以降からオルタナティブへの流れは大変興味のある事でした。必然的にそうなるとも思っていましたが、それは同時にロック・ミュージックがムーブメントから離れて個人的な傾向を強くしていくことを意味していたと思います。つまり当時の他の音楽を聞いて「僕もこういうことをしよう」などと考えることはもう違うのではないかと。僕が音楽を作ろうとしていなかったらそれらを聴くことをもっと必要としたかもしれない。
また一方で楽器や録音機材にお金が必要でレコードを買うことができなかったということもあったと思います。以前から持っていたマーク・ボラン、シド・バレット、ベルベット・アンダーグランドのレコードを聞いていました。もちろん当時の音楽も聞いていました。初期のトーキング・ヘッズ、ドルッティ・コラム、トーマス・リア、ロバート・レンタル、など。

●自分で新しい音楽を作り出そうとしていたのですね。先ほどパンクじゃないっていいましたが、なぜパンク以降にオルタナティブって必然と思ったのでしょうか?パンク・ミュージックがニューヨークから始まってイギリスでファッションも含めて洗練され商業的にも成功しました。その動きに触発されてジョイ・ディヴィジョンあたりがポスト(先に行く)として出てきたのではないかと思っています。
1978年ジョン・ライドンが「ロックンロールは死んだ」とメロディ・メイカー誌で発言したことと関連します。その頃から独立レーベルの百花繚乱の世界になるわけですね。だから、よくある(影響を受けたアーティストは?)って質問したけど、誰かの音楽に触発されてコピーしてって時代は過去のものになったってことだよね。トーキング・ヘッズやドルッティ・コラムとか、どんなところに惹かれましたか?
余談ですが、ヴィニ・ライリーがおじいさんになっていてびっくりしました。でもそれはそれでかっこいい。

▼パンクは、当時面白くない方向に膠着していったロック・ミュージックを60年代中頃までゆりもどして、リセットするような働きがあったのだと思います。もともとはロック・ミュージックは多様性を含んだ器を持っていたのだからそこからまたいろんなことができるようになったのだと。だからパンク以降の展開はごく自然にそうなるのだろうなと思っていました。
トーキング・ヘッズは『Fear Of Music』ぐらいまでかなデヴィッド・バーンの神経症的なのに元気な音とか好きでした。ドルッティ・コラムはその時の僕の心情に合ってたかな。お気に入りのバンドそれぞれがそれぞれの形を、しかも必然的な形を持っていたのです。ほんとうにエキサイティングなことでした。ロックミュージックの最後の夏の時代であったように思います。特にこれだけをというように当時の音楽を聴いていたのではなくて、聴ける範囲で聴いていました。でも本当によく聞いていたのは前にも言いましたがマーク・ボランやシド・バレットの音楽です。そこにはパンクやオルタナティブの根っこの部分、始まりの光があると感じていました。

●今現在関心があるアーティストは?

▼今のことは本当によくわからないのです。ただ現在の他者の作品に興味がなく拒否しているわけではありません。

●常に新しい音楽を聴いている(追いかけている)わけではありませんが、昨年からマーク・フィッシャーの音楽評論集「わが人生の幽霊たち――うつ病、憑在論、失われた未来」(eleking-books)を読んでいて、そこに出てくるthe care taker、burial、Bliss signalなどを聴いています。それ以外にも、晩年の阿木さんのやってた0g(environment 0g [zero-gauge] エンヴァイロメント ゼロジー [ゼロゲージ] )で活動している若い世代(といっても30代から40代くらい)のミュージシャンから教えてもらったりしてます。電子音楽系が多いのでポップな音楽はありませんが。機会があれば彼らにイイダくんを紹介したいと思ってます。いづれにしても、音楽なんでまずは聴いてみるのとそこから気配を感じ取ることからかな。時代精神と密接に関係しているので『ロック・マガジン』的に読み解きたいと思っています。

●質問の関連ですが、2020年の音楽をどのように読み取っていますか?(ヴェイパーウェイブなどの動きも含めて)

▼なので2020年の音楽と問われても考えたこともないことなので答えることもできません。2019年の音楽についても同じです。ヴェイパーウェイブもよく知りません。今は個人的に自分自身とまたほんの幾人かの人だけが僕の音楽を聴くだけです。

●現在の後期資本主義的社会をどのように感じていますか? 特に人と社会との関係性において。またNet社会や次世代5Gなどの環境にどのように対峙しようとしていますか?

▼現在が後期資本主義的社会なのかどうかはわかりませんが、まだまだ経済的な偏りは大きくなっていくと思います。結果としてこうなったのではなく、もともとこれを作り出すための仕組みであったように思います。富む者と無自覚に消費する者、火星へは富む者だけが行くのでしょうか?

●同感です途中までは。1980年以降から「欲望」の作り出すグローバルという複雑な世界は既に現出していたと思います。ジョイ・ディヴィジョンが音楽で提示していたと思いませんか?「富む者と無自覚に消費する者、火星へは富む者だけが行くのでしょうか?」という表現はどても気に入りました。その顕著な結果が富や生活レベルの格差だと思います。このリアリズム(現実世界)に対峙するにはカルマを伴った個が感じるリアリティ(実在感)しかない。イギリスのニック・ランドは、この世界は加速し最後には自壊するといってます。近未来のSF小説(例えばP・K・ディックやオーウェルの『1984』)のディストピア的イメージかも知れません。

●今後の活動のプランは?

▼表立った活動はほとんどしてません。自分とほんの幾人かが聞くために作り続けてはいましたが。ネット上で聴ける音楽という形がどういう意味を持つのかあまり理解できなかったのです。最近僕の断片的な音楽を気に入ってくれる人がネット上にあげたいという話があるので実際に体験してもいいかなと思っています。

●いいと思います。今のイイダミツヒロという身体を通して化学反応を起こした音を出せばいいよ。
これからの音楽芸術はどのようになっていること思いますか?またあなたにとって音楽とは?

▼音楽だけではなく19世紀後半からのモダンアートの興奮するような試みは、一通り終わったのではないかと思っています。また新たな領域が暗示的に提示され先端の人々がそれに切り込んでいくようなそのような時が来ればいいな、、それは僕の夢かな、、

●そうですね、オリジナルなものは出尽くしていると思います。だからファインアートもなくなるかも知れないですね。概念しか残らないかも。身の丈にあった、一番身近にある概念的な世界になるような気がしてます。だからやっぱり音楽は面白い!!

●最後の質問です。ウイリアム・バローズは「言語は宇宙からのウイルスだ」といったわけですが、そもそも音楽はウイルスだと思っています。音楽は形がなく伝染しますし、感染した人の意識を変容させますし、人生を変える力を持っています。新型コロナ・ウイルス=パンデミックの同時代に対してどのような感想を持っていますか?

▼そうですね。人類は過去何度か疫病やウイルスのパンデミックを受けてきていますね。その大きな波の中で社会の変容もあったわけですが、
僕はそれによって人類自体が大きく変容することはないのではないかと思います。今回も社会制度や風習、経済の状況は変わるでしょう。
ただ収まるときが来ればまた何事もなかったかのように戻ってしまうのではないか。人類全体とはそういうものだと思うのです。
変容はごく限られた人々の内に起き、それらを必要とする者、理解するものの中に伝播します。
人類全体はそれをいつ受け取ったかもわからないような形で知るということだと思います。
人類全体は無自覚なので逆に言うとタフです。
ペストの時にヨーロッパの人口が半世紀で半分になったと聞きます。しかし現在の人口は77億です。
もし何かのパンデミックで半数が死んでもまだまだ種としての数は十分ではないか?
むしろ暮らしやすくなる可能性さえあるのではと考えると少し怖い気もします。話がずれてしまいましたか?
言語や音楽はいわば情報です。おっしゃるとおり伝播し相手を変容させます。しかしそれは本当に必要とする者にだけだと思います。
現代の人類はとりあえずモダンアートを知っているのです。19世紀の人類が理解しえないことを。
しかしそれらを生み出した人、また本当にそれらを必要とした人々に起こった変容とは種類が違うのだと思います。

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イイダミツヒロとは音楽以外の会話も行ったので、その中からやりとりをいくつか掲載します。

《映画の話》

●アンドレイ・タルコフスキーの映画『ストーカー』見たことありますか?「ゾーン」(何かが起こった地域)の案内人である主人公のストーカーと同じ仕事をしているヤマアラシの話が出てきます。「ゾーン」では自分の想念が現実化する場所です。ヤマアラシは「ゾーン」の中で愛する死んだ自分の兄をよみがえらせて欲しいと願います。そして現実社会へ帰ってきたときにヤマアラシは大金持ちになってしまったという。つまり霊的な働きは単純に物質化するだけではないのです。

▼90年ごろかな、夜中にテレビでタルコフスキーの特集をやっていて全部録画したのですが、なぜか最後まで見ることができず。僕はタルコフスキーのいい鑑賞者とは言えませんね。またトライしてみます。ちなみに僕はブニュエルや川島、溝口あたりを何度も見てしまいます。

●ルイス・ブニュエル、溝口健二、川島雄三か、川島以外は見てますね。溝口については、『雨月物語』などの着物などの時代考証をした日本画家の甲斐庄楠音のことを書いておきますね。あまり紹介されませんが、甲斐庄の絵の情念性はなかなかすごいです。日本画ってほとんど関心がないのですが別格に好きです。

▼甲斐庄楠音どこかで見た名前だと思っていましたら、「ある映画監督の生涯」の本の中で見た名前でした。元禄忠臣蔵から時代考証でかかわったと。画像などネットで見てましたら甲斐庄氏は楠木正成末裔を自称した一族との情報もありました。楠音はその文字をとったのでしょうね。
関係ないのですが、僕の家の近くに真言密教系の寺がありまして、その本尊が千手観音菩薩で矢受観音とも身代わり観音とも呼ばれているのです。その観音に伝説があるのです。楠木正成が尊氏の軍との戦いの前にこの寺で祈願し戦いでは多くの矢を受けたが不思議に無傷、戦いののち訪れるとその観音が矢を受け血を流していたと。
●千手観音菩薩の話は、ルルドの泉を思い出しました。個人的には、幼児洗礼ですがバプテスマを受けている関係もあり、こどもの頃カソリック教会に行ってたのでマリアの方が親近感あります。ちなみにロック・ミュージックってマリア信仰だと思っています。

▼中学がカトリックの学校だったのです。それまでキリスト教とは縁もゆかりもない生活だったので、大変興味深くその異教感を体験してました。各教室の黒板の上には血を流しぐったりしている男が十字架にかかっていました。隣接する教会に週に一回は集まりがあり、パイプオルガンで賛美歌を歌ったり、授業にも聖書の時間がありました。

●いい体験をしましたね。新型コロナ・ウイルス=パンデミックの世界にはそんな感覚をどのように持ちうるかということと絡めて感じました。 きょうレコードのHPの文章「『ロック・マガジン』とVanity Recordsと音楽的背景と当時のことなど 後半」の「工業神秘主義音楽」特集の箇所に20C初頭ドイツのゲオルク・ハイムという表現主義時代の忘れ去られた詩人の詩を全文載せました。原本は「モナ・リーザ泥棒」(河出書房新社)という絶版になっている短編集の最後の一文です。阿木さんに紹介したらすごく気に入って詩の中から部分的にローマ字で表紙に刻印しました。
改めて、「ぼくらの病気は、世界の日の終末に、その腐臭に耐えられぬほどに息苦しい夕ぐれに生きていることである。」という箇所が僕らの内なるコロナと共感されます。本当に恐ろしいのは外なるコロナではないことを改めて感じます。

【砂の星2010】

●作品を送ってくれてありがとう。(やり取りの過程でイイダミツヒロが2010年に作った作品を送ってくれた)

▼添付した音楽はテープエコー2台とシンセサイザーで作ったものです。こういった音の断片がたくさんあります。

●まとめて発表すればいいと思う。機会があれば聴かせてください。「砂の星2010」の感想(心象)を記載します。ゲオルク・フィリップ・フリードリヒ・フォン・ハルデンベルク=ノヴァーリスを思い出しました。憐れみの記憶、音はエーテル体となって木々の間を通り抜けます。地球を通り抜ける際に木の枝にゆがみの痕跡を付けていきます。同じ箇所を繰り返すことにより「けものみち」のような痕を残すのです。エーテル体はいつも黄泉のくにからやってくるものです。2010年の曲でしょうか。もっともっと長いといいと思いました。

▼僕の曲の感想もありがとうございます。ノヴァーリスは僕にとって大事な作家です。曲を聞いて彼を思いだしたと聞いてとても不思議な気持ちです。それを感じさせるような部分があの短い断片にはたしてあったのかな?と。何か表現された音にはその人の情報子のようなものが組み込まれているのかもしれません。
実は「砂の星2010」はもっと長い作品です。あれはカットされた部分になります。

●直接のコメントになってないですが、音源を出すということについてはいつもJ・S・バッハのことを思います。バッハの「音楽の捧げ物」って聴いたことありますか。自己表現でもなく、誰かに伝えるものでも聴かせるものでもなく、神的なるものに「捧げる」音楽です。というのは勝手な解釈でフーガの技法です。ちなみにアントン・ヴェーベルン編曲のものがいいですよ。でも近代においては作曲は個人の作品ということで発展してきた経緯があります。やはりレコードとかCDの方がYOUTUBEより好きですが。

▼また聞いてみます。バッハは平均律やマタイなど聞きます。けっこう偏った聴き方をしてると思います。平均律はグールドのやつをテープに録って逆回転で聴いたりします。。。もちろん普通にも聞きます。

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▼インタヴューを終わって

ロック・ミュージックはとっくに終わってしまったのだとしても、真に感覚的な音楽というものはまだ目覚めぬ脳や感性の中に見え隠れしている。
インタビューの中でも少し触れていますが、単純に歌える音楽と空間や時間を意識的に組み立てていく音楽というものはかたち上は相反するものだけど、砂の惑星のような音場の中で単純な旋律を歌ってみたいという思いがあります。どのような形で発信していくかはあまり見えていませんが少しそういう試みもしてみようと思います。たくさんのメールをまとめていただいてありがとうございました。また会った時にとりとめもなくお話ししましょう。

●インタヴューを終わって

イイダ君と呼ばせてもらっている。彼とは1980年に1回か2回くらいしか会っていないし何を話したかも憶えていない。このインタヴューでのやり取りの中で40年ぶりに再会した「意味」をずっと考えていた。
音楽が隣り合う音と音との関係性の中で出来ているとすれば、イイダミツヒロの音楽は聴こえないはずの「声」が聞こえてくるのではないか。音楽の中に時代を読み取るとは、その個人(エゴイズム)にどれだけ関係性を感じ経由した中に一回性である幽かなアウラを見ることが出来るのではないだろうか。そして彼が会話の最後に送ってくれた「砂の惑星2010」を聴きながらこんな事を考えていた。いつかそんな「意味」をもって全曲ヴァージョンを聴いてみたい。
最後になりましたが、誠実に答えてくれたイイダミツヒロに感謝します。新型コロナウイルスが落ち着いた頃にまた会おうね。

VANITY INTERVIEW
③ ANODE CATHODE(Part 2)

VANITY INTERVIEW ③ ANODE CATHODE(Part 2)
インタビュアー 嘉ノ海 幹彦


『「同時代精神」ある時代霊の働き』

金野さんとは、このVanityインタヴューが初対面なので、自己紹介のつもりで雑誌『スペクテイター』44号に掲載された拙文を送らせて頂いた。その後思いがけなく「対話への参考になれば」と詳細な感想文が届いた。
対話の中で強く感じたのは、別の場所(関西と東北)だが同じ時代を生きた人間として考えていたことや今に至るまで興味を持ち続けている事柄について、多くの共通点を持っていたことだった。
場所性は時代性と共に精神に大きく作用する。それを踏まえて途中からテーマを絞らずに自由に会話しようという暗黙の了解を経て会話は続けられた。Vanity当時の雰囲気なども感じて頂けると幸いである。
しばらくお付き合い願いたい。
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◆金野吉晃
●嘉ノ海幹彦

《新型コロナ・ウイルス=パンデミックの世界》

◆情況は悪化してきましたが、問題はこの事態が収束した後だと思っています。
やるべき事は多々あるのですが、多すぎて手につかないので、面白そうな事から始めるという方針です。
というわけで、嘉ノ海さんの文章を読みつつ反応して行きたいと。

●新型コロナ・ウイルス=パンデミックは、内なるコロナを変容させているような気がします。アントナン・アルトーも内なるペストとかいっているのを読んだことがあります。
本当はずっと以前からウイルスに感染していてそれが外なるコロナとして顕在化したのではとも思います。

◆理解していませんがわかります。カミュの『ペスト』が売れていますが、私はチェルノブイリや福島の被災後の放射性物質汚染のことを思い出します。また幾つかの映画も。

●考えてみれば文化的な感染は、時代の恩寵としての音楽が媒体となったり思考や感情を共有をしたりしてウイルスのように伝播するものでしょう。つまり三密(密閉、密集、密接)だということです。それを避けなければならないとなると孤立することと思考することしかないと考えます。しかしそれは内なるウイルスだともいえるのではないかとも思うのです。

◆三密を避けろというのは要するに直接的コンタクトを、その当事者の意志や感情において自発的に止めさせるという、実にうまい方便な訳です。これは以前書いたのですが、温暖化は停止できない事なのにそれを炭酸ガス排出量規制としてエコロジーという、誰もが反対できない倫理=イデオロギーとして植え付け、これに反する言動を社会正義の名において潰す。一方排出ガスの売買というこれまた巧い手段で、発展途上国の疎外と先進国のエネルギー使用をそのままにしようということ。恐れ入ります。世の中には頭のいい人達が居る。そしてそれを実行できる。
経済と暴力の絡み合い。『ルガノ秘密報告書』というセミフィクションがあり、だいぶ前の本ですが、国連で情報分析していた女性の著作、恐ろしい内容でした。

《同時代のことなど》

●今回話をすることになり調べたのですが、金野さんとは『G-modern』や『同時代音楽』を通して出会っていたのですね。なんということでしょう。40年以上前に。坂口卓也さんのhttps://onyak.at.webry.info/の過去の記事で「第五列」のことを見つけました。

◆私は自分の記事が掲載された雑誌等もまめには見ていない事があります。時間が経ってから見直します。雑誌を一過性のものにしたくない気持ちもあり、『JAM』, 『HEAVEN』などもとってあります。しかし造本が弱くてばらばらになりつつあり。

●そうですね。保有している『ロック・マガジン』も表紙が取れているものもあります。朝日出版社の『リゾーム』なんかは本当にばらばらになり書き込みも含め、もうリゾーム状態です(笑)。
『スペクテイター』44号の感想を書いて頂きましたが、『ロック・マガジン』のことを椹木野衣が「ロックと知的なモードをファッショナブルに繋つなぎ、時代精神を読み取ろうとし、ニュー・アカデミズムを先取り」との評価に触れています。

◆椹木野衣の著書に納得したくだりを前回のメールにも記しましたが、彼が『ロック・マガジン』の愛読者だったのは知りませんでした。
私もニューアカにはかぶれた方で、『遊』、『エピステーメー』、『現代思想』、『ユリイカ』、『美術手帖』などを興味と財布に相談しつつ買いあさっておりました。関連するテーマの単行本は、大学の研究費をあてて購入、未だに未読のが多々あります。最近はそっち系統よりもより古い思想、文化に興味がありますが、やはり若い頃に「難解」な領域に挑戦しておいたのは良かったなと。
というのは中学時代からソフト・マシーン、マザーズなど聴いて「背伸び」していた方ですから、思春期の終わりに思想などで、また背伸び期はあったと思います。
松岡正剛が阿木氏と同い年だったというのも意外でした。『遊』に関心をもっていた私はしかし、すぐ杉浦康平のほうに惹かれて行きました。当時いろんなデザインをしたのですが、フライヤー、カセット・インデックス、イラスト、同人誌レイアウトなど、今見ても完全に杉浦イズムです。私もまた「言葉型の人間じゃない」のかもしれません。

●椹木さんは会った事はないのですが、追悼文を『新潮』2019年2月号に載せていましたね。2014年には阿木さんを引っ張りだして、阿木さんには東京都現代美術館でブリコラージュや話をしたりしてもらっています。阿木さんのデザインは大胆で既存のやり方を無視した独特な手法ををとっていたので美術方面から関心をもたれていたと思います。またなぜ椹木さんを引用したかというと編集者から「嘉ノ海さんの文章では難しすぎて一般読者が読みにくい」といわれたからです(笑)。それでこの様な引用をしました。しかし『ロック・マガジン』のことをうまく表現していると思います。また確かに書いたものを読んで頂かないと話にならないですからね。

◆物を書いて食って行くという事は、そこに肝があるようです。私も近年、皆さんに読んで頂けるように書く事を意識していますが。
まあこれは現代美術であれ、前衛音楽であれ、この背景はとか鑑賞方法を示唆すると、皆さんが入って来てくれると感じるわけです。考えていた事を批評で書くより小説にした方がいいと思った次第です。

●私のポストモダンの出会いはドゥルーズ/ガタリの『リゾーム』と『カフカ論』ですね。それまでの実存主義的読み解きから解放してくれたような気がしました。化学反応としてのカフカとか、側根とかモールとかの捉え方にリアリティを感じました。

◆カフカは高校時代、ザッパが『流刑地にて』を読む事を推薦していたことから読み始めました。もともと解決の無い、テレビの「ミステリー・ゾーン」的なSFや奇譚が好きでしたのではまりました。
当時、サンリオSF文庫で山野浩一がどんどん新しいSFを翻訳していましたが、私にはSFもニューウェーブが合っていました。
サルトルなどが性に合わず心理学に傾いていましたが、ラトモルフィズムや数量化した心理学実験がつまらなくて、狂気、精神異常などについて読むようになり、精神分析に接近して行った感じですね。

●初期工作舎『遊』の杉浦康平や先日亡くなられた戸田ツトムの装丁がかっこよかったです。そういえば阿木さんの工作舎から1980年に出版された『ロック・エンド』も戸田さんの装丁でしたね。
阿木本人はいってませんでしたが、この時期から『ロック・マガジン』のデザインが大きく変わっていきました。影響は少なからずあったと思います。しかし『ロック・マガジン』では最新のレコードから音楽感覚と同時にジャケットからのインスピレーションを得てレイアウトに反映し、判型やサイズも変わり、紙質や印刷方法にも細かく指定するようになりました。コピー機を導入し、雑誌の切り抜きのみならずコピーのコピーとかも利用しています。しかも特集毎に紙見本や色見本から選択して表現されています。阿木さんが「人が嫉妬するような本を作りたい」と常々言ってたのを思い出しました。時代そのものを様々な表象から寄せ集め雑誌として融合させるような編集をしていたと思います。本にはオブジェ感覚もありましたね。
話を戻しますと、当時『エピステーメー』とか『GSたのしい知識』は購入してました。また内容も音楽の記事が多かったですね。『エピステーメー叢書』でも音楽関係のものが多くありました。ケージとか近藤譲とかユングのUFOの本とかありましたね。今見ても面白いと思います。

◆近藤譲とか、細川周平なんかでしょう。読みやすかったです。

●近藤さんの『線の音楽』、『音楽の種子』もいいですが、ジョン・ケージの『音楽の零度』の翻訳がすごくよかったです。

◆私は全くファッションというものが分からない質でして、ようするにヒトは他から多様に見えているので、それを敢えて誘導する必要は無いという考え、それは今も堅持しています。
自分に自信が無いというより、その裏返しのようです。しかもそれを見せたく無いというひねくれ。

●ファッションは時代だったと思います。阿木さんは死ぬまでずっとおしゃれでしたが、私は今も服はあまり持ってません。パンク以降表象=POPにリアリティを感じていました。だから雑誌『fashion』は『流行通信』よりかっこよく作りたいと思ってました。

◆まあウォーホルあたりのポップアートが既にファインアートであり、後のクーンズとかシミュレーショニズム関連の言説となればまた椹木さんですか。岩井克人は結構読みました。読み返したい人です。

《阿木譲について》

◆『ロック・エンド』は読んだ覚えはあるのですが、内容に記憶はありません。あまり印象に残らなかったようです。

●『ロック・エンド』は対談集ですし、これといった発言もしていないと思います。ただ阿木譲とはどのような道を歩んできたかを記述している「end to end」はとてもいい文章です。阿木さんが松岡正剛と出会って少したったころだったので、工作舎と一緒に仕事をするということだったのかも知れません。ただ『ロック・エンド』の編集を手伝う過程で阿木さんの精神の遍歴を知ることが出来ました。

◆阿木氏の流行歌手時代、フォーク時代の歌も誰かに聴かせてもらいましたが、これも印象に残っていません。
●阿木さんと編集の仕事をしていた時には一回も聞いたことがありませんでしたが、昨年ある機会があって東芝専属歌手の時代の歌を聴きました。やっぱり歌うまいと思いました(笑)。

◆ヒッピー・コミュナリズム、ドラッグ・カルチャーに関しては私よりも友人達の関わりが強かったのですが、其の影響は確実に受けています。
一言でいうのは難しいですが、現在も尚、この領域に関しては考え方を変更しつつあります。この問題だけでかなりのことを語れるように思います。

●そうですね。音楽は体験芸術だともいえるけど、実際体験により変化しますし、聴覚とかは純正調の響きを聞き続けると開きますしね。

◆この最後の意味がわからなかったんですけど。

●阿木さんはトランスを聴かなかったのです。クラブ・カルチャーまでいって、ウイリアム・バローズや『E』とかで変成意識も扱っていたのを思い出します。でもレイヴとかトライバルとかトラベラーとかには関心がなかった。

◆私もあまりよくわからないです。

●ここに阿木さんのコミューン体験が絡んでいるのではと思っています。特にヒッピー・コミューンについてユーロ・プログレとの出会いも含めて内的体験とかあったのではないかと思ってます。またドラッグ・カルチャーについてもMDMAとかシロシビンとかと阿木さんの頃にはなかったのではないのかと。どこかで発言しているかも知れないですが、阿木さんとドラッグカルチャーについてはちゃんと話した記憶はないです。話しとけばよかったと思っています。

《サイケデリック・カルチャー》

◆最初からドラッグになじまないタイプの人もありますけどね。私も割にそうです。酒ですね。タバコは喉が弱いので十年ほどまえから殆ど吸ってません。周囲が吸っても気にはならない。吸い込むタイプのものはむせてしまうのでダメですね。服用するのも体質が合わないようです。射つのは経験していません。
カウンター・カルチャー、サイケデリック・ムーブメントと向精神薬、植物の問題は興味ある領域です。
若い頃、呪術師シリーズに結構はまり、カスタネダらのエスノメソドロジー、ガーフィンケルらのフィールド主義には興味あるのですが、結局観察主体がインフォーマントに与える影響の問題は回避できないでしょうし、それはブラッキング「人間の音楽性」のなかで、長期間ある部族の中に住み込んでもいざ祭礼というときには排除される研究者とか、そうであれば小泉文夫さんも土取利之さんも同じかなどと思ったりもします。
部外者には決して見えないものがあると同時に、交叉イトコ婚の理由などのように部内者には見えないものもある訳で、では自分はどのようなスタンスをとるかが問われます。
そしてここからユーロ・プログレやジャーマン・ロックにはあと一歩なのですが、アメリカのヒッピイズムとこれらの音楽の土壌は決してイコールではないと思います。それは特集されたニューヨーク・アンダーグラウンド・シーンとも違います。ここではアメリカのパンク、ニューウェイヴの性格を追求する必要があります。それらは英国の潮流とも違うし、イーノはまた独自のスタンスをとったと思えるのです。
イーノのロキシー参加以前の動向が分かるにつれ、かれがロック・シーンというステージでやりたかったことが見えてくる。そして彼がオブスキュアを設立した事も。

●アメリカとヨーロッパは音楽のみならず根本的に違うと思います。アメリカは新大陸なのですね。ケージはともかくケージの好きなヘンリー・デイヴィッド・ソローなんかもエマーソンの影響があるので広義のプロテスタンティズムというか月に人を送り込んだ国だし、大きな違いがあると思います。

◆最近になって読んでこれは良い本だと思えたのが『イデオロギーとしての英会話』(ダグラス・スミス、76年)ですが、これは表題の論よりも、アメリカ社会の性格について気がつかなかったような指摘がありました。つまりアメリカ合衆国を初期に形成し、憲法を起草し、また西進してネイティヴをほぼ根絶やしにしたような人々の基本的な精神構造があり、これは欧州の文化基盤と全く違う。しかし、また、第二次大戦後の米国民は均質とは言いがたい訳で、それは階層化進行と関係しますね。そこにビートニクスやヒッピーの存在意義が出てくる。
●もちろん、パンクはジャック・ケルアックからパティ・スミス、トーキングヘッズへ系譜であり、ニューヨークからヨーロッパに渡ったパンクとは違いますね。(すいません、乱暴にはっしょってます)。

◆個人的には、パンクは英国の階級社会が生んだ反動的回帰主義だと思っています。なにしろプログレが注目されていた時代ですから。
アメリカでは一見階級社会ではないが、労働者層(あるいは失業者層)ではなく、戦後の美術、文学などを信奉する層からのオルタナティヴがパンクに走ったと考えています。逆にアメリカには、大雑把に言えばプログレがない。あるとしたら田舎のオタクによるマニアックなプログレです。

●逆にクラフトワークがデトロイトでアンダーグラウンド・レジスタンスに影響を与え、アシュラ・テンぺルがR&Sとかへのダンスミュージックに影響を与えたのは、民族とかではないかとも考えてしまいます。

◆なるほど、クラフトヴェルクとアシュラ・テンペルは対照的ですね。前者がテクノの直系元祖であり、後者はゲッチングのソロという回り道を通ってハウスへと引き継がれた。この中間にシュルツェとかフレーゼも存在している。まあ個人的にはシュルツェは『ミラージュ』の頃にはもう関心を失い、フレーゼは『エプシロン…』、T・ドリームも『フェードラ』までが好きなんですけど。

●「イーノのロキシー参加以前の動向が分かるにつれ、かれがロックシーンというステージでやりたかったことが見えてくる。」ここはよく知らないので教えていただきたいです、
ただマイケル・ナイマンの『実験音楽 ケージとその後』が1974年に出版されているので間違いなくイーノは読んでますね。オブスキュアはこれがきっかけになっているのかと思っていました。

◆イーノは中間層の出身ですが、よくある経歴でアートスクールから音楽を志向したというのはT・ヘッズ的でもありますね。両者が繋がったのもわかる。イーノは実験的なバンド(SMTとMDの二つあるようですがそれを聞いていないのが悔しい)を経て実験音楽のセミナーを開始、そこでスクラッチ・オーケストラに参加したようです。ですからポーツマス・シンフォニアにも彼の名前がある。しかしC・カーデュー流のイデオロギーは、彼に取ってはむしろポップミュージックへアイデアを転化すべきと映ったのでしょう。ちなみにカーデュー、AMM、スクラッチ・オーケストラなどは私の強い関心領域です。
欧州、とくに西ドイツ固有の音響科学的性格が、我々日本人には共鳴しやすかったかもしれません。
松本清張『砂の器』はお読みになりましたか。映画化の際には映像化不能だったようで略されますが、音響に依る殺人や堕胎などを、欧州留学した天才的音楽家がやってしまうというのが基本で、そのモデルはおそらく黛敏郎でしょう。ケルン流の電子音楽を持ち込んだのは彼ですし。残念ながら彼の弟子達からラルフもフローリアンも出て来なかった。

●そうだと思います。DAFなんかの2拍子はドラムとリズム・マシーンの微妙な誤差(差異)がつんのめるかっこよさがありますね。
同じように、コンラッド・シュニッツラーが編纂したオムニバスLPに日本の詔が入っていて加藤郁乎さんに聞いていただいたことがありました。ドイツ語とかの発音やユーモアの部分で共感できたのかもしれないです。

◆わかりますね。私はドイツ語の響きが大好きで、ヒトラーはじめナチ高官達の演説もときどき聞きますし、ユーチューブでしか見れないですけど『宇宙パトロール・オリオン』というドイツ版スタートレックも見ています。ドイツ語はあまり聞き取れないし字幕もないですが、まあ話はわかります。議論ばかりしていてさっぱり話が進まないのがかえっておかしいし、その発音を聞いて楽しみます。
DAFはいいです。あとバッハ・コレギウムヤパンのマタイとか聞いているとドイツ人以上に昔風の発音をするのでいいと思います。みんな朝はみそ汁と納豆と梅干しだったろうにと。
以前はライバッハも好きでしたが最近はだめですね。北朝鮮にいってからだめだ。やはり本物には負ける。

◆嘉ノ海さんの民族音楽、現代音楽、万博での音楽体験は全く重なる所があり、まあ知人達も結構NHKラジオは聞いていたという連中がおりますので、意識的に何か聞こうと言う若者は自然に聴くもの、読むものが重なってくるのは当然でしょう。とくにいまほど情報が氾濫していませんのでね。其の意味ではある種の同族意識があります。また間章との出会いも笑える程に近いですね。まあそういう人は多々ありましょう。

《『ロック・マガジン』について》

●『ロック・マガジン』の編集室で高校生だった美川俊治君が「学校では僕が好きな音楽は誰も聴いていない」と言ってましたが「当然だよ!」って会話した記憶があります。私は金野さんが関心がある音楽について非常に近いと思いますし、嬉しいです。

◆私は幸い、周囲に物好きが何人かいて、ジャズ、ジャズロック、ロックなどは色々聞かせてもらいました。現代音楽や民族音楽は皆無です。
私が欠かさず買っていたのは『JAZZ』(後に『ジャズ・マガジン』と改称)で、間と竹田賢一さんの文章を愛読していました。間さんにも、竹田さんとも知己となりえたのは僥倖でした。竹田さんとはさらにお付き合いが深まり、共演してCDにしたり、スケルトン・クルーの公演を盛岡で開催したり、雑誌『同時代音楽』での頁ももらいました。

●金野さんは音楽を演奏されるし、オーガナイズもされているので様々な関係が深くなりますよね。間章とも話をしたかったです。

◆間さんがらみの企画はしなかったです。東京以外では仙台でのみ。
サックス奏者山内桂さんなどは間さんの企画を受けていたようです。山内さんも一時は毎年盛岡まできていましたが。

●竹田さんは『ロック・マガジン』時代に何回か話したことがあります。79年に京大西部講堂の楽屋で向井千恵さんに紹介してもらって「最近キャバレー・ヴォルテールっていうバンドがイギリスからでました。」という話をしたら、興味津々という感じでしばらく話し込んだのを憶えています。
『JAZZ』は持ってませんが、『同時代音楽』は数冊あります。私はJAZZってほぼ経験していないんです。ただ京都のジャズ喫茶(死語!)SABOとかは行ってたので聴いてはいるのですが、JAZZジャズファンがいやでした。みなさん難しそうな顔をして音楽聴いているし。。。。
でも西部講堂でハン・ベニンクとペーター・ブロッツマン(かっこよかった!)や向井さんの関係で吉沢元治さんは見てます。

◆私もジャズ喫茶は遠慮していました。しかし盛岡に一軒だけICP, FMPを入れてる店があって、聞きたいからリクエストするんですが、あまり良い顔されず、5枚あとになるけどいいかなんて聞かれて、粘りました。いま、ジャズ喫茶よりもジャズバーが何軒かあり、ライブをやらせてもらったり、バカ話をしたり、結構飲ませてもらえるのでよく行きます。目的は今まで真面目に聞いて来なかったモダンジャズ名盤を聞かせてもらう事ですね。この数年、ほんとにクラシック、ジャズの名作と言われるものを聞きなおすことに力を入れています。その中でかなり発見がありますから。私はザッパ・ファンでしたが、ストラヴィンスキーを聞き込むにつれ、いかにザッパが影響を受け、しかも及ばないかを分かるようになりました。
西部講堂でも演奏は2、3回していますし、京大の尚賢館という小講堂での演奏も録音にあります。

◆『ロック・マガジン』MUSICA VIVAは誰かに貸してもらった記憶が甦りました。当時は「随分また背伸びした企画、特集だな」と感じたのを思い出します。パンク、ニューウェーブ、オルタナティヴをいくら聴いていても、いきなり二十世紀初頭の、しかも西欧の一部の突出した作曲家連中のことを、自分達の問題意識に引きつけて解釈しようとする耳がどれほどあるかと。
しかし考えてみれば新ウィーン楽派だって、当時のどマイナーな世界です。シュルレアリスム、ダダ、未来派、ロシア構成主義、みなマイナーです。その見地からすれば先達への共感を現したいという『ロック・マガジン』の気持ちは今、わかります。どれくらいの数が聴くか、いるかではなく、編集者として何を表現したいかのほうが重要でしょう。それが時代の要求に媚ない姿勢ですし、新しい芸術の到来は、需要ではなく供給に依るのです。

《「音楽」とは一体何なのか?》

●西洋音楽は広義の「音楽」という範囲でいえば亜種ですよね。いびつですけど。音楽は常に変質しますし、絵画などと違い形がありませんし、そもそも作品かどうか。

◆これは大事だと思うのですが、音楽という概念こそは西欧の発明であり、いわゆるリベラルアーツのひとつだった。この音楽は儀礼や宗教や祝詞などから離れた、音の構成理論すなわち楽理として記述されて来た。当初のグレゴリオ聖歌という宗教音楽から次第に音響構成だけが抽出されるに至ったといえますね。他の文化圏ではなかなか分離しなかった問題です。西欧音楽の特徴は、作曲(記譜)の優位(から後には先行)、そして調律の既定と調性移行の自由度、鍵盤楽器の発達があると思いますが、これらは宗教や儀礼から分離していく過程で発達したと思います。そして遂に音楽が商品として売買流通していく。これもまた他のジャンルの芸術と比較して行くと、市民社会の成立や産業構造の変化と軌を一にすると思うのです。そして大衆音楽に関しては20世紀までとその後半ではかなり違った様相がある。それは移民社会の問題と、マスメディアの発達にあると考えます。

●ちなみにヤンハインツ・ヤーンの『アフリカの魂を求めて』を読まれましたか。アフリカでは音楽は哲学であり医学であり思想であり、他の国へ伝播されて様式が変わってもその本質は変わらない、というようなことが書かれている本です。西洋における音楽が芸術作品だなんて、しかも西洋近代において。やっぱりここでも近代=モダニズムの問題があると思います。

◆私は上述のように図式化していますが、アフリカのグリオなどは歴史の記録(記憶)者でもあり、物語伝承者でもあり、ときに政治家・外交官であったりもする。また音楽の役割が広く、言葉で論じる事は出来なくても歌で公表するのは構わないなど、分離されていないだけに却って多機能な音楽があるようです。川田順造の著書で面白く書かれていました。

●「MUSICA VIVA」は音楽作品を通してその時代を生きた精神が受け継がれている様子をまとめたいという想いだけで編集しました。1945年戦後敗戦国ドイツの音楽復興運動がMUSICA VIVAです。共感してくれた阿木さんには本当に感謝しています。

◆阿木氏がロックを呪い続けたというのは間章のジャズに対する態度と似ているように思えます。

●考えたことなかったですが、なるほど。『ロック・マガジン』で連載していた「アナーキズム遊星群」の最後がルー・リード論だったでしょう。間さんはルー・リードのことをこれは断じてロックじゃないって言ってました。阿木さんはロック・ミュージックの本質は文学だと思っていたのではないでしょうか。晩年まで阿木さんはドゥルーズなど読んでいたようです。つまり音楽は文学ではなく記号化の過程で作られるものと考えていたのではないか。だから記号(ソシュールでもバフチンでもいいですが)化して差異や襞(ドゥルーズ)に、その裏づけを求めたのではないでしょうか。

◆強引に引きつける訳でもないですが間さんも阿木さんも音楽を文学に写像というか転換してしか語れなかったのではないかと。
私は最近物を書く事が多くなりましたので感じるのですが、今こうして書いている瞬間も「これは文字に依る作曲だ。この文字列が読む人の中で音響映像として鳴るのだ」という意識です。毎日作曲しているのです。しかして演奏は、楽器に触れた瞬間に全く別の次元になっている。それは無意味な音響で、しかし私に取って気持ちのよい振動そのものである。その振動をいかにしてか変化させ、かつ継続する事が「演奏」です。
上記の文章のなかで「記号化の過程としての音楽」というのは音響とは関係のない次元での音楽であり、それは非常に大きな意味があります。音楽そのものは空気振動とは関係ないといってもいいでしょう。耳が聞こえなくても音楽はある。聞こえなくても音楽はある。そのように思って3つの次元を考えた事があります。ラカンの三段階をしるまえですが。
作曲家は、その曲が響く前に脳裏に音楽が完成している。あとは書き写すだけ。まるでミケランジェロが「必要のないところを削り落としていけば彫刻が出来る」といったようなもんです。しかしまた記号は音楽の影であり、指示に過ぎないとも。下段へ続く話です。

●音楽の本質はという問いは意味がないように思います。あなたにとって音楽の重要な要素は?時間です(ケージ)、響きです(ヴェーベルン)、残響です(オリベロス)とか答えたり、具体的に音を提示できたりすると思います。

◆「阿木さんはロック・ミュージックの本質は文学だと思っていたのではないでしょうか(前回の対話でもでてきた話です)。つまり音楽は文学ではなく記号化の過程で作られるものと考えていたのではないか。」と前段書いておられますが、貴重な要素はという問いを阿木さんに発したらなんと応えたでしょう。しかし貴重な要素ということと本質は意味の違う問いですね。
音は提示できるのでしょうか?ケージは「作曲とは音の出し方の指示だ」といいましたし、アドルノは「バッハは楽譜にも演奏にも存在しない」といった。「意味が無い問い」は実に「意味がある」訳で、『打ち手の無い槌』なのかも。あるいはゼロ記号、ゼロ集合なのかもしれません。無である事に依って他を機能させ続けるコトバ。
全く逆に「歌詞が良く無ければ音楽は聞かないよ」という人も多数存在する。その人達は無言である歌を聴いていないというのではなく、メッセージの乗り物としての音楽を望んでいるわけですね。しかしまたリズムがあってそこにMCでもいいし、ラップでもいいS、伴奏無しで歌うと、もうロックは成立しちゃう。それをDAFとかに聞いて衝撃を受けたわけです。逆にいくらロック的な演奏をしても歌が、歌手が無いとロックではないと感じてしまうこともある。昔のクリームとか、クリムゾンもそうでしたが。延々即興だけやってるバンドを、かつてジャズ・ロックだといったのも分かる。しかしではジャズには歌が無いのか。そんなことはない。延々と歌に関する思いが渦巻きます。
自分の演奏にしても歌の無いのが大半ですから、これはロックではないのだろうとか思いますね。

●阿木さんの尖端音楽はそれぞれ意味性を排して純粋に音響として聴くことができますし、それぞれのコンセプトも面白い。でも音楽なので思想(考え方)を解体できても、また様式(建築様式とすれば)を解体することはできても、音楽そのものを解体することはできない。でも言葉でここまで書くと観念過ぎるのでやめときます。音楽は生活にとって「有用」なものだと信じているからです。

◆音楽の有用性とはどういうものでしょうか。機能性ということになるでしょうか。
先端音楽はいかに定義されますか。それぞれということだと多様なのですね。多様な表現形のなかに共通する分母としての音楽、または音響。
しかしまた音楽=音響というのはちょっと厳しいものがある。観念的すぎるとみずからおっしゃってますので、この辺りもう少しご教示下さい。

●「音楽=音響」というわけではありません。音楽から何をどのように読み解くかということが有用性とも関係があります。尖端音楽って何ですか?って阿木さんに聞いたら「新しくリリースされた音楽は全部尖端音楽だ」というかもしれません。
私にとって「尖端音楽」とは時代の少し先を予感させてくれる音楽だと考えています。「先」ではなく「尖」というところが阿木さんの持ち味ですが、時代の風を切り裂くという重要なイメージです。加えて速度も重要です。ベンヤミンは「歴史を逆なでする」といいましたが、音楽の有用性とは、時代の読み説きを生活の中で道具として利用することだと思います。「生活」という生命維持活動が最終的に重要で音楽はその気付きに対する機能でもあります。ですから観念論ではなく実証的な働きを持って作用するものだと思っています。『ロック・マガジン』に関わっている時もそんな想いはもっていた気がします。「音楽」の中にその歴史哲学があり、今になって思うに『ロック・マガジン』特集「MUSICA VIVA」はドイツの音楽復興運動ですから、精神の生命活動に関する歴史哲学的な精神の系譜に位置していると改めて思います。

◆そういえば、東京以北では『フールズメイト』の影響力が強かったように思えます。実際私の現在も音楽上の仲間である一人は北村昌士と仲が良く、北村の最晩年、盛岡に単独ライブに来てそのバックまでやりました。私自身はあまり『フールズメイト』にも北村の音楽にも関心が薄くなっていたのですが、ああ、大阪に阿木、東京に北村かと思った程度でした。

●北村さんと交流があったのですね。『フールズメイト』は友人が見せてくれたことはありますが、購入したことはありません。『ロック・マガジン』とはカラーが違うというか、阿木さんと北村さんの違いかも知れません。

◆非常階段の広重君、美川君、そしてウルトラビデの藤原君は何故か知り合いで、非常階段の二人は、ボルビトマグースやニヒリスト・スパズム・バンドの盛岡公演に着いて来てくれて共演しました。藤原君とは一緒にテリー・ライリーのライブを見に行きました。

●広重君や美川君やビデとお知り合いでしたか。美川君やビデは彼らが高校生の時に知り合いました。美川君は『ロック・マガジン』の編集を通してですが、ビデはその後あがた森魚さんのVanityからリリースされる『乗物図鑑』録音の際にいろいろ手伝ってくれました。『ロック・マガジン』を抜けてからぜんぜん会ってなかったのですが、10年くらいまえにビデが日本に帰ってきてのライブを見に行って再会しました。
広重くんとはぜんぜん会ってないです。最後にヴィトゲンシュタインについて話したことを憶えています。

《同時代性》

◆大学時代の嘉ノ海さんの思想的遍歴は共感できますね。私も学生時代は読みあさりましたが、ものの見事に吹っ飛んだ気もします。当時から30代にかけて書いたものを読んでも、こりゃ何を言ってるんだ、難解でさっぱりわからん自己満足だなとしか思えないことが多々あります。
まあそういう時代は必要だと思います。化粧を覚えたばかりの女子がいきなりある時期厚化粧になるようなものでしょう。
また音楽も30代まではとにかく尖ったものほど良いという意識でした。
去年、6ヶ月『デレク・ベイリー論』を連載したのですが、これはまあ言わば憑きもの落としのような意味合いでした。今もベイリーは聴きますが、非常に冷静にその良否を意識できます。彼に代表される非イディオマティック即興演奏の限界を自らの実践でしみじみ感じた次第です。ですから二十世紀以前のアーカイブにも素直になれた。それが良かったと思います。
たとえば若い頃にロマン派以前ばかりとか、モダンジャズばかり聴いていて、歳を食ってからケージやエヴァン・パーカーにはまるということはないでしょう。私は若い頃に消化不良になっていて良かったと思うんです。それは思想等にも言えますね。折口、小林、今西などいまになって共感できるのです。
スコッチも若い頃はシングルモルト派でしたが、今はサントリーの角瓶で十分です。しかしそれはシングルモルトを飲んだ事があるという経験なくしてのことではない。

●トーキング・ヘッズへのインタヴューの際に阿木さんに同行させて頂いたのですが、デビッド・バーンとキャバレー・ヴォルテールの店主フーゴ・バルの話で盛り上がりました。バルの『時代からの逃走』やチューリッヒ・ダダのことなど。そのうちにバルの音声詩を曲にしたと聞いてびっくりしました。しかもリズムはアフリカだというのです。後日その曲である『ジンブラ』を聴いて驚愕しました。

◆私も『フィア・オブ・ミュージック』の『ジンブラ』に驚いた一人です。しかしアルバムとしてはファーストが好きです。カラオケで『サイコキラー』を歌います。

●私は1978年リリースの『More Songs About Buildings and Food』からですね。

◆私の恩人の一人、高橋昭八郎さんは、北園克衛らと視覚詩、具体詩、音声詩などの運動を開始した盛岡在住だった方ですが、ラウール・ハウスマンとの交流があったそうです。ハウスマンの音声詩もCDになってますね。しかしまたアルトーの朗読とか声はなんと言えば良いのか。
キャバレー・ヴォルテールといえば、チューリヒに学会で行った際に、旧市街に残るその建物の前で一人感動していました。なんでもその向かい側の建物にはレーニンが住んでいたとか。ソ連は崩壊してもダダは死なず、でしょうか。キャブスのあとに生まれたハフラー・トリオも気になる集団でした。これは坂口氏がかなり推してしましたね。

●うらやましいなあ。レーニンですか。ハフラー・トリオは重要ですね、音響の人体に与える影響を研究してました。CABSの片割れは後にWARPを設立しますね。今でもWARPは重要なレーベルですしOPNとかスクエア・プッシャーとか新しい音楽をリリースしています。

◆そうなんですか。マリンダー、ワトソン、カークでいえばカークですか。あの人ならソロアルバムが好きでした。ハフラーはワトソンですよね。もはやあそこまでいくと大衆音楽ではない。

《Vanityのミュージシャン》

◆あがた森魚に関しては殆ど思い入れなく過ごしてきました。

●あがたさんはVanity『乗物図鑑』の録音の際に1週間一緒にいたので好きなタルホの話をしてました。私も藤本由紀夫さんもタルホが大好きなので盛り上がりました。「エアプレイン」という曲では藤本さんがNHKラジオでの瀬戸内晴美さんとタルホの対談を録音したテープを持っていてタルホが飛行機のプロペラの音を口真似した声をコラージュしましたね。『ヂパング・ボーイ』とか『永遠の遠国』とか好きですよ。

◆藤本由起夫さんに関してはサウンド・アーティストということでしか知りません。

●藤本さんは『ロック・マガジン』以前から知り合いでした。PIANO RECORDSのデヴィッド・カニンガムをご存知ですか?藤本さんはこの系統ですね、音楽の美術家だと思います。

◆はい、フライング・リザーズですね。ディス・ヒートも出していた。私はこの辺の作品に関わっていたスティーヴ・ベレスフォード、デヴィッド・トゥープらとテープのやり取りをしていました。フランク・チッキンズのホウキ・カズコさんやその前夫クライヴ・ベルさんともちょっと付き合いがありました。
神戸の山際のかつての移民局だったかの場所で藤本さんのアトリエや作品をみました。
ドクメンタの出品作もキーボードとゴムバンドで人を食ったもので面白かったですね。昔私の友人はセロテープで鍵盤をはりつけていましたが。この人も美術家でした。

◆ヒューのシングルで坂本がバックをやってる訳ですが、竹田さんと彼が学習団の核ではなかったかと。
雑誌『同時代音楽』の2号ではカバー裏に学習団の宣言文が掲載されていました。

●『同時代音楽』に掲載されてましたね。家にあります。金野さんも書かれていたのですね。失礼しました。『同時代音楽』にこの記述があったので坂本龍一には自分がやっているYMOは商業主義じゃないのかということを聞きたかったのです。そういえばこの前、共産同戦旗派だった友人に聞いたら、リセン=理論戦線で合ってるって言ってました。『同時代音楽』、『morgue』、今手元に『モルグ・マイナス1号』があります。かっこいい雑誌です。

◆書かれていたというより見開きで4頁もらい、勝手にレイアウトしていいから版下でくださいといわれ、めちゃくちゃしました。
商業主義そのものは悪くは無いのですがその目的が問題でしょう。例えばまた麻薬の原料を作って売りこれを革命運動の資金にするのはどうなのかとか。
モルグは持ってます。阿基米得という人の文章が面白かったですね。あの方は当時あちこちに書いていた。青森県人ですね。オカルト古代史の研究家。私も実はそっち方面が好きで。特に青森はすごいんです。

◆ロックの本質は文学だ、ということは最近私が無調音楽の帰結が文学に、あるいはフリージャズや、インプロもそれに接近して行くしか無いことに思い至り、実感します。
W・バロウズあたりが、あるいはB・ガイシン、音声詩の連中が注目されるのも分かります。

●フリージャズや即興については、あまり考えたことないです。。。。
ただ間さんの文章は自分なりに分かります。その影響でセリーヌを読んだし、カフカの読み方も面白かった。「モルグ発刊の辞」に「我々は個を基軸としてしなやかに開かれた個体主義を、オカルティズムとアナーキズムの中で見つめながら、我々の肉の無意識、智の地下室へと降りていく。」この言葉から始まって延々と続くのですが、この長文にジャズや音楽のことは全く書かれていない。音楽評論はこうあるべきだと今でも思います。

◆私は十代の終わりから還暦までほぼ一貫したテーマとして即興演奏を考えていました。いまは少し離れ気味です。フリージャズというのは二種類あります。真性のと、その形式化したものと。そしてまたジャズ、フリージャズ、即興演奏、ノイズの問題についてはほぼ整理がついた気持ちです。
間さんの紹介したあらゆる人物は興味深いのでその意味では教師の一人ですね。ただ、それはかなり我田引水、牽強付会の感がないでもない。しかし自分の思想を鍛えていくなかで、あらゆる援用できる思想を動員するのはありえることです。私もいま、音楽や演奏を考える中で国文学の研究が意外に役立つということを感じます。音楽論だけでやっていても同じ檻(ケージ)の中で車を必死に回しているだけに思えるのです。また国文学を考えるときに音楽論が良い視点を提供する事もある。
確かに間さんは最後はシュタイナーとアナーキズムの和合を考えていたようにも思うのですが、それは錬金術のように豊かな不毛だと思います。錬金術は一つの思想体系であり、かつ実践だった。しかし決して黄金を生み出す事は無かった。

《「音楽」の肉の影について》

◆実験的、前衛的な先端音楽はやはり物語と言葉を必要とします。理論と音響だけでは限界が来る。
「西洋音楽の本質は宗教音楽にある。」と嘉ノ海さんは明解に書かれていますが、民衆音楽についてはどのようにお考えでしょうか。宗教と起源を一にしないものがあると思いますが。
しかし西洋音楽が宗教音楽という形式を得て発展したのは当然で、だからこそ我々はキリスト教の根源を知らずに批判は出来ない。いや、批判する為に勉強しています。

●そうです。あの宗教改革の時代にバッハとゴシック建築がキリスト教社会を精神的に支えていた。まだ宗教と一体となった音楽が物理的に存在価値があったのです。生活に有用な音楽だったと思います。

◆西欧音楽が石材を積み上げて行く方法論のような堅牢なものだっとして、対照的に水や炎のような捕まえられない、しかし確たる現象として息づく音楽としてシタール演奏等の即興重視を言ったのが小杉武久です。西欧音楽が宗教生活と一体化していたようにインド音楽も宗教と間違いなく絆がある。しかしその性格がまるで違う。いわば西欧のそれは強制する音楽であり、インドのは共生する音楽だといったら言い過ぎでしょうか。

●また宗教音楽(キリスト教音楽)はモダニズム直前の音楽でもあると思います。つまりバッハは18Cの作曲家で教会専属ですよね。産業革命が始まり、50年位したらボードレールの時代ですから遊民の登場です。

◆だとすればモダニズムの前段階としての近代を置いてもいいのではないでしょうか。モダニズムをどう考えますか。ルネサンスはもうモダニズムでしょうか。まあその頃はまだ古楽ですが、合唱曲などは極点に達していたと思われます。またフレスコヴァルデやスカルラッティを聞いても、こりゃプログレじゃわいなと感じたります。つまりマニエリスムがかなり進行している。すると反動が来ますよね。パンクが。

●ロック・ミュージックってキリスト教音楽だと思いませんか。I LOVE YOUのYOUはマリアのことだと。これは、私が長野のカソリック教会で幼児バプテスマを受けていること関係があるかも知れません。小学校まで毎週日曜学校に行ってました。

◆それはアラブ系音楽での恋歌の対象が神であるとされるのも似ていますね。ただ、何故マリアなのか。イエスではなく?ジーザス&マリーチェインというバンドは好きでした。
まあ西欧社会は、神は死んだとかいいながら、秩序の象徴としての神概念を持ちますね。世を統べるものとして。しかしアラブ社会は別として東洋の場合、神概念はもっと鷹揚なものでしょう。人が死ぬのも生きるのもそれは仕方ない事だと。しかしキリスト教はそうは言わないでしょう。

●アンドレイ・タルコフスキーやイングマール・ベルイマンなどの映画にバッハが多用されるのは理解ができますし、映画音楽というジャンルの中でも傑出していると思います。ルイ・マル『鬼火』のエリック・サティもそうです。

◆最近、テレンス・マリックの『ツリーオブライフ』を見まして、ああ、これはまさに今風の宗教映画だと感心しました。そして編集と音楽の使い方も素晴しいです。

●だからパンデミックの今聞かれたりするのでしょう。バッハは単なる癒しや安らかな気持ちになれるっていう音楽じゃないですよね。でもその側面はありますね。

◆聞き方と演奏者にも依ると思います。それはそば屋でも寿司屋でもBGMにジャズが流れていますけど、よく聞けばあれらの演奏でも非常にシビアなことが行われていたりする。「弱い聴取」という状況であればどんなに激しく主張の強い音楽も壁紙です。バッハの音楽の美は構成力だと思います。それは石造りの大伽藍にも匹敵するけれど、四畳半のラジカセで聞いた時のほうが染みてくるかもしれない。またその構成力ゆえの圧倒さに拝跪するしかないようにも思える。石造りの家は結局、墓か城です。それは籠るしか無い。

●「民衆音楽」についてはどこまで聞いているのか自分でも疑問ですが、カルロ・ギンズブルグの『ベナンダンディ』や『チーズとうじ虫』の中の「聖なる神が宿っている」に象徴される歴史主義は興味深いです。
近代により失われた、もしくは隠されている宗教的世界があると思います。

◆私の解釈では、人間はチーズの中に巣くっているウジ虫みたいなものなんだと考えましたが間違ってますか。たしか本は持ってる筈です。民衆、大衆という概念は分離しなくてもいいですけど、大衆が自前の思想で世界と神の関係を理解しようとすること、それに音楽はどう働いてくるのだろうか。チーズ職人が鼻歌を歌いながら牛乳をこね回すとき、彼は神になってるかもしれない。これから生まれるチーズという世界の。

◆最後に『バフォメット』が出て来て嬉しい。私も好きな作品で、特に霊魂観への影響があります。異端キリスト教の背景をもっと知りたいと思っていました。当然ながらネオ・プラトニズム、グノーシスあたりの知識は吸収不全ですし、カバラー、スーフィズム、タオイズム、仏教における密教の流れ、これらは現在も強く関心領域としております。

●ありがとうございます。とても嬉しいです。ピエール・クロソフスキーは高校から大好きな作家です。金野さんと同じように昔から関心があります。ゲルショム・ショーレムや井筒俊彦など。キリスト教は分派を許さず異端として断罪した歴史がありますが、イスラム教は分派する方向でスーフィもそうですが様々な道を開いていきますね。

◆しかしまあなんとも分派同士の抗争もあとを断たないではありませんか。私はイスラム思想で最初に惹かれたのがスーフィズムでした。それはあのジクルという独自のトランスへの方法であり、メブレビの旋回舞踏であり、カッワーリーの熱い歌です。音楽を禁ずるイスラムの中にあってもっとも激しく音楽を訴求することは矛盾を乗り越える信仰でしょうか。
一般に密教化した宗教は音楽も独自の物をもつのですが、カバラーには見られないようです。しかしジョン・ゾーンの「コブラ」はそれかもしれない。

●いきなりですが(笑)、この会話をしている5月16日はイアン・カーティスの命日でした。

◆私も彼は好きでした。そしてまさに成功しかけた所で自ら敗者になっていったような。

《その時代のこと》

●さて少し私自身のことを語ってみますね。
昭和29年9月22日長野市生まれです。といっても父親の転勤がたまたまということであまり記憶がないのですが。数箇所の転勤先を経て、小学3年の時に大阪市の鴫野という場所に引っ越してきました。小松左京の小説『日本アパッチ族』の舞台になったあたりです。当時はその感じがまだ残ってました。宮本輝原作で小栗康平の映画『泥の河』をご覧になりましたか。あの雰囲気もまだ少し残っていました。「ロバのパン屋」の車を引いているのが当たり前に本物のロバでした。

◆『泥の河』は見ました。心に残ります。カニに火をつけるところとか。ロバを町中で見た事はありません。代わりに私の子供時代には、金魚、野菜、鮮魚、花、豆腐、ドン(米のポップコーン、甘い)、などがリヤカーで売りに来ました。また町中を荷馬車が歩いていましたが、その運搬物は糞尿で、田舎から買いに来ていたのですね。昭和30年代前半の話。当時盛岡はかなり寒く、つららは日陰では軒と地面で繋がり、路面は春まで凍っていました。道路で下駄スケートができました。市内の大きな池は30センチくらいの氷が張ってスピードスケート、フィギュアもやっていました。

●金野さんのソフト・マシーンやマザーズまで行きませんが、グループ・サウンズ真っ只中でしたので近所のお兄ちゃんがオックスやタイガース(関西なので)を見に連れて行ってくれました。

◆そういうのが見れなかったのが残念です。

●1970年大阪万博の開催に向けて街が変わっていきました。阪神高速とか道路が整備され千里団地とかができて、ヘドロの運河(物流の役割を果たしていた)は道路になりました。また整備と共にヘドロのくさい臭いもなくなりました。でも1960年代後半の大阪で暮らしたのは面白かったです。

◆そういう状況は東京でもそのようでしたが、もっと早い時代だったのですね。明治後半から。そして関東大震災で一気に変化した。

●最近知ったのですが、中学校の美術担当は鷲見康男という「具体美術協会」の前衛美術家でした。新聞の訃報でそのことを初めて知りました。授業では絵筆は一切使わずにシュルレアリズム絵画で使用するコラージュ(新聞の切抜きや布などを貼り付ける)とかフロッタージュ(鉛筆などで形をこすったりする)、デカルコマニー(紙的な素材の間に絵具を挟んでぐしゃっとする)ばっかりでした。本人はソロバンを使って絵を描いていました。その頃は前衛芸術家?が美術教師で食っていたんですね。

◆私の中学の美術教師も前衛でした。いまでも描いています。現代美術は、その先生の部屋に自由に出入りして画集を食い入るようにみておぼえました。中学では卒業制作と卒業論文があったので、キュビスムを研究して、その技法で油彩を描きました。

●70年万博は高校一年生の時でした。回数券を買っていたので頻繁に行きました。NHK-FM「現代の音楽」で紹介された作品やとんでもない近未来(今でいうレトロ=フューチャー)の姿にワクワク感が半端なかったです。

◆一度だけ親戚といき、アジア、アフリカなどの小さい国のパビリオンばかり見てあるきましたが、西ドイツ、フランスなどは覚えているし、鉄鋼館の現代音楽や音響彫刻は感激しました。
まあエクスポ70は幻影ですね。KRAFTWERKのコンセプト通りの世界。過去に夢見られた未来。私は子供時代に読んだ未来社会の本をもっていますが、エアカーとか都市農園はあるがコンピュータやネットなどは全く出て来ない。テレビ電話は期待したが、いまやる気はしない。

●当時通っていたのは大阪府立枚方高校という学校で社会に対して強いアゲンストを掲げていました。府教委への抗議デモもしてました。
先輩はバリ封とハンストを決行したり、社研(ってありましたよね)のメンバーの多くは4トロ(日本革命的共産主義者同盟第四インター日本支部:正式名を今回はじめて知りました!)でした。
入学早々6.23安保集会に行きました。4.28沖縄闘争、水俣、特に三里塚闘争は激しかった。同級生が行きましたが、停学になり留年したのはショックでした。

◆私は地方高校ですし、もう嵐が去った頃でした。高校入学71年ですから。生徒会は民青が仕切っていました。岩手は国労、動労などが昔から強く、その影響でしょうか。

●先輩(といっても2年生3年生)がチューターでフォイエルバッハ、ヘーゲル、マルクス、レーニンからカミュ、カフカ、など読書会もやってました。同時期に先輩に連れられ「武闘訓練」と称して京大の吉田グラウンドに行き「連帯の挨拶」(死語)をさせられました。

◆本格的の一歩前ですね。

●NHK-FMの「現代の音楽」はずっと聴き続けていたのですが、その反面CSNYや日本のフォークも聴いてました。天王寺野音で開催された「春一番コンサート」にも連続して行きました。フォーク時代の阿木さんの歌も聴いたかも知れません。
高校3年生になった頃「ラジオのように」に出会いました。間章にも。映画見たり本読んだり音楽聴いたりばっかりしてたので2浪して立命館大学に入りました。

◆盛岡には大学が当時は2つしかなくて、あとは短大でした。2つというのは岩手大学と、私の岩手医科大学です。岩大はまだ、学生運動の余波がありましたが消えかけ、医大のほうは最後の牙城新聞部が消えて、学友会報になり、私は音楽関係の記事を書いたりしました。デヴィッド・ローゼンブームやアルヴィン・ルシエの脳波音楽、バイオフィードバックについてですね。多少医学的かと。

●高校時代の友人と同人誌を作ったり、秋山邦晴に会ったり、新宿にあったころの工作舎で松岡正剛に会ったりしました。

◆大学時代に「第五列」を開始し、京都では<どらっぐすとぅあ>が拠点でした。
まったくどこが中心とか代表とかなしで、そう名乗ればそうだということにしました。これは信頼だと思います。まあ「気分はもうリゾーム」。

●端山貢明、沼澤慧や芦川聡に会ったり、『音楽』という雑誌を編集している人に会いに行ったり。金野さんはご存知でしょうか。板橋あたりか?記憶が定かではありません。

◆『音楽』は持っています。ミュージック・リベレーションセンター・イスクラの出版ではなかったですか。ニューズレターも出していた。そしてレコードも出しましたね。小杉・一柳・ランタの名盤とか。大学時代、休みには東京に行ってマイナー関係の連中とつきあいました。一緒にライブもしました。芦川さんにはひとかたならぬお世話になりました。早世され残念至極です。今、彼の作品、レーベルの評価が高まっているのは嬉しい事です。

●また1977年でしょうか同志社大学や京都大学などの学祭で、松岡正剛や草間弥生が講演したり、日本維新派とか田中泯の「身体気象」とかやってました。間章の講義を聞いたのもこの年だと思います。

◆『遊』はあまり読んでいなかったので、遅れを感じました。維新派は関西ですよね。間さんはいきなり出会いました。

●『ロック・マガジン』でもインタヴューしましたが、ドイツ文学者の池田浩士とは立命文学部の講義で出会いました。『教養小説の崩壊』という連続授業で後に現代書館(今はインパクト出版)から本になりました。
ドゥルーズ/ガタリの『カフカ』が出た頃で池田さんはとても評価されていたのを憶えています。同じくドイツ文学者の土居美夫にも会いました。フーゴ・バルの『時代からの逃走』の訳者です。
池田浩士はその後大衆小説や『日野葦平論』などファシズムと大衆について書いてますね。『ロック・マガジン』で特集した「SUR-FACISM]は池田さんのことがベースにありました。
編集していた頃はバタイユのコントルアタックのことは全く知りませんでした。

◆そのあたりは不勉強で、せいぜい今村仁司さんの講演を聴いたくらいです。『リゾーム』は訳わからないながらもかんじるものがありました。ガタリが日本に来て、そのとき八戸まで豊島重之さんが招聘して、モレキュラー・シアターの上演を見せたりしました。
『ミルプラトー』や『アンチエディプス』は一応読んだもののほとんど抜けてしまいました。「この機械は壊れる事で機能している」というのは逆説好きの私には残る言葉でしたが。「この本は忘れる事で機能している」のでしょうか。

《80年代以降の事など》

●1981年に『ロック・マガジン』を完全に離れて、当時の人間関係は全くなくなりました。というよりも意識的に連絡は取りませんでした。ですので、音楽も聴かなくなり今で言うフリーターのような生活を3年くらい続けたでしょうか。趣味でPC(昔の)をやっていたので夜間のコンピュータ専門学校へ行ってから1984年に就職しました。30歳を超えていましたね。そこで情報処理技術者として販売管理や生産管理などの業務を経験しました。その後、1995年から人事給与のパッケージ作成とシステム導入コンサルタントに特化した仕事をしています。
企業の中で人を計画的に教育し、様々な角度から評価し賃金に反映させ、必要に応じて採用計画も含め人材を確保し適正配置し、総合的に人材の中で戦略を立案し、といった業務要件をカバーするためのシステムです。
社会の中で人はどう生きるべきかという問いに直結しているので結構興味をやってます。たまにビルドゥングス・ロマンを思い浮かべます。

◆荒俣宏みたいな経歴ですね。

●80年代の新自由主義=サッチャーイズムやポスト・フォーディズムから現代の後期資本主義(欲望の資本主義?)へ加速していく課程で企業の人事制度が数年毎に変化していきます。そんな仕事をしています。

◆19世紀から20世紀初頭の変換もドラスティックでしたが、それは大戦へと向かった。20世紀後半の変化はコンピュータの民生化が大きく影響しましたね。そしてネットです。初期コンピュータ関連の書籍は如何にプログラムするかばかりでしたが、ソフトがどんどん充実し、結局ネットに繋がっていないパソコンは無意味だとなった訳です。私も博士論文を書く時点(40歳くらいですが)で、ようやく岩手大学とネットでデータやりとりするようになり、実に便利だと感じました。その頃はその害毒性も考えず。

●業界では数年前からRPA(Robotic Process Automation)を業務に導入したり、AI(Artificial Intelligence)が果たす役割の具体例が出てきています。5Gの環境でビックデータを活用する流れはコロナ以降加速するでしょうね。

◆思いますにRPAのような仕事は大事です。私はそれを修行としてやることがある種の精神的進展を促すと思う。ただ、それを無自覚にやってはいけないし、意識的もいけない。無というかゼロというか、中立的になり、身体と精神を分離してみる。そういう作業はあると思います。ただ、それを効率やノルマのなかでやってはいけない。それは産業の要求するものですからね。

●昨年から思想家マーク・フィッシャーの『資本主義リアリズム論』や『わが人生の幽霊たち――うつ病、憑在論、失われた未来』を読んでいるのですが、今までやってきた仕事に直結する視点なので、音楽を読み解くヒントをいろいろ与えてくれます。

◆最近は古い本ばかり読んでいます。文芸書が多いです。思想や分析はどんどん変わるので、基礎のないワタシにはなかなか。だから基礎になるような日本語の思想を。

●音楽以外のことでは、1985年くらいからシュタイナーの「オイリュトミー」を笠井叡さんに教えていただいてました。シュタイナーの本も読みましたし、その周辺の人たち(日本人智学協会)とも交流しました。今はほとんど付き合いないですが。松本順正とその頃オイリュトミーを通して知り合いました。元遊塾生で山崎晴美や大里俊晴とバンドやってたそうです。後述しますが、岡山でのFM放送でたまに会います。彼は精神科医として岡山でシュタイナー・クリニックを開業しています。

◆面白い人脈ですね。山崎さんは、雑誌『アルテス』で私と彼の小説が隣あって掲載されました。彼の文才には及びません。私はいまは<ジャズトーキョー>にたまに載せます。山崎さんは昨年暮れ、東京の幡ヶ谷であいました。ライブでした。

●音楽については、現代音楽や民族音楽は聴いていましたが、1982年から1997年まで新しいものは全く触れてませんでした。

《最近の事など》

◆私は積極的に流行ってるものを聞いたのは76〜87年あたりまでです。その後次第に新たな音楽への興味は減り、宗教音楽、伝統音楽、部族音楽、古楽そしてモダンジャズを聞くようになりました。この数年はもっぱらクラシックです。いまは20世紀初頭のばかりです。しかし古い音楽も新しい演奏は変わりますし、部族音楽も伝統音楽もそうです。同じ地域の民族音楽を聞いて歴史的な変遷に驚く事がありますが口承だとそういう変化が普通であり、記譜や録音によって変化が止まる、権威化するというのが分かります。古事記以前の伝承はどうなったのかとか考えます。
最近、万葉集についてのエッセイを頼まれたのですが、あれはまさにソングブックだったという視点で描きました。

●1982年以降の『ロック・マガジン』とか『EGO』とかは買ってましたが共感をもって読んでいませんでした。
しかし1997年にライブハウス「岡山ペパーランド」を主催されている能勢伊勢雄さん(『ロック・マガジン』、『EGO』などの編集に関わっていた)から連絡がありました。
能勢さんは岡山の<レディオ・モモ>というシティFM放送局で「能勢伊勢雄のムジック・スペクタクル」という番組を長年担当されているのですが、その番組内で「MUSICA VIVA」をやりませんかというお誘いでした。
週1時間番組ですが好きなようにやっていいですよ、ということで『ロック・マガジン』の「MUSICA VIVA」に登場する音楽家を紹介することにしました。番組では音源をかけながら能勢さんと話をするという形式でした。たまにゲストが参加したりしましたが、基本的には二人での会話を放送していました。
引き続き能勢さんとは今もお付き合いがあるのですが、「MUSICA VIVA」シリーズを延々3年くらいはやりました。その中で日本の作曲家の作品やアウシュビッツで死んだ忘れ去られた作曲家の作品も放送しました。
「MUSICA VIVA」シリーズ終了後も放送を続けて能勢さんが保有している1982年以降の音楽も放送することになり、その過程でポストインダストリアルなど『ロック・マガジン』で体験した以降の音楽を聴きました。
さすがに今ではほとんど参加することはなくなりましたが、「能勢伊勢雄のムジック・スペクタクル」は今も続いており新しい音楽を紹介しています。能勢さんとお会いするたびに色々教えて頂いています。

◆『Shoah, Les musiciens martyres de l’holocauste』というアルバムを聴きましたが、まさにそういう作曲家達の作品集でした。非常に良かったです。
日本の忘れられた、というか不遇な作曲家、有名作曲家の知られざる作品という観点でリリースを続けているのがオメガポイントです。私のところにあった幾つかの実験的、前衛的録音のカセットで、新たにリリース予定もあります。意外な音楽家の意外な作風のです。50〜60年代の日本の作曲家の映画音楽集も面白いですね。古いLPでオムニバスがあって聞いています。一番多様なのは武満さんですねえ。
あと、やはりユダヤ系作曲家というのはなにかと凄いですね。シェーンベルク、ライヒ(ライシュと読むべき?)、ゾーンは同じように、理論的な音楽からオリジンに回帰して行く途を歩んだのが面白い。『モーセとアロン』、『ディファレンストレイン』、『クリスタルナハト』がそれぞれの基盤でしょうか。
私も地元FMに時々、特集番組で出演し選曲は私がやってあとはホストと語り合う形式です。録音あります。また映画祭で作品に関するトーク、とか音楽祭で70年代80年代の地元音楽シーンと世界の関係なんてのも鼎談したり。

●「能勢伊勢雄のムジック・スペクタクル」では阿木さんの追悼番組として、2014年の『Bricolage Archive 2』のCD 4枚を音源として録音しました。まだ放送はされていませんが、そのうちされます。

◆これは全く知りません。

《再び阿木譲と間章について》

●阿木さんとは4年前に0gに行ってお会いしたのが最後です。ブリコラージュをやってましたね。
いささか丸くなった印象はありましたが、「嘉ノ海、どうしているんだ、何かはじめないといけないんじゃないか」と言ってましたね。

◆阿木さんが「何か」というのはどういうイメージがあったのでしょうね。言葉、文字ではないタイプとしてですかね。でも嘉ノ海さんはそうではないでしょう。やはり書籍とか叢書編集ですかね。

●個人的には阿木さんには音楽の聴き方を教えていただいて感謝しています。(あの3年間はほんとうにいろいろありましたが)
昨年来、原稿も書いたり、0gで音楽を作っている方達と知り合いになったり、こうして金野さんとやりとりしているのも阿木さんがいて『ロック・マガジン』やVanityがあったからです。

◆私の場合は間章が最初でしたが、まああまりにも文学的かつレトリックが多く、竹田賢一さんによってある意味左翼的視点を開かれました。それは高橋悠治も同じです。しかし左翼になるには遅すぎたというか真面目に取り組む障壁があった。廣松とか今西とかは読みましたが。いまになってネグリなど読んでます。アルチュセールはラカンがらみで読んでさっぱりわからず。

《ライブについて》

●「ライブ配信」は音楽体験を希薄にするでしょうね。所謂いい音であればあるほどスペクタクル社会=資本主義の気持ちよさに思考停止、感性停止されそうな気がします。

◆一昨日も青森県の子供中心のブラバンがZOOMでオンライン合奏をしているニュースが流され、それに参加した子供がすごく喜んでいる訳です。その子がまた大変に可愛らしい。こうしてオンラインでも皆に出会える、合奏も出来て楽しい楽しいと煽るわけです。
もともと音楽というのは、特に聞くという行為においては思考停止させる機能がある訳で、演奏行為では楽曲の場合あまり宜しく無いですが、即興演奏では常に考えざるを得ません。
ネットを介した即興的な演奏のやり取りは既に90年代からされていましたが、アメリカの電子音楽の連中で<アーチファクト>というレーベルに依っている人達でしたね。
まあいずれオンライン専門のライブ集団もできてくるでしょう。これはグレン・グールドやビートルズがライブをやめてしまったのと事情が違うのですが言及する必要はあるでしょう。
生の音、ライブで聞こえる音の圧力、訴求力は、自室でいくらいいスピーカーにつないだところで違いますでしょうし、大体にしてでかい音で聞く環境を皆さんは持ってないでしょう。
カーステか、ヘッドフォンです。まあ今度はヘッドフォン再生を前提にした音声送信も考えるでしょうけど(アフターディナーや宇多田ヒカルはやってますが)。つまり環境に応じて表現は変わってくるというべきですね。しかし、私は生が一番であとは二次的だ、シミュレーションに過ぎないという偏見はありません。スピーカーから出てくる音はことごとく電気信号の変換という意味では変わりないのですし。
むしろ録音する為にライブ演奏しているとさえいえる。そしてライブでいい音が録れるのが一番嬉しい。最高の聴き手はマイクロフォンだとさえ思います。
デリダでしたか、電話内存在と書いたのは。まあそれに近い他者です。
それを認識しながらも、配信ではないライブ環境での音作りを考えて行きたいのです。おそらくそれは不確定性や偶然性、あるいはエラー、ミスということに関わって生成されるのでは。
それとネットという巨大なシステム、不特定多数の意志のクラウドを介するのも気味が悪い。別に怒ってる訳ではないが私のレーベルの作品がダウンロードできてしまう環境は面白く無い。勝手に自分の評価できないような演奏が流されているのも楽しく無い。

●共有する「場所」の問題はコロナ以降に考え直す必要があると思います。タージ・マハール・トラベラーズが提起した、生活=音楽(聴く+発する)=場所により自分自身が変化していくようなことでしょうか。
このあたりは金野さんの専門分野でしたね。すいません、やっぱり今の時代にはタージ・マハールはありえませんね。やはりこれもスペクタクルになってしまうと思います。

◆そうとも言えないように思います。新たにタージ・マハールを開始すべきかもしれない。でもインドは遠いからまあ成田山とか恐山とか出雲大社あたりがいいでしょうか。
田中泯は「場所とは記憶である」といいました。では記憶は場所たるでしょうか。共有される記憶というのは可能でしょうか。容易にもみえ、あり得ないようにも思われ。

●この1年、月に2回くらい阿木さん最後の箱である0gに行き阿木さんと付き合いのあったミュージシャン(大半は電子音楽かDJ)の演奏を聴いて話をします。
もちろんここ2ヶ月は閉じてますが、再開すればまた行こうと思っています。彼らの音楽は面白いですよ。そんな「場所」でじかに彼らと接して「尖端音楽」について会話をしたいと。

◆私もクラブなどには行きます。興味ある音楽家がきたり、またなんかやってくれと言われたり、DJとの共演もします。

●『ロック・マガジン』の記事を書いていた羽田明子が現在ベルリンに住んで映像をやっているのですが、報道されている通り支援が手厚いらしいです。またかけがえのないという意味で、うろ覚えですが高橋悠治が「インドネシアの材木が伐採され輸出されるけど、インドネシアの音楽は決して輸出できない」と書いているのを思い出しました。

◆ガムランや、ケチャは、エキゾチシズムのお土産みたいな感じでしか聞かれていないかもしれませんが、素晴しいですけどね。ガムランはジョグジャカルタのゆったりしたのも、バリのハードコアなのも、また編成の小さいがゆえに構造の良く分かるのも、巨大竹ガムラン「ジェゴグ」もみな好きです。かつて小泉さんがケチャの由来についてトランソニックに書いていましたね。あれは驚きでした。サンギャンという儀礼を観光化したものだとは。まあそれは日本各地の神楽や祭り囃子、山車の運行に伴う音楽も派手になって行く。最近は北東北各地の神楽等を見て回っています。面白いです。若々しいし。
密閉、密集、密接はまさに即興演奏の環境ならぬ感興です。音が漏れないように、集団で、互いの演奏に接する。と無理矢理に関係づける気もないですが、まあソウシャル・ディスタンスよりは「ソウシャル・ギャザリング」です。このタイトルのアルバムもあります。日本のロック名盤ですけど。
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◆インタヴューを終わって

嘉ノ海さんという名前は印象的だったので意識はしていたが、このように対話する機会が無かったのは残念でした。まあちょうど対照的な関係にあったでしょう。関西の先鋭的ロックシーンの中核を自負していた『ロック・マガジン』におられた方と、東北の片隅で周囲には全く共感されない音楽を制作していた私。今でこそ、世界観、生命観、倫理観という三つの視点で、あらゆる人と語れると思うが、40年前に出会っても喧嘩別れで終わったかもしれない。時間が存在するか否かは議論を措くとして、まずはここで経過したものが再び意味を持って立ち上がってくる。それを契機に会話が始まる。とても面白い経験だ。関係各位に感謝します。

●インタヴューを終わって

今回の対話を通じて初めてAnode/Cathodeが盛岡の方だと初めて知った。Vanityミュージシャンへのインタヴューと銘打っているが、どちらが話を聞いているのかという感じになり、自分自身のことについても会話させて頂くことになった。そして話の終わりは見えず「場外」になることも多々あった。もちろん「乱闘」ではない(笑)。これでも半分くらいは割愛した。話題についての共通項が多いのも不思議な体験だった。
最後にこのような会話に長時間付き合っていただいた金野吉晃氏に感謝致します。そして新しい時代への音楽を期待します。金野さん、いつの日にかイーハトーヴで会いましょう。

VANITY INTERVIEW
③ ANODE CATHODE(Part 1)

VANITY INTERVIEW ③ ANODE CATHODE(Part 1)
インタビュアー 嘉ノ海 幹彦


『音楽の影を巡って』

金野ONNYK吉晃。70年代から音楽家としてのみならず文筆家としても活動されている。Web上に最近の文章が掲載されているので閲覧願いたい。

https://jazztokyo.org/?s=ONNYK

この会話が始まってから想定されていたことだが、音楽以外に多方面に展開されたので、今回とは別に掲載したいと思っている。併せて読んで頂くと金野ONNYK吉晃の世界はもっとわかる。
ここでは、「当時何を考えていて、そして今の時代の中で何を考えどのように読み取っているのか、そして金野ONNYK吉晃とって音楽とは」を中心にインタヴューした。タイトルの『音楽の影を巡って』は『ロック・マガジン』01号 1981/01 に「この音楽家たち そして電気配線され」として掲載されていたAnode/Cathodeの「我々は《音楽》を聴き得ない、我々が聞くのは《音楽》の影である」から拝借した。

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◆Anode/Cathode:金野ONNYK吉晃
●嘉ノ海幹彦

●Anode/CathodeはVanity Recordsの『MUSIC』に入っていますが、リリースされた経緯はどのようなものだったのでしょうか?

◆たしか、坂口卓也さんだったと思いますが、この雑誌でコンピレーションを計画してカセットを募っているようだから出してみてはと薦められました。
送付の後しばらくして夜に自宅に電話が有り、『ロック・マガジン』の編集部を名乗る女性が「貴方の作品を使います」とだけ伝えられました。それは嬉しい事で、待っていたのですがその後何も連絡はなく、どうなったのかも分かりませんでした。私の地域では『ロック・マガジン』を入手するのが難しかったのです。しかしあるとき友人が、君の作品を収録したレコードが出ていると教えてくれ、しかもそれはもう入手不能で、名前も間違っているということが分かりました。これは非常に不服だったので、リリース前に確認すべきとか、当然もらう権利が有るのではないかなど、一度手紙を書いた事が有ります。しかし反応はありませんでした。その意味ではヴァニティに不信感を抱いた次第です。

●当時はそのあたりが当たり前にいい加減でした。申し訳ないです。言い訳にしかなりませんが、リリースするという想いの方が強くミュージシャンの事は考えられていませんでした。
「カセットを募っているようだから」とは1980年11月発刊の『ロック・マガジン』特集エリック・サティ Funiture MusicのLAST WARDで阿木さんがカセットテープの募集をしていました。このことだと思います。
ONNYKやAnode/Cathodeの由来は?また名前に対する想いなどあれば教えてください。金野さんはONNYKという名義を使い続けていますよね。最近、貴重な電子音楽や実験音楽のアーカイヴスをリリースしている「omega point」からの『Eary Electronic Works』を聴きました。ここではONNYK名義でした。

◆アノード/カソードは友人と計画したフィクションのひとつでした。そのような謎のバンドがアメリカの西海岸に存在して、彼等のデモテープだけが残され、それを所有していた知人も行方不明になったというストーリーです。後にアメリカにアノードというバンドがあったり、日本の某氏がそういう名前で活動されたのも知りました。単に電気的なニュートラルな、情念を感じないような名前をと思いました。
ONNYKはKINNOの綴りを逆にしてYに変えただけです。YKは私のイニシャルでもありますので。これは私の立場を逆さまにしたら、といった気持ちも有りますが、当時邦文をローマ字で書いて逆から読み、それを録音して逆に再生する、といったことが好きでしたから。たまには「鬼句」という名で定型詩を詠む事もあります。金野と吉晃の間に挟むのはジャズトーキョーで最初にそう記載されたからです。

●『ロック・マガジン』で好きだった(気に入っていた)号は何号でしょうか?

◆先ほど書きましたように殆ど入手不能で、関西エリアに住む友人がたまに送ってくれたのを眺めていました。あるいはコピーをもらいましたが、当時はモノクロコピーでも高かったですから。探せば出てくると思います。そういえば漫画ももらった覚えがあります。

●当時聴いていた音楽は?叉影響を受けたアーティストやレーベルは?

◆私は日本以外のポップス、ロック、フリージャズ、即興演奏、現代音楽、民族音楽、音響彫刻など全般に聴いていました。
プログレは思春期の始めから、ジャズロックは高校時代、ザッパにもはまりました。パンクにはあまり関心がなく、テクノポップは機材が無く、二十歳あたりで、インダストリアル、ニューウェーヴに接し、丁度色々機材を持つ友人もいて録音を開始したのです。
あ、『NO NEW YORK』と、<ほぶらきん>はショックでしたね。前者についてはイーノへの関心が強かったので「そうきたか!」という印象。また後者には正直言葉を失いました。
もうひとつ、坂口さんからもらったSMEGMA、LAFMSのビデオは、なんというか、涙がこぼれましたね。いろんな意味で。根源的情動と超越的痴性。
しかし次第にINCUS, ICP, FMP, METALANGUAGEなどの即興演奏への傾倒が始まりました。
若い頃にはこう考えていました。
「非イディオマティック即興演奏は、どのような音楽文化、様式、技術からもメタ化した、構造化を拒否する演奏/聴取〜音楽体験である。従って現状の経済体制にも依存しない、所有権や固有名を拒否し、商品生産、経済活動たりえないものだ。だから我々その実践者は、社会体制への異議を唱えているということでもある」
まあ、理想主義です。社会主義革命を信奉するようなものです。
それが「第五列」を始め、Anode/Cathodeをやった頃ですね。Anode/Cathodeは敢えてロックを採用したのですけど。

●現在関心があるアーティストは?

◆音楽家という意味では作曲家が多いです。また忘れられた音楽家、作曲家、残された録音などに関心が有り、最新のものはあまり知りません。
最近は毎日ストラヴィンスキーを聴いています。友人が、ストラヴィンスキー自信が指揮した21枚組を貸してくれたせいもありますし、ザッパを語るには知らずにはおれません。
またかつては殆ど聴かなかった邦楽、民謡なども積極的に聴いています。自分でも邦楽器を触れています。
音楽以外の意味でも現代のものより、近代ですね。あるいは古代かもしれません。

●上記質問の関連ですが、2020年の音楽をどのように読み取っていますか?
(ヴェイパーウェイブなどの動きも含めて)

◆今の音楽を殆ど知らないので、友人のDJなどに教えてもらう程度です。しかし「あいみょん」とかはヤバいなと思いました。私が権力者で為政者なら即、放送禁止にするでしょう。それくらい言葉の魔力は有りますね。
椹木野衣の本を読んで「ああ、ポップスの歴史、いや音楽の歴史は、いちはやく終わったというか、少なくとも折り返し点は回ったのだなあ」と思いました。しかし即興演奏だけはその牙城を守るだろうなどと暢気に考えていました。しかし結局、いわゆる非イディオマティック即興も、ある種のクリシェとイディオムのプールに過ぎないと思うに至り、では俺は如何にすべきと思ったのですが、何も見えてません。
では現在の音楽をどうとらえるか。丁度ヴェイパーウェイヴという言葉が出たので流れを示されたかのようですが、元々其の種の音楽はPC上で製作されているので、よりネット依存、VRへの参入が進展するのでしょうね。ライブをすることがあたかも罪悪視されるような情況が来ているのですが、音楽という現象の機能が、20世紀までのそれとは全く違う位相に移行するのかななどと思います。では過去の音楽の機能的問題などというとかなりくどくなりますし、社会学的視点になるのでしょう。ちょっと措きますね。
また私の常なる見方として、対発生、対消滅、対称性ということからすれば、上記のネット型音楽と丁度正反対の位相を持った儀式型、独立型の音楽が必ずや成長するでしょう。その芽は常にあるので、あとはその機会をうかがうだけです。

●現在の後期資本主義的社会をどのように感じていますか?特に人と社会との関係性において。またNet社会や次世代5Gなどの環境にどのように対峙しようとしていますか?

◆上記の回答に書いた通りです。

●今後の活動のプランを教えてください

◆私は今幾つかの活動領域を持っていますので列挙します。
JAZZTOKYOと「ちゃぷちゃぷレコード」とDEADSTOCK RECORDS関連のサイト、ブログへの寄稿。ちゃぷちゃぷではレコードブック単行本の出版も既刊あり、さらに出す予定のようです。
口琴デュオMUNDIIの活動。エフェクター使用でテクノ的、またベースを加えてダブ的なサウンドも作ります。
3ピースバンドTUBEROSEでの演奏。ライブ予定無し。近日中にユーチューブに動画あげようかと。
個人的な即興演奏活動。サックスやギターを中心に。なるべく生音でのリアルタイムの。
年一度のバンド「飛頭蛮」のライブ。
現在停止中のバンド「チェーンソウマサカーリターンズ」のレコーディング。
花巻市在住の周尾淳一とのコラボ。下記をご覧下さい。他にも有ります。周尾のソロ「山海経」は私のプロデュースです。

セクステット「NGAMOKAS」の活動。現在メンバーチェンジやコロナ騒ぎでライブ予定検討中。下記参照(右端が私です)

海外のレーベルから私の過去のソロやバンドのアルバムが、複数リリースされる予定です。2020年以内にという計画です。まあ80年代の日本のローカル、マイナーな音楽という意味で注目されているだけかもしれないのですけど、私が百歳くらいになれば、今やってる事が注目されて、新たなメディアに乗るのでしょうか。

●これからの音楽芸術はどのようになっていくと思いますか?
音楽を作成するに当たりどのようなことを考えていますか?またあなたにとって音楽とは?

◆複合的なご質問ですので一気にはお答えできません。
上記回答に関連してきますが、私はネット社会の一員としては最低レベルだろうと思います。あと二三年のガラケー使用者であり、ネットでの情報発信、収集もろくに出来ず、アナログ信奉者として、日々カセットのデジタル化だけせっせとやっている穴居人です。しかし自分の堀った穴の責任はとるべく、この穴を訪れる方にはなるべく誠実に接したいと思っています。しかし私が新たなラッダイトになるかとか、儀式的な部族的な方向にいくことはないでしょう。古い楽器を、古い音楽を愛でるハーミットなら格好いいかとか思いますけど。

●新型・コロナウイルス=パンデミックの同時代に対してどのような感想をお持ちでしょうか?生きている間にこのような時代と対峙することは、幸運にも(失礼)そうあることではありません。
金野さんに是非聞いてみたいです。

◆このウイルスは感染力が強く、症状は平均的には弱く、特定の条件の人に激烈になるというもので、感染は短時間接触でも、そして不顕性感染期間にも起こるという厄介な物です。ウイルス一個は生存サイクルが短いですからこの数ヶ月のうちにどんどん株の変異が起きるのは当然でしょう。じゃあワクチンも無駄?インフルエンザだってタイプ別のワクチンじゃないですか。何年もかけて作ったワクチンでさえ副作用が起きて社会問題になるほどなのに、あわてて作ったワクチンなんて危なくてしょうがない。それを接種義務化なんてされたらどうなるのでしょう。
と思ってはみたが、なんのことはない、パンデミック前から準備してたものがあるのだろうか。
この疾患騒動の一番の社会的問題は、個人意識の暗部に、また社会の構造にある「見えない差別」を助長して、市井の、無辜の、衆愚ほど行動に出ることではないでしょうか。善意の悪行というより、正義感の愚挙、デマゴギー推進性の「病い」です。放射性物質の汚染にも近い。
あるいはまた、攻撃的でない人は自虐的になり、引きこもり、他者との接触を極度に恐れる。
恐れの源と差別は不可視であるほど強調され、人と人を疎縁、隔絶する。と同時に、いかにもそれを補完するように見えるテクノロジーが幅を利かせてくる。
最近、盛んにCMでは高齢者のスマホデビューをあおり、家庭内、離れて住む家族間でのスマホコミュニケーションが重要だと売り込みます。
アフリカに感染者が増加しています。そこでも貧困層にさえスマホを持たせて、感染者への給付金をスマホ決済させる。スマホと、ドローンと、ロボットとが蔓延しているのです。
インフラの弱い地域こそ携帯電話、衛星放送の普及が早いということは知られていました。スマホ利用者に限れば、若者から壮年まででした。しかし給付金となれば、一斉に今まで関心の無かった世代や地域まで広がるでしょうね。まあそういうことなんですね。ある勢力が競って世界を乗っ取ろうとしている。単に利益が上がっただけではありません。支配域を広げています。テレワークだ、リモートだ、配信だ、そしてユーチューバーばかり持ち上げられる。この半年におけるIT産業とGAFA、マイクロソフトの収益が跳ね上がってるのはよく知られています。状況だけから判断すれば誰が得をしているか、誰が仕掛人かは見えてくるんじゃないですかね。一気に世界の支配の仕組みを変えようというのかな。しかし、そういう世界を望んでいる人々もある。
「プライバシー監視が嫌だとかいうより、生命の安全を「国家」が保障してくれるほうがいいじゃないですか、現金決済よりスマホでなんでも済ませられるのは便利じゃないですかという人達は少なく無い。あるいは「音楽なんてそのときかっこ良く聞こえていればいいんですよと。
構いませんよ。ただ、私はこんな世界が嫌だなと思うだけです。

●興味深い回答をありがとうございました。では、引き続き『「同時代精神」ある時代霊の働き』に移りましょう。

KYOU-035 Viola Renea『Syguiria Lady』

発売日:2020年10月16日
定価:¥2,000(-税別)
品番:KYOU-035

Amazon  https://amzn.to/2EueBSG
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Viola Renea
Syguiria Lady

01. Amitoung Ashyljoung
02. Vimana Beam
03. Faros Faras Island
04. Sōma Yāna
05. Māyā Candra
06. Samsāra
07. Polaris Line
08. Chariot of Palace

KYOU-035
16.Oct 2020 release
2.000yen+tax

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1984~85年に大阪で展開していたレーベル「ファンタン ラトゥール レコーズ」から1985年にリリース(LP)されたヴィオラ リネア/シギリア レディを初CD化!今回、ニュージーランドのStrangelove MusicからのLPリイシューのオファーにより2020年秋にLP/CD/デジタル配信によるワールドワイドな展開となります。

<作品概要>
Viola Reneaは、1983年までに兵庫県の西宮市を拠点に置く自身のレーベル、Kagerohから2枚のシングルを既に発表していたグループだ。
今村空樹は、“未知の記憶”から発生した奇妙で新しい音楽を読み解く旅の進路を開拓した。中近東、ギリシャや東ヨーロッパの民謡に影響されたこのバンドの欲望は秘境の異質さを探求すること…起源への回帰だ。
生み出されたサウンドは古賀俊司によるベースと迎久良による“波形的な”マンドリンの不気味な装飾リズムのコンビネーション。本作のリリース直前に今村氏は自身の歌詞を「リーディア主義」と称する架空のオカルト科学の用語(造語)を使ったものだと語っている。
結果、谷口純平とみなみなみ子による電子伴奏により併記された他民俗(エイリアン・フォーク)への感傷によって、夢の風景は当時のテクノ・ポップが回帰したテーマ、ノアールと誘惑、の呪文を模索する。聴覚的なビジョンと奇妙な音楽的な愛が魔性の女(ファム・ファタール)、シギリアン・レディと一体となった。

remodel 26 tolerance『Demos』

発売日:2020年10月16日
定価:¥2,000(-税別)
品番:remodel 26

Amazon  https://amzn.to/34BbJhr
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tolerance
Demos

1 Demos

remodel 26
16.Oct 2020 release
2.000yen+tax

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Vanity Recordsより2枚のLPと1枚のソノシートをリリース、レーベルの主宰である阿木譲がヴァニティ作品のフェイヴァリットに挙げ、NWWリストに選出されるなど同時代の作家への影響力も持っていた東京の丹下順子によるプロジェクトtoleranceの発掘カセット音源が初の単独CD化!本作の制作時期は正確には判明していないがtoleranceの活動時期を鑑みると80年前後と思われる。音源は発掘されたカセットテープからのデジタルリマスタリング。いくつもの曲の断片が切れ目なく繋がれたミックステープのような収録内容となっており、toleranceの音楽が常に含んでいた霞のようなサウンドの扱い、アトモスフェリックな魅力をより際立っている。

<作品概要>
Vanity Recordsより2枚のLPと1枚のソノシートをリリース、レーベルの主宰である阿木譲がヴァニティ作品のフェイヴァリットに挙げ、NWWリストに選出されるなど同時代の作家への影響力も持っていた東京の丹下順子によるプロジェクトtoleranceの発掘カセット音源が初の単独CD化。
本作の制作時期は正確には判明していないがtoleranceの活動時期を鑑みると80年前後と思われる。音源は発掘されたカセットテープからのデジタルリマスタリング。
いくつもの曲の断片が切れ目なく繋がれたミックステープのような収録内容となっているが、この状態は完成形ではなくあくまでデモ音源故にとられた形態であった可能性も伺える。
しかしながらその左右にフラフラと揺れながらいくつものサウンドが浮かんでは消えるといった構成は、toleranceの音楽が常に含んでいた霞のようなサウンドの扱い、アトモスフェリックな魅力をより際立たせている。2ndアルバム『divin』で完成を見るような反復するノイズやリズムマシンのサウンドも用いられてはいるが、この音源ではそれらの要素は楽曲の重心を安定させる方向へは機能せず、終始ボトムが抜け落ちたような浮遊感のある音楽性となっている。
冒頭では声を溶かし込んだようなサウンドによって安らぎへ誘われ、様々な音風景を潜り抜けた先にぶつ切りの停止とその後が待ち受ける様相は、走馬灯や黄泉といった言葉を連想させずにはおかない。

よろすず

remodel 18 NISHIMURA ALIMOTI『SHIBOU』

発売日:2020年10月16日
定価:¥2,000(-税別)
品番:remodel 18

Amazon  https://amzn.to/34F6Pjs
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NISHIMURA ALIMOTI
SHIBOU

1 Bunbunbae
2 Hyojyo No Uta
3 Inkasanka
4 Rogan
5 Lock And Role
6 Yasai Ga Kirai
7 Ninshiki Yoso
8 Moeagaru Chukinto
9 Nakayubi Tomare
10 Reito Shokki
11 Tori Ga Tonda Rarara
12 Zesshyo

remodel 18
16.Oct 2020 release
2.000yen+tax

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1981年にVanity Recordsよりカセットテープでオリジナルがリリースされた西村有望のソロ名義NISHIMURA ALIMOTIによる『SHIBOU』が初の単独CD化。レーベル主宰の阿木譲が「民族音楽的なインダストリアル・ミステリィ・ミュージック」と評したように、密室性を感じさせる音像や呻きのような声、軋むようなギターなどの退廃的なサウンドを有していながらも重い足取りの(かつ時折トライバルな)ドラム演奏がどっしりと居座る楽曲が多く、それらは虚ろなダンス・ミュージックといった仕上がりだ。

<作品概要>
1981年にVanity Recordsよりカセットテープでオリジナルがリリースされた西村有望のソロ名義NISHIMURA ALIMOTIによる『SHIBOU』が初の単独CD化。
1978年に設立され、パンク以降の価値観で活動する新たなバンドや、バンド活動を経た音楽家のオルタナティブなアプローチなど、同時代の先鋭的な音楽動向をいくつかの側面から捉えてみせたVanity Recordsであるが、1981年からのリリースでは“INDUSTRIAL MYSTERY MUSIC=工業神秘主義音楽”という方向性が強く打ち出される。
この方向性を宣言したのがロック・マガジン編集部に送られてきた多数のカセットテープから厳選された音源を収録した1980年12月リリースのコンピレーションアルバム『MUSIC』であり、単独の作品としてそのヴィジョンを示してみせたのが1981年3月にLPでリリースされたtolerance『divin』であったが、以降のレーベル作品では時代の先端の音楽動向をよりスピード感を持って伝えるためカセットでのリリースが選択されることとなり、本作もこの文脈と形態で発表された。
本作のオリジナルは単独でのリリースもなされたが、“時代の風景としての騒音群”という意味を込め発表された『ノイズ・ボックス』という6本組のカセット・ボックスの一部としても世に出ている点が興味深い。
本作『SHIBOU』はロック・マガジン編集部に送られたデモ音源の時点ではタイトルは日本語で『脂肪』と表記されており、その他の曲名の表記も同じく日本語であった。またその内容もギター、ベース、ドラム、声による宅録バンド的な音楽であり、『ノイズ・ボックス』内の他作品とは様々な点で異なった感性が感じられる。
レーベル主宰の阿木譲が「民族音楽的なインダストリアル・ミステリィ・ミュージック」と評したように、密室性を感じさせる音像や呻きのような声、軋むようなギターなどの退廃的なサウンドを有していながらも重い足取りの(かつ時折トライバルな)ドラム演奏がどっしりと居座る楽曲が多く、それらは虚ろなダンス・ミュージックといった仕上がりだ。一方でプライベートな雰囲気の「Tori Ga Tonda Rarara」なども収められており、作品全体を通じて「スタジオに入って音を作らなくても作れる音楽をカセット・テープに録音してほしい。それとももっと私的な個人的な音楽とかね」という阿木譲の発言が思い起こされる。

よろすず

remodel 17 WIRELESS SIGHT『ENDLESS DARK DREAM』

発売日:2020年10月16日
定価:¥2,000(-税別)
品番:remodel 17

Amazon  https://amzn.to/2YB4xOr
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WIRELESS SIGHT
ENDLESS DARK DREAM

1 Automatic Funny Sight 1
2 Endless Dark Dream
3 Automatic Funny Sight 1
4 Endless Dark Dream

remodel 17
16.Oct 2020 release
2.000yen+tax

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1981年にVanity RecordsよりカセットテープでオリジナルがリリースされたWIRELESS SIGHT『ENDLESS DARK DREAM』が初の単独CD化。WIRELESS SIGHTはミニコミ誌『無線風景』を発行するワカエ・クニエによるプロジェクトである。ピアノ、メトロノーム、ラジオ・ノイズのみによって描かれる静謐な音風景はVanity Recordsがその発足当初に構想した方針の一つである”家具としての音楽”が高純度で具現化されたかのように響く。

<作品概要>
1981年にVanity RecordsよりカセットテープでオリジナルがリリースされたWIRELESS SIGHT『ENDLESS DARK DREAM』が初の単独CD化。WIRELESS SIGHTはミニコミ誌『無線風景』を発行するワカエ・クニエによるプロジェクトである。
1978年に設立され、パンク以降の価値観で活動する新たなバンドや、バンド活動を経た音楽家のオルタナティブなアプローチなど、同時代の先鋭的な音楽動向をいくつかの側面から捉えてみせたVanity Recordsであるが、1981年からのリリースでは“INDUSTRIAL MYSTERY MUSIC=工業神秘主義音楽”という方向性が強く打ち出される。
この方向性を宣言したのがロック・マガジン編集部に送られてきた多数のカセットテープから厳選された音源を収録した1980年12月リリースのコンピレーションアルバム『MUSIC』であり、単独の作品としてそのヴィジョンを示してみせたのが1981年3月にLPでリリースされたtolerance『divin』であったが、以降のレーベル作品では時代の先端の音楽動向をよりスピード感を持って伝えるためカセットでのリリースが選択されることとなり、本作もこの文脈と形態で発表された。
本作のオリジナルは単独でのリリースもなされたが、“時代の風景としての騒音群”という意味を込め発表された『ノイズ・ボックス』という6本組のカセット・ボックスの一部としても世に出ている点が興味深い。
本作『ENDLESS DARK DREAM』はピアノ、メトロノーム、ラジオ・ノイズのみによって綴られた静謐な音楽作品であり、『ノイズ・ボックス』収録作に多く見られる反復の要素も一応はメトロノームの作動音によって見出せるものの存在感は(丁度我々が普段秒針の音を意識しないように)希薄で、控えめな雨粒のようにポツポツと落とされるピアノと、それが地面に残す模様のように朧げに浮かび上がるラジオノイズ、といった構成はむしろVanity Recordsがその発足当初に構想した方針の一つである”家具としての音楽”が高純度で具現化されたもののように響く。カセットのAB面に同じ内容が収録されていたことからもループ再生によって空間に定着しいずれは意識されない存在へと行き着くことへの希求が見て取れる。

よろすず

remodel 36 V.A.『Vanity Box Ⅰ』

発売日:2020年9月18日
定価:¥8,000(-税別)
品番:remodel 36
仕様:
□ブックレット1 8P
□ブックレット2 8P
□ポストカード 4 枚
□オリジナル ボックス(135×135×22mm)
□CD5 枚組(紙ジャケット)BOX SET
□CD-1 はオリジナルマスターテープより佐藤薫氏監修による新デジタルリマスタリング
□CD-2,3,4,5 はオリジナルマスターテープよりデジタルリマスタリング

Amazon  https://amzn.to/33RSX54
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V.A.
Vanity Box Ⅰ

CD1 R.N.A.ORGANISM – R.N.A.O Meets P.O.P.O
CD2 BGM – Back Ground Music
CD3 SYMPATHY NERVOUS/MAD TEA PARTY/PERFECT MOTHER – 7”singles
CD4 SYMPATHY NERVOUS – Sympathy Nervous
CD5 SAB – Crystallization

remodel 36
18.Sep 2020 release
8.000yen+tax

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日本初のインディペンデント・レーベルの1つともいわれ70年代末から80年代初頭の日本の自主制作/インディーズ音楽シーンを語る上において欠くことのできない重要な存在であるVanity Records。本作『Vanity Box Ⅰ』はそのVanity RecordsのカタログからR.N.A.ORGANISM『R.N.A.O Meets P.O.P.O』、BGM『Back Ground Music』、SYMPATHY NERVOUS『Sympathy Nervous』、SAB『Crystallization』、そして80年にリリースされた7インチ3作を纏めた『VANITY 7″ singles』をまとめたCD5枚組のボックスセット。ダブやファンクの影響を昇華したポスト・パンクのヴィジョンやエレクトロニクス・ミュージックをはじめ、当時のエッジーなサウンドが見事なクオリティで収められている。

<作品概要>
『Rock Magazine』編集長の阿木譲によって1978年に設立され、パンク以降の価値観で活動する新たなバンドや、バンド活動を経た音楽家のオルタナティブなアプローチ、時代の先端としてのエレクトロニクス・ミュージックやインダストリアル・ミュージックなど、同時代の先鋭的な音楽動向をいくつかの側面から捉えてみせたVanity Recordsは、日本初のインディペンデント・レーベルの1つともいわれ70年代末から80年代初頭の日本の自主制作/インディーズ音楽シーンを語る上において欠くことのできない重要な存在だ。
本作『Vanity Box Ⅰ』はそのVanity Recordsのカタログから80年にリリースされたLPであるR.N.A.ORGANISM『R.N.A.O Meets P.O.P.O』、BGM『Back Ground Music』、SYMPATHY NERVOUS『Sympathy Nervous』と、同じく80年にリリースされた7インチ3作を纏めた『VANITY 7″ singles』、そして79年にリリースされたLPのSAB『Crystallization』をまとめたCD5枚組のボックスセット。
EP-4の佐藤薫がプロデュースした最初のグループとして知られるR.N.A.ORGANISM、当時17歳の高校生だった白石隆之によるBGM、『U.C.G.』と命名された自作のコンピュータ・システムを駆使する新沼好文のSYMPATHY NERVOUS、これら80年にリリースされたLP作品ではダブやファンクの影響を昇華したポスト・パンクのヴィジョンとエレクトロニクス・ミュージックの要素がそれぞれに異なるバランスでせめぎ合っている。
『VANITY 7″ singles』には声とエレクトロニクスの使用を共通項としたSYMPATHY NERVOUS、MAD TEA PARTY、PERFECT MOTHERの楽曲が収められ、Vanity Recordsのリリース中でも際立ってポップな仕上がりが耳を引く。
唯一79年のリリースであるSAB『Crystallization』は東洋的なモチーフ/サウンドを効果的に配したコズミックなアンビエント・ミックスといった音楽性で、現在のニューエイジ・リヴァイヴァルや日本の環境音楽の再発見といった動向の中でも興味深く響く一作だ。

よろすず

VANITY INTERVIEW
② DEN SEI KWAN

VANITY INTERVIEW ② DEN SEI KWAN
インタビュアー 嘉ノ海 幹彦



『DEN SEI KWANは惑星の中で明滅する電気信号を待っている』

Vanity Rcordsからリリースされたミュージシャンが当時何を考えていて、そして今の時代の中で何を考えどのように読み取っているのか。
次はDEN SEI KWANこと斎藤英次にインタヴューすることにした。DEN SEI KWAN の「Pocket Planetaria」は、Vanity Rcordsのカセットテープ集である「ノイズ・ボックス」の第3作目として1981年5月にリリースされた。
さてインタヴュー方法だが、全てメールにて行った。はじめに『ロック・マガジン』や阿木譲との関わりを送った上で、こちらからいくつかの質問を送信し、回答をもらい会話するという形式を採った。
もちろんメールによるメリットとデメリットもあるだろうが、直接会話するより考える(思い出す?)時間もあり整理もできてよかったと思う。また質問からどんどん乖離することもあったが、最終的には趣旨に沿うようにまとめた共同作業となった。
—————————————————————————–
少し彼の音楽について記載したい。DEN SEI KWANの作品は電子的ではなく電気的である。電子は電流となって伝わる。それは植物と栄養素との関係に比喩されるイメージだ。
植物が生きていくために、摂取しなければならない栄養分を「必須要素」といい、17種類ある。そのなかで植物が成長に必要かつ重要な要素は、チッ素(N)、リン酸(P)、カリウム(K)だ。
しかし、植物はイオン化した状態でないとそのままの形では吸収できない。

同様に電気は我々自身をも様々に形態を変容させる。つまりは電気のなせる業なのである。それは言語といってよい。アルゼンチンの作曲家ベアトリス・フェレーラは「私の音楽は言語だ。」といっているが、音楽は植物が成長に必要な要素を摂取するように電気の作用が音楽を通して我々に現象/風景をもたらす。
そして血液の中の記憶にも交じり合うだろう。

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★DEN SEI KWAN:斎藤英次
●嘉ノ海幹彦

●Vanityからリリースされたのはどのような経緯でしたか?

★多分、テープを送ったからです。

●編集部ににテープを送って頂いた時期は『ロック・マガジン』がB5サイズに変わった時期で、工作舎とも疎遠になりつつありましたね。B5サイズになった最初の特集が「INDUSTRIAL MYSTERY MUSIC=工業神秘主義音楽」でした。あの時点ではインダストリアルってジャンルはなかったです。

★B5サイズになったのは81年ですよね。だとすると最初のテープ(VanityTape)送ったのは79年か80年ですかね?
●B5サイズは1981年1月からですね。東京事務所を閉じて、それまで発刊した『ロック・マガジン』も古書店などに清算して、大阪の編集室も引っ越しました。
1980年11月発刊の特集エリック・サティ Funiture MusicのLAST WARDで阿木さんがカセットテープの募集をしていました。その時かも知れませんね。

★そうです。多分その阿木さんの募集記事に感化されて音を作り始めたのだと思います。そして最初に送ったデモテープがVanityTapeのやつです。

●テープを送る際に何か想いなどありましたか?
『ロック・マガジン』に掲載されていた「ポケット・プラネタリーム概論」が気になりました。

★あまり記憶にないです。「ポケット・プラネタリーム概論」はその頃『ロック・マガジン』と同時に工作舎から出てた雑誌『遊』も読んでたので、その影響と思われます。

●僕は元々『遊』創刊号からの読者でした。稲垣足穂とかも好きで今でも現代思潮社の足穂大全ありますよ。『ロック・マガジン』や阿木さんと出会ったのはもっと後でした。でも『ロック・マガジン』の編集をしていた頃、松岡正剛さんや工作舎の方々には大変お世話になりました。

★僕が読み始めたのは『遊』10号あたりからです。『ロック・マガジン』も多分その前後からです。
『遊へ組』で斎藤英嗣名義でちょっと文章書いてます。

●そうでしたか、遊塾のころですね、友人も何人か遊塾生になりました。へ組とかち組とかもありましたね。見つかれば読んでみます。

★遊塾ありましたね。松岡正剛さんの宗教ぽかったですね。

●Vanityリリースの際には阿木さんか『ロック・マガジン』の編集者と話をしましたか?
当時はメールとかはなかったので手紙か電話しかないですね。

★なにも無かったです。Vanity Tapeとしてリリースされるのを知ったのも『ロック・マガジン』の誌面でです。
●えっ、そうでしたか。失礼な話ですね。

★って、嘉ノ海さんも1979から1981年頃なんだから編集者だったんじゃないですか!?

●すいません。。。(汗)そのあたりはホントいい加減だったと思います。

●Vanityからカセットリリースされた時はどう思いましたか?

★リリースされた事は舞い上がるほど嬉しかったですが、それよりも先に『ロック・マガジン』に僕の音楽に対する阿木さんの感想が載ってたことのほうが感動しました。

※福島市に住む斎藤英嗣のこの「電精KWAN」はいいテープだ。ホワイト・ノイズをこんなにうまくリズムにして黄色ラジカルと通じるようなセンシティヴな音楽だ。電子の舞踊というか躍動的な生のエナジーで満ちている。特にサイドBの「サハラ鉄道」「Pocket Planetaria」「Plastic Garden」は圧巻だ。彼のレコードをいつか作りたい。”因果交流、電燈は少年のズボンの隠しでカチコチなる一箇のビー玉であります”(ポケット・プラネタリーム概論)のコピーが添えられてある。タルホ・ランドの住民だな。(1981年3月『ロック・マガジン』02号「騒音仕掛けの箱に吹き込まれた風景」阿木譲)

●ところで、カセットテープというメディアについてですが、今でも音楽を記憶するものとしてお使いですか?新しい音楽でもカセットリリースとかありますよね。

★カセットテープはよく買って聞いてます。たぶんレコードより多いです。
音楽を記憶するものとしては使ってません。ですが、カセットリリースには魅力があります。

●近年カセットリリースが多くなってきているようですが、どんなところに可能性を感じますか?

★チープなカセットテープレコーダーで聞くのにインダストリアルノイズはあっているのだと思います。

●当時と比べてもリリースもWeb環境と連動しているとか。Webで調べ物とかメールくらいしかしないので、詳しくないですが、bandcampやsound cloudなど対外的に音源を発表したり、リリースするのが容易になっているのですね。ヴェイパーウェイブとか興味ありますか?

★Arcaとかは好きですが特にジャンルにはこだわりは無いので、要は何をサンプリンしてどう繋ぐかだと思います。

●DEN SEI KWANの由来は?名前に対する想いなどあれば教えてください。

★ベタなんですが電精館。電子と精子、あるいは電気と精神の館。

●当時聴いていた音楽は?叉影響を受けたアーティストやレーベルは?

★『ロック・マガジン』に載っていて福島の田舎で手に入るものは夢中で聞いてました。
当時の曲で今でも聞けるのはJoy DivisionとThe Associatesくらいです。

●少し自分自身のことも書きますね。
実はJoy DivisionやDOME、Throbbing Gristle、Cabaret Voltaireとか昨年来聴きなおしています。読んだマーク・フィッシャーの影響もありますが、当時の記憶が蘇えります。ただ記憶は変質するので信用していませんが(笑)。

●現在関心があるアーティストは?

★Andy StottとかRestive Plaggonaが好きだったんですが今はいません。

●上記質問の関連ですが、2020年の音楽をどのように読み取っていますか?
(ヴェイパーウェイブなどの動きも含めて)

★何も読み取っていません。最近僕は好き嫌いしかありません。

●現在の後期資本主義的社会をどのように感じていますか?
特に人と社会との関係性において、またNet社会や次世代5Gなどの環境にどのように対峙しようとしていますか?

★資本というのは欲望ですから、それを売ってるので、多分人間がも少し変わんないと どこまでも不幸でしょう。
Net社会とかは何とか対峙したいのですが今のとこやられっぱなしです。

●今後の活動のプランは?

★音楽をまた作りはじめようと思っています。

●最近読んでいる本とかありますか?

★3.11以来、最近やっと本が読めるようになり、いま手許にあるのはマーサ・ナカムラ『雨をよぶ灯台』、カルロ・ロヴェッリ『時間は存在しない』です。

●カルロ・ロヴェッリ『時間は存在しない』は面白そうですね、読んでみたいです。

●これからの音楽芸術はどのようになっていること思いますか?
またあなたにとって音楽とは?

★資本主義と芸術は暗黒化し、いま芸術はどんどんサブスク化してます。
音楽以外の芸術で、たとえば文学がサブスク化の優等生だろうし、そのデジタル化と並走する形(暗黒啓蒙とそれの加速主義によって)でダメになって行く経済のたぶん芸術は通奏低音です。

●ドローンは21世紀になってからずっと関心があります。もちろん音楽用語とかジャンルではなく、ドローンは「繋ぐ」とか「受け渡す」とか「引き受ける」とか「予感する」とか「見出す」とか。。。と読み取っています。
音の痕跡に意味を見出すこと。だだし感覚で。Speculative Solution(Florian Hecker)にはなりませんが、思索するヒントにはなるかも知れません。

少しだけ後期資本主義に関してコメントします。2018年に阿木譲が亡くなりましたが、その頃からマーク・フィシャーやCybernetic Culture Research Unitの関連などの本を読んだりしています。
かつて関わっていた『ロック・マガジン』をやめたころからポストモダンの思想が日本でもニューアカといわれ、今では教授に成り下がった人により紹介されていました。
しかしその後、世の中では分裂症患者は激減しうつと発達障害が増加しているとのこと(友人の精神科医の話による)。晩年の阿木さんはドゥルーズとか読んでたそうですが、1980年当時のように時代を読み取ることは出来なかったような気がしています。
ただやっぱり音楽が一番早いのです。これは僕が阿木さんから学んだ一番の思想です。
ニック・ランドの加速主義は資本主義的に速度を上げて資本主義自らを瓦解させることを目論んでいるのでしょう。今イギリスから上海に移住して思想を展開しているらしいです。
『現代思想』2019年6月号で「加速主義」を特集していましたが、しかし音楽を聴いていないとわからないし読み解けないでしょうね。
マーク・フィッシャーの『資本主義リアリズム』の中に書かれているのですが、イギリスの大学ではあるテーマのもとに集められた授業科目群をモジュールといい教師(フィッシャーも含め)は、モジュール・リーダーと呼ばれクライアント(学生)に対して、評価や次年度への変更提案、学生からのフィードバックをまとめて報告する。その成果を「発展率」「履修放棄率」と共にデータとして割り出し報告する。その仕事量とデータの渦によりうつ病の教師が増えてきているということが記載されていました。
そんな教育のサブスク化が進んでいるようです。自分の仕事は人事管理業務に情報システムを導入することなのですが、人事評価システムの中でも同様のことが行われています。これも後期資本主義の一端である気がしています。

●最後の回答ありがとうございます。
今後の活動を期待しています。


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《番外のやり取りより》
●1981年9月の『ロック・マガジン』05号で特集した目に見えない「SUR-FASCISM」が本質を変えずに変容して現れてきているような気がしてます。だからこそ、生き残りましょう。

★昨夜はRM05号に読み耽ってしまいました。SUR-FASCISM!
当時はSUR-FASCISMとゆわれても実感がなくダークでカッコいいファッション的なとらえ方でしたが、唯今の「失われた未来」感から来る、新反動主義。加速主義。
ダーク・エンライトメント(暗黒啓蒙) と嘉ノ海さんが言うように本質を変えずに変容して現れてきたと本当に思います。というか僕のVanity Tapeの『Pocket Planeteria』に限ってですが、いまのノイズミュージックに似てるという人がいて自分でもそう思うのですが、しかし決定的な違いは暗さです。当時40年前の暗さは世紀末に向かうポーズのようなもので、いまは圧倒的に暗黒です。

●ルル・ピカソの表紙の『ロック・マガジン』は今の時代に読み返すと面白いです。
1981年当時はジョルジュ・バタイユが既に「シュル・ファシズム」といってるとか全く知らなく、勝手に新しい概念/新しい造語として編集していました。日本独自の明治政府が作り出した天皇制という社会理念の構造がモダニズム(近代主義)と絡みながら自分自身の身体のうちにもあることをシュル・ファシズムと名付けました。今の日本政府が疫病に対して行っている行政の態度は戦前と変わりないと思います。しかし政府にとって本気で今が戦争状態だという認識もないのでしょうが、「一緒にがんばりましょう」とかのスローガンは「欲しがりません、勝つまでは」に聞えますね。 日本で暴動が起こらないのは、天皇がいるからだと思います。(決して天皇制を賛美しているわけではありません!)だからナチスと決別したドイツと違い、国の保障も言葉の遊びのようにあいまいな政府になっていてるのだと思います。
『ロック・マガジン』では2拍子(行進曲)と電子音楽のDAF、野鼠(ペスト)を意味するディー・レミング、ナチスを財政面で支えたクルップス家の名前を冠したディー・クルップス。付録のソノシートはディー・クルップスでした。日本で一番初めにノイエ・ドイチェ・ヴェレを最初に紹介した号でした。

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★インタビューを終わって

嘉ノ海さんの「VANITY BOX 2020」のテキスト(KYOU RECORDS)、拝見しました。阿木さんの意思を音でに対して言葉で残すとゆう感じがしました。
僕の「P’」への感想でDOME(ドーム)→天蓋音響とゆうイメージがありましたが当時ヘッドホンを使ってミックスしていた時、まさにそんな感じだったのを思い出しました。
さて、今後ですが、先にちょっと書いたと思いますが、僕は福島市にいて3.11の後遺症的なのをいまだに引きずっています。あの時、絶望してそのままずと終末感状態なんです。当時、兼業農家をメインにグラフィックデザイナー、売れない漫画家(斎藤種魚)をやってたんですが、それらをすべて手につかなくなってしまいました。本も読めなくて、せいぜい文章はTwitterが精一杯でした。音楽もヴォーカルの入った曲は聞けなくてそんな時、阿木さんのブログに再会して阿木さんが紹介する「物が悲鳴をあげてるような音」に安らぎました。また音楽やろうと思いました。それから彼が紹介してる音楽を片っ端から聞きあさりました。ところがネットの世界は膨大でいつになっても小高い丘から俯瞰する全体を一望できる感じになんなくて、ただただ何もせず時間と情報の追いかけっこって感じでした。それで、あっという間の9年なんでずいぶんもたもたしてます。
なんか若い人には申し訳ないですが僕は終末感にどっぷり浸かっていて、それでそんなに焦りがなくそのうち音楽やろうとか、隠密書房を立ち上げて本を出版しょう、いやその前に音蜜工場で音楽をリリースするぞとか変な開き直りの夢があります。暗い気分なんですが……。

●インタヴューを終わって

彼からのメールに「音楽をまた作りはじめようと思っています。」という返信が嬉しかった。どんな音楽で新型コロナウイルス以降のこの世界と繋がっていくのか。
最後の質問は具体的にどんなことを考えているのか。発表形態はどうか、ライブとか、ネット配信とか、TAPEやCDとか。。。。DEN SEI KWANが今後どんな展開をしていくのか。本当に楽しみである。

デヴィッド・リンチ監督のアメリカ映画『イレイザーヘッド』の主人公ヘンリーに起きる出来事には常に電気の迸りがあった。
電気は本の少しの作用で電気スタンドは反応し光は闇の中で明滅し火花を散した。惑星における電気の作用について思い出していた。
ヘンリーの化身(我々の化身でもある)である暗黒惑星の住人が、工業神秘主義音楽の響きの中で油の臭いのする歯車のついた機械を操作するシーンがある。ここでも電気の作用があるのはいうまでもない。
さて電精館の住人は暗黒のこの時代の中でどんな音楽を奏でるだろう。

最後に対話の相手を務めてくれた斎藤英次氏と故阿木譲と交流があり斎藤氏を紹介してくれた東山聡氏に感謝します。

VANITY INTERVIEW
①SALARIED MAN CLUB

VANITY INTERVIEW ①SALARIED MAN CLUB
インタビュアー 嘉ノ海 幹彦



『新・都市生活者のパタフィジック音楽についての考察』

Vanity Rcordsからリリースされたミュージシャンが当時何を考えていて、そして今の時代の中で何を考えどのように読み取っているのか。
『ロック・マガジン』に想いをもってカセットテープを送り、同じ時代を生きた同志のようなミュージシャン達だが、今回の企画に参加したのは、これからの時代にどのように展開しようとしているのかを聞いてみたいと思ったからだ。

SALARIED MAN CLUBの「GRAY CROSS」は1981年5月に発売された「ノイズ・ボックス」セットの第1作目に位置づけされリリースされた。
同時に『ロック・マガジン』誌に3ページに亘って『SALARIED MAN MANIFEST』が掲載された。



その宣言の中でウイルスの顕微鏡写真のヴイジュアルと共に都市生活の中で社会組織と自らとの二重構造を戦略的に生きのびる手段を記載している。
タイトルの「GRAY」は常にニュートラルであり、どんな色にも変化し、どんな色からも戻ることが出来る。つまり「GRAY」は全ての色彩を包含しているということである。
またこの変容する工業神秘主義音楽は進化の過程で欠かせない要素、否戦略の一部であり、この現代にも今なおリアリティを感じさせるのである。
またウイリアム・バロウズの「言語は宇宙からのウィルスだ」やアントナン・アルトーの「我が内なるペスト」といったことも想起させる。
ウィルスは生物ではない。細胞を持っていないからだ。しかしRNA遺伝子を持ち増殖する。ウィルスの本質は変異である。

さて、前置きはここまでにして「noise box」の中で生き残っていたサラリーマンクラブにいくつかの質問を送ってみた。

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1.Vanityからリリースされた経緯は?

京都の美術系大学でビジュアル・デザインを専攻していたMとKとSが出会い、それぞれがhigh-techでアバンギャルドなグラフィック・イメージを創造する中で、一つの有機的な共通の価値観を持ち、それを音で実現するために、3人のユニットを結成した。
メンバーが出入りしていたカフェBで、後にRNA organismをプロデュースし、vanityからアルバムをリリースする佐藤薫に出会い、我々のデモテープ「GRAY CROSS」を、佐藤薫氏と「rock magazine」阿木譲氏に渡す。
これがその後vanityの「noise box」のテープ「1」に収録される事となった。

2.SALARIED MAN CLUBの由来は?名前に対する想いなどあれば教えてください。

アメリカの社会学者C・ライト・ミルズが自著「ホワイトカラー」で書いた欧米諸国のビジネスマンを日本に置き換え、早くからコンピュータを取り入れて独自のヒエラルキー社会を築いてきた日本のサラリーマン社会を「スティールカラー」と読み解き、未来のビジネス社会のBGMを奏でるユニットとして名をsalariedman clubとした。

(支障がなければ)メンバーを紹介してください。

メンバーは、Murai、Kozima、Sugieの3名。

3.ロックマガジンで好きだった(気に入っていた)号は何号でしょうか?

MUSICAVIVA、サイケデリック、アルタナティヴ・ミュージック。デザインは、第4期〜第5期、fash‘unの3冊。

4.当時聴いていた音楽は?叉影響を受けたアーティストやレーベルは?

クラフトワーク、ヴォルフガング・ライヒマン、コンラッド・シュニッツラー、オーケストラ・マヌーバス・イン・ザ・ダーク、ブライアン・イーノ、マティマテックス・モダーン、ディー・クルップス。レーベルは、4AD、ZE。

5.現在関心があるアーティストは?

特になし。

6.質問の関連ですが、2020年の音楽をどのように読み取っていますか?
(ヴェイパーウェイブなどの動きも含めて)

1980年代からのいわゆるバブル経済の中で大量に垂れ流された軽薄意味不明な音楽や流行、アートに、アカデミックな意味づけされた音楽もアートらしきものも、今振り返ると空虚に感じる。
その後のテクノロジーの進歩でウルトラテクノロジスト達が生み出すプロジェクション・マッピングや、デジタル・ミュージアムなど、ICTの無駄遣いとしか思えない。
また音楽もバブル時代をなぞった様なヴェイパーウェイヴの人工的な揺らぎ(80~90年代のポップスや商業用音楽をサンプリングし、エフェクトを重ねた音楽ジャンル。日本のシティポップの再評価に合わせて海外インターネットを中心にカルト的な人気を博してきた。)などには嫌悪感を感じる。
むしろこう言った表面的にネットで拡散されたものより、60年代から脈々とアンダーグラウンドに継続されてきた確かで重厚なものに期待する。

7.現在の後期資本主義的社会をどのように感じていますか?
特に人と社会との関係性において
またNet社会や次世代5Gなどの環境にどのように対峙しようとしていますか?
原稿にも書きましたが、SALARIED MAN MANIFESTでの文章は今の世界を予感しているようにも思えます。

高速データ処理とグローバル化の中で人間は世界の隅々までネットワーク化したビジネスコミュニケーションと物流網を極限まで拡げ高速化を続けてきたが、
2020年、予測もしなかったコロナウイルスによるパンデミックで、それらは急速に収縮し今、個々の人間に立ち返り、室内に篭りネットを通じて世界を見る社会になってしまった。
巨大化し過ぎてコントロール不能になった超高度経済社会のバベルの塔は、コロナウイルスの世界での感染拡大と言う意外なアクシデントで内部から崩壊し、コロナ収束後の世界を想定して再構築するしか仕方なくなった。
今はその世界に向けて残っていくものが選ばれ淘汰されていく過程の時代と思う。
音楽もアートも何ができるか、必要とされるかを模索している。

8.今後の活動のプランを教えてください

まさにそんな時代に向けて、近未来のvisionのsound trackとしての音楽を構想中。
「GRAY CROSS」から「???」に。

9.これからの音楽芸術はどのようになっていること思いますか?
音楽を作成するに当たりどのようなことを考えていますか?
またあなたにとって音楽とは?

7での回答に語った通りとする。

====================================================================
以上がサラリーマンクラブからの回答である。

彼らの音楽は都市生活者の近未来の「機械」に対する憧憬である、まさしくロックマガジンの編集に関わった時期と合致する。

サラリーマン=会社企業に勤める給与所得者は、時代に対峙し、自らの時代性を霊化する方法としての音楽を奏でる。聴くのは耳ではない。
都市構造の中でリゾーム化する音楽システム。リゾームは中心も始まりも終わりもなく、多方向に侵食する地下茎、根茎であり、絶対的なものから展開していくのではない。

芸術行為は、カール・マルクスの史的唯物論によると物質的な生産関係や経済活動としての下部構造に対する上部構造に属する活動であるが、ジョルジュ・バタイユの普遍経済学的欲望としての過剰さにより音楽は常に変容する。
この近代の二重構造が苦悩する魂を生んだのだろう。欲望に対峙するために、また希求するために「機械」を有効に活用させること、有用性のあるものとして取り扱うことがサラリーマンクラブにとっての手段になったような気がする。
彼らの音楽は形而上学を超えてパタフィジックともいえるのではないか。
—————————————————————————
彼らは音楽において「機械」という道具を手にした。
第一に美学において機械を表現する。
第二に表現媒体において機械を表現する。
「機械楽器の出現は能力よりもアイデアの方が勝っている人間にとっては大きな助けだった。」とはオーケルトラル・マヌーヴァース・イン・ザ・ダーク。
第三にコンセプトにおいて機械を表現する。
そして新しい「機械音楽」は神秘主義となる。
————————————————————————–
パンデミック以降の新都市生活者の音楽。未来派の機械音楽は戦争と共にとうの昔に葬り去られた。今残っているのは残骸であり、変質した眼の記憶だけである。
亡霊の求めるものは常に肉体であり続ける。欲望の源泉だろう。
「肉体は所有できない」この自明の論理に永遠に引き裂かれた肉体は、パンは肉、ワインは血液、このキリスト教の秘儀の生々しく薄暗いカソリック教会の内部(それは胎内)で響く。
肉体は自分のものではない。幽閉された肉体は、クンダヴァッファーという幻覚装置を経由し96の法則に支配された天体である月へエネルギーを供給し続ける。
そんなからくりを開示せずともうすうす感じていた。サラリーマンクラブの音楽はそんな都市生活者に捧げられた永遠に眠り続ける挽歌なのかも知れない。

彼らがこの21世紀と5分の一を経過したパンデミックの時代にどんな変容を見せてくれるのか。
音楽が「いまここ」と歴史を関係付けて少し先の未来を提示する芸術ならばどのような響きの中にあるのだろう。
さて、21世紀のサラリーマンクラブの音楽とは?

最後に快くインタヴューを引き受けてくれたMに感謝する。
「M]って、今気が付いたが1931年製作のフリッツ・ラングのドイツ映画『M』の主人公の名前だ!

remodel 30 V.A.『Demos / SALARIED MAN CLUB ONNYK DEN SEI KWAN』

発売日:2020年9月18日
定価:¥2,000(-税別)
品番:remodel 30

Amazon  https://amzn.to/310QYbE
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V.A.
Demos / SALARIED MAN CLUB ONNYK DEN SEI KWAN

1 SALARIED MAN CLUB / Perspective
2 SALARIED MAN CLUB / Close My Eye
3 SALARIED MAN CLUB / Intellectual Mirror
4 SALARIED MAN CLUB / Epilogu
5 ONNYK / Talk in the Dark
6 ONNYK / Homage to the Luminous Animal Living in a Far an…
7 ONNYK / My Stygma
8 ONNYK SOLO / Onnyk self trio
9 TOZAWA + ONNYK / TOZAWA + ONNYK
10 EXCERPT FROM HMN SESSION / Homemade Noise X
11 DEN SEI KWAN / Last

remodel 30
18.Sep 2020 release
2.000yen+tax

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『Music』や『Tapes』(ノイズ・ボックス)などへ収録された3アーティスト(SALARIED MAN CLUB、ONNYK:Anode/Cathode、DEN SEI KWAN)から新たに提供された当時のデモ音源を編集したコンピレーション。1981年前後に制作されており、当時のVanity Recordsが新時代の音として打ち出した “INDUSTRIAL MYSTERY MUSIC=工業神秘主義音楽” の光景を映し出す貴重な音源。特にSALARIED MAN CLUBの音源が放つ単独作に劣らぬ荒涼としたヴィジョンは必聴だ。

<作品概要>
『Music』や『Tapes』(ノイズ・ボックス)などへ収録された3アーティスト(SALARIED MAN CLUB、ONNYK:Anode/Cathode、DEN SEI KWAN)から新たに提供された当時のデモ音源を編集したコンピレーション。
これらの音源は1981年前後に制作されており、当時のVanity Recordsが新時代の音として打ち出した “INDUSTRIAL MYSTERY MUSIC=工業神秘主義音楽” の光景を映し出す貴重な音源だ。
SALARIED MAN CLUBの4曲はVanityからリリースした単独カセット作『GRAY CROSS』に通じるモノトーンな音の配列とそれが生み出す匿名的な世界観が印象的な作風だが、1曲目と4曲目ではより荒涼とした音風景が描かれ、また2曲目と3曲目ではリズムが強調されるなど、統一性を損なわないレベルではあるものの空気感に幅が感じられる。
Vanityからのコンピレーション『Music』にAnode / Cathodeとして参加していたONNYKこと金野吉晃の音源はエレクトロニクスやドラムマシンの機械的なループの上を自在に泳ぐあまりにも見事なソプラノサックスの演奏が印象に残る。彼がこの時期Vanityに関わったミュージシャンの中でも器楽的即興のテクニックを特筆すべき高いレベルで有していたことは1982年にEvan Parkerと共演を果たすことなどから明らかだが、本作の収録曲はそれをサウンドで実感することができる貴重なものである。同時にこれは工業神秘主義音楽とは異なる方向性への進歩を予感させるものでもあり、彼の音楽がVanityからのソロ・リリースなどへは結びつかず、レーベルAllelopathyの設立など独自の活動へ繋がっていくことが頷ける内容だ。
DEN SEI KWANはラストの1曲のみを提供。1979年か1980年の作で、コーネリアス・カーデューのピアノ曲「アイルランドおよびその他の作品に関する4つの原則」のアイルランド民謡が空間をぐるぐると回るノイズ・ドローン的な音響にかき消されていく。

よろすず

remodel 19 DEN SEI KWAN『P’』

発売日:2020年9月18日
定価:¥2,000(-税別)
品番:remodel 19

Amazon  https://amzn.to/3jUHaIR
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DEN SEI KWAN
P’

1 +1
2 +2
3 +3
4 -1
5 -2
6 -3
7 -4
8 -5

remodel 19
18.Sep 2020 release
2.000yen+tax

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1981年にVanity Recordsよりカセット作『POCKET PLANETARIA』をリリースした福島市の斎藤英嗣によるDEN SEI KWANの未発表アルバム。阿木譲の所蔵カセットテープから発掘された音源で今回が初の単独リリース。見知らぬ土地との通信音の記録のようにも、または空想上の土地で鳴る音を空間ごと捉えたフィールド録音のようにも思える、匿名性の境地とも呼べるようなサウンドが収められた貴重な音源。

<作品概要>
1981年にVanity Recordsよりカセット作『POCKET PLANETARIA』をリリースした福島市の斎藤英嗣によるDEN SEI KWANの未発表アルバム。阿木譲の所蔵カセットテープから発掘された音源で今回が初の単独リリースとなる。
『ロック・マガジン』02号(1981/03)の評を受け1981-1982年に制作されており、そこでの阿木譲の「彼のレコードをいつか作りたい」といった発言を鑑みるに、LPリリースを視野に入れ保存されていたものかもしれない。
収録されている全8曲のうち冒頭の2曲ほどでは反復音やノイズを軸とした『POCKET PLANETARIA』から地続きの音楽性を見せるが、以降トラックが進むにつれ個々の音の境界は溶け、得体の知れないくぐもった音響の蠢きへと歩を進めている。レーベル・プロデューサーの阿木譲は『POCKET PLANETARIA』に添えられた “因果交流、電燈は少年のズボンの隠しでカチコチなる一箇のビー玉であります(ポケット・プラネタリーム概論)”とのテキストを踏まえてDEN SEI KWANの作風に稲垣足穂へ通じるポエジーを読み取ったが、今作ではテキストの添付はなく、またアルバムタイトル、トラックタイトルにも記号的に文字や数字が付されるのみで、故に音によって喚起される神秘性に焦点が当てられた一作に思える。
見知らぬ土地との通信音の記録のようにも、または空想上の土地で鳴る音を空間ごと捉えたフィールド録音のようにも思える、匿名性の境地とも呼べるようなサウンド。

よろすず

remodel 15 DEN SEI KWAN『POCKET PLANETARIA』

発売日:2020年9月18日
定価:¥2,000(-税別)
品番:remodel 15

Amazon  https://amzn.to/314SE3V
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DEN SEI KWAN
POCKET PLANETARIA

1 Transparent Radio
2 P×T×C=1
3 Thugu-Rikwo
4 Sarava Tetsudo
5 Pocket Planetaria
6 Plastic Garden

remodel 15
18.Sep 2020 release
2.000yen+tax

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1981年にVanity Recordsよりカセットテープでオリジナルがリリースされた福島市の斎藤英嗣によるDEN SEI KWAN『POCKET PLANETARIA』が初の単独CD化。“因果交流、電燈は少年のズボンの隠しでカチコチなる一箇のビー玉であります(ポケット・プラネタリーム概論)” というテキストが添えられており、独特なサウンドに詩的なレイヤーを配すことでこの時期のVanity Recordsでも最も神秘性を体現した一作といえるだろう。

<作品概要>
1981年にVanity Recordsよりカセットテープでオリジナルがリリースされた福島市の斎藤英嗣によるDEN SEI KWAN『POCKET PLANETARIA』が初の単独CD化。
1978年に設立され、パンク以降の価値観で活動する新たなバンドや、バンド活動を経た音楽家のオルタナティブなアプローチなど、同時代の先鋭的な音楽動向をいくつかの側面から捉えてみせたVanity Recordsであるが、1981年からのリリースでは“INDUSTRIAL MYSTERY MUSIC=工業神秘主義音楽”という方向性が強く打ち出される。
この方向性を宣言したのがロック・マガジン編集部に送られてきた多数のカセットテープから厳選された音源を収録した1980年12月リリースのコンピレーションアルバム『MUSIC』であり、単独の作品としてそのヴィジョンを示してみせたのが1981年3月にLPでリリースされたtolerance『divin』であったが、以降のレーベル作品では時代の先端の音楽動向をよりスピード感を持って伝えるためカセットでのリリースが選択されることとなり、本作もこの文脈と形態で発表された。
本作のオリジナルは単独でのリリースもなされたが、“時代の風景としての騒音群”という意味を込め発表された『ノイズ・ボックス』という6本組のカセット・ボックスの一部としても世に出ている点が興味深い。
DEN SEI KWANの音楽は無機的な反復音の存在や簡素なダビングによって形成されるといった点では他の『ノイズ・ボックス』収録作に通じるが、多くの曲で反復音に拮抗するようなバランスで不規則な(または即興的、ランダム的な)振る舞いをするノイズ・サウンド、歪んだ物音、ラジオ音声などが入り込んでおり、単一の規則では捉え切れない一風変わった音風景を描き出している。
加えて本作には “因果交流、電燈は少年のズボンの隠しでカチコチなる一箇のビー玉であります(ポケット・プラネタリーム概論)” というテキストが添えられており、独特なサウンドに詩的なレイヤーを配すことでこの時期のVanity Recordsでも最も神秘性を体現した一作といえるだろう。

よろすず

remodel 13 SALARIED MAN CLUB『GRAY CROSS』

発売日:2020年9月18日
定価:¥2,000(-税別)
品番:remodel 13

Amazon  https://amzn.to/39EHAy8
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SALARIED MAN CLUB
GRAY CROSS

1 gray cross part 1
2 gray cross part 2
3 gray cross part 3
4 gray cross part 4
5 martial music
6 fe
7 the thought of y
8 cinerama

remodel 13
18.Sep 2020 release
2.000yen+tax

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1981年にVanity RecordsよりカセットテープでオリジナルがリリースされたSALARIED MAN CLUB『GRAY CROSS』が初の単独CD化。SALARIED MAN CLUBは京都dee-Bee’s でのライヴ活動やイーレムのコンピレーション・アルバム『沫』への参加が知られる3人組のユニットである。規則的に並ぶ建造物を思わせる音の羅列、そこにほの暗い影を落とす抽象化された声やヒスノイズという構成が“工業化された時代の背景音”たる新時代のクールさを伝える。

<作品概要>
1981年にVanity RecordsよりカセットテープでオリジナルがリリースされたSALARIED MAN CLUB『GRAY CROSS』が初の単独CD化。SALARIED MAN CLUBは京都dee-Bee’s でのライヴ活動やイーレムのコンピレーション・アルバム『沫』への参加が知られる3人組のユニットである。
1978年に設立され、パンク以降の価値観で活動する新たなバンドや、バンド活動を経た音楽家のオルタナティブなアプローチなど、同時代の先鋭的な音楽動向をいくつかの側面から捉えてみせたVanity Recordsであるが、1981年からのリリースでは“INDUSTRIAL MYSTERY MUSIC=工業神秘主義音楽”という方向性が強く打ち出される。
この方向性を宣言したのがロック・マガジン編集部に送られてきた多数のカセットテープから厳選された音源を収録した1980年12月リリースのコンピレーションアルバム『MUSIC』であり、単独の作品としてそのヴィジョンを示してみせたのが1981年3月にLPでリリースされたtolerance『divin』であったが、以降のレーベル作品では時代の先端の音楽動向をよりスピード感を持って伝えるためカセットでのリリースが選択されることとなり、本作もこの文脈と形態で発表された。
本作のオリジナルは単独でのリリースもなされたが、“時代の風景としての騒音群”という意味を込め発表された『ノイズ・ボックス』という6本組のカセット・ボックスの一部としても世に出ている点が興味深い。
このノイズ・ボックスに含まれる6作の中で本作は最初のテープという位置付けであり、SALARIED MAN CLUBというユニット名はテープに刻印されたスーツ姿のアイコンへ、タイトルの『GRAY CROSS』はグレイで統一された装丁への結びつきが見い出せ、Vanityが試みる新たな時代の音楽のプレゼンテーションの具体的な着想源となったのではないかと伺わせる。規則的に並ぶ建造物を思わせる音の羅列、そこにほの暗い影を落とす抽象化された声やヒスノイズという構成も“工業化された時代の背景音”たるクールな質感に効果的に奉仕している。
夢想的な芸術性を撥ねつけるようなユニット名、ある種作業的に紡がれる音の連鎖など、本作における作品を取り巻く諸要素の強い結びつきは、この時期のVanity Recordsが眼差したヴィジョンを最も端的に示し、伝える。

よろすず

remodel 25 tolerance『Dose』

発売日:2020年8月21日
定価:¥2,000(-税別)
品番:remodel 25

Amazon  https://amzn.to/2D4hSHl
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tolerance
Dose

1 Dose 01
2 Dose 02
3 Dose 03
4 Dose 04
5 Dose 05
6 Dose 06

remodel 25
21.Aug 2020 release
2.000yen+tax

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Vanity Recordsより2枚のLPと1枚のソノシートをリリース、レーベルの主宰である阿木譲がヴァニティ作品のフェイヴァリットに挙げ、NWWリストに選出されるなど同時代の作家への影響力も持っていた東京の丹下順子によるプロジェクトtoleranceの未発表音源が初の単独CD化!収録内容は阿木譲の所蔵品から発見されたカセットテープをデジタルリマスタリングしたものであり、「Dose」とのみ記されていたため各曲名は不明。1stアルバム『anonym』と2ndアルバム『divin』の中間の時期にあたる1980年に制作されており、作風も2作の中間といえるものになっている。

<作品概要>
Vanity Recordsより2枚のLPと1枚のソノシートをリリース、レーベルの主宰である阿木譲がヴァニティ作品のフェイヴァリットに挙げ、NWWリストに選出されるなど同時代の作家への影響力も持っていた東京の丹下順子によるプロジェクトtoleranceの未発表音源が初の単独CD化。
収録内容は阿木譲の所蔵品から発見されたカセットテープをデジタルリマスタリングしたものであり、「Dose」とのみ記されていたため各曲名は不明となっている。
制作は1980年でこれは1stアルバム『anonym』と2ndアルバム『divin』の中間の時期にあたる。
1stアルバムの時点では随所で用いられるもののまだ音楽の中心といえるほどには重力を持っていなかった無機的なエレクトロニクス・サウンドが、本作では複数のトラックにおいて明確に前景化しているが、一方でエレクトリック・ピアノやギターと思われる楽器演奏もまだ用いられており、音楽性の上でも正に1stと2ndの中間地点といえるだろう。2つのオリジナルアルバムの間での音楽性の変化が段階的な思考錯誤を経て成し遂げられたことを伺わせる興味深い内容だ。
また、本作において耳を引くのがカセットマスターであることによるザラつき靄がかかったような音質とそれがもたらす効果だ。
その音のくすみや揺れは電子音、楽器音の境界を曖昧にし、丹下順子のリーディングはノイズにまみれより匿名的なものへと還元されていく。
Vanity Recordsは81年からのリリースで“INDUSTRIAL MYSTERY MUSIC=工業神秘主義音楽”という方向性を打ち出すことになるが、本作におけるメディアの特性と音楽性の相互作用の中から生まれてくるアトモスフィアは、既に以降のレーベルのヴィジョンをありありと映し出している。

よろすず

remodel 16 INVIVO『B. B. B.』

発売日:2020年8月21日
定価:¥2,000(-税別)
品番:remodel 16

Amazon  https://amzn.to/2ZK6JmP
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INVIVO
B.B.B.

1 In Vivo / b.b.b.
2 Micoplasm (1983)
3 I.D.50 (Live)
4 M.I.C.
5 Macrolide (C H NO)
6 Bacteroides
7 InVitro
8 Proteus
9 Amoxicillin
10 Klebsiella
11 Micoplasma (1979)
12 Dead World (LC M)

remodel 16
21.Aug 2020 release
2.000yen+tax

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1981年にVanity Recordsよりカセットテープでオリジナルがリリースされた逗子市のタチバナマサオによるINVIVO『B. B. B.』が初の単独CD化!前半6曲は『In Vivo:生体内』、後半6曲は『In Vitro:試験管内』と題が付けられ、他にも個々の曲名などで医療/生物学の用語が用いられている。ごく短いフレーズの反復を基調とした最低限の作曲といった風情のトラックが並ぶが、電子音の他にギターやベース、そして管楽器のサウンドやサンプリングされた音声も用いられており、これらの組み合わせでシンプルな曲群に有機的な感触のバリエーションを持たせている。

<作品概要>
1981年にVanity Recordsよりカセットテープでオリジナルがリリースされた逗子市のタチバナマサオによるINVIVO『B. B. B.』が初の単独CD化。
1978年に設立され、パンク以降の価値観で活動する新たなバンドや、バンド活動を経た音楽家のオルタナティブなアプローチなど、同時代の先鋭的な音楽動向をいくつかの側面から捉えてみせたVanity Recordsであるが、1981年からのリリースでは“INDUSTRIAL MYSTERY MUSIC=工業神秘主義音楽”という方向性が強く打ち出される。
この方向性を宣言したのがロック・マガジン編集部に送られてきた多数のカセットテープから厳選された音源を収録した1980年12月リリースのコンピレーションアルバム『MUSIC』であり、単独の作品としてそのヴィジョンを示してみせたのが1981年3月にLPでリリースされたtolerance『divin』であったが、以降のレーベル作品では時代の先端の音楽動向をよりスピード感を持って伝えるためカセットでのリリースが選択されることとなり、本作もこの文脈と形態で発表された。
本作のオリジナルは単独でのリリースもなされたが、“時代の風景としての騒音群”という意味を込め発表された『ノイズ・ボックス』という6本組のカセット・ボックスの一部としても世に出ている点が興味深い。
INVIVO『B. B. B.』のサウンドは楽器演奏の揺らぎやたどたどしさを多く含んでおりVanity Recordsからリリースされたカセット作品の中では有機的に感じられる一作ではあるが、“時代の風景としての騒音群”という観点は単に録音環境やメディアの変化によって生まれてきた新たなサウンドを指すだけでなく、ヒスノイズというヴェールや反復という構造を纏うことで様々なサウンドが聴き手の意識の中で抽象的または匿名的な響き(更には意識の外にある音としてのノイズ)へと還元されていく様を、つまりはこの類のサウンドが一種のアンビエント・サウンドとなり得るということまでを見通しているように思われる。
Throbbing Gristleの登場以降世界中に波及していった宅録/DIYムーブメントの中でそれぞれに創意工夫を行ったアーティストと、それらに刺激を受けレーベルより示された一つの視点、この結びつきによって生まれる価値と強度をこの機会に是非体感していただきたい。

よろすず

remodel 14 KIIRO RADICAL『DENKI NOISE DANCE』

発売日:2020年8月21日
定価:¥2,000(-税別)
品番:remodel 14

Amazon  https://amzn.to/2BWT2bK
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KIIRO RADICAL
DENKI NOISE DANCE

1 Denki Noise Dance Part 1
2 Denki Noise Dance Part 2
3 Denki Noise Dance Part 3
4 Denki Noise Dance Part 4
5 Denki Noise Dance Part 5
6 Denki Noise Dance Part 6
7 Denki Noise Dance Part 7
8 Denki Noise Dance Part 8
9 Denki Noise Dance Part 9
10 Denki Noise Dance Part 10
11 Denki Noise Dance Part 11
12 Denki Noise Dance Part 12
13 Denki Noise Dance Part 13
14 Denki Noise Dance Part 14
15 Denki Noise Dance Part 15
16 Denki Noise Dance Part 16

remodel 14
21.Aug 2020 release
2.000yen+tax

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1981年にVanity Recordsよりカセットテープでオリジナルがリリースされた鳥取県米子市の持田雅明によるKIIRO RADICAL『DENKI NOISE DANCE』が初の単独CD化!電子楽器のサウンドを中心にカセットへの簡素なダビングで描かれるミニマル・コンポジションはレーベルの主宰である阿木譲に「今の時点では日本のエレクトロニクス・ミュージックの頂点」と絶賛された。無機的な反復音がベースとなった音楽性ではあるが、それに縛られない奔放な音使いが随所に現れ、シンセサイズによる音色の探求精神が大いに感じられる点も聴きどころだ。

<作品概要>
1981年にVanity Recordsよりカセットテープでオリジナルがリリースされた鳥取県米子市の持田雅明によるKIIRO RADICAL『DENKI NOISE DANCE』が初の単独CD化。
1978年に設立され、パンク以降の価値観で活動する新たなバンドや、バンド活動を経た音楽家のオルタナティブなアプローチなど、同時代の先鋭的な音楽動向をいくつかの側面から捉えてみせたVanity Recordsであるが、1981年からのリリースでは“INDUSTRIAL MYSTERY MUSIC=工業神秘主義音楽”という方向性が強く打ち出される。
この方向性を宣言したのがロック・マガジン編集部に送られてきた多数のカセットテープから厳選された音源を収録した1980年12月リリースのコンピレーションアルバム『MUSIC』(KIIRO RADICALの音源も収録)であり、単独の作品としてそのヴィジョンを示してみせたのが1981年3月にLPでリリースされたtolerance『divin』であったが、以降のレーベル作品では時代の先端の音楽動向をよりスピード感を持って伝えるためカセットでのリリースが選択されることとなり、本作もこの文脈と形態で発表された。
本作のオリジナルは単独でのリリースもなされたが、“時代の風景としての騒音群”という意味を込め発表された『ノイズ・ボックス』という6本組のカセット・ボックスの一部としても世に出ている点が興味深い。
KIIRO RADICALの電子楽器のサウンドを中心にカセットへの簡素なダビングで描かれるミニマル・コンポジションは、当時の宅録環境における技術的制限とのシビアな対話から導き出されたものであろうが、“時代の風景としての騒音群”という観点はヒスノイズを纏った無機的な反復音が聴き手の意識の中で抽象的または匿名的な響き(更には意識の外にある音としてのノイズ)へと還元されていく様を、つまりはこの類のサウンドが一種のアンビエント・サウンドとなり得るということを見事に見通しており、このヴィジョンは2010年前後のカセット・リバイバルへも(例えばSenufo Editionsのリリース群などへ)受け継がれている。
Throbbing Gristleの登場以降世界中に波及していった宅録/DIYムーブメントの中でそれぞれに創意工夫を行ったアーティストと、それらに刺激を受けレーベルより示された一つの視点、この結びつきによって生まれる価値と強度をこの機会に是非体感していただきたい。

よろすず

remodel 29 SAB『crystallization』

発売日:2020年7月17日
定価:¥2,500(-税別)
品番:remodel 29

Amazon  https://amzn.to/2TNDM75
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SAB
crystallization

〉Side A
01. Yume-no-ishi
02. Marble 夢の石

〉Side B
03. Menou
04. Agate 瑪瑙

remodel 29
17.Jul 2020 release
2.500yen+tax

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1978年9月にVanity RecordsよりオリジナルがリリースされたSABの1stアルバム。当時19歳の彼が自身による各種シンセサイザー、エレクトロニクス、ギターの多重録音、更にゲストミュージシャンによるシタールやフルートを加えて作り上げたコズミックかつ瞑想的な音絵巻。現在のニューエイジ・リヴァイヴァルや日本の環境音楽の再発見といった動向の中でも揺るぎない完成度と一層輝かしい価値を感じさせる傑作であると同時に、Vanity Recordsというレーベルのベースとなる思想を伺わせる重要な一作。

<作品概要>
1978年9月にVanity Recordsのカタログナンバー2番としてオリジナルがリリースされたSABの1stアルバム。
当時19歳の彼が自身による各種シンセサイザー、エレクトロニクス、ギターの多重録音、更にゲストミュージシャンによるシタールやフルートを加えて作り上げた一作。
ジャケットにはまりの・るうにいによる土星のパステル画が用いられている(土星は当時ロック・マガジンと交流のあった工作舎のシンボルマークでもある)。
複数の楽器を自在に扱う技術的な達者さもさることながら、シンセサイザーとアコースティック楽器、そして環境音までもを巧みにミックスしコズミックかつ瞑想的な音絵巻を作り上げる音楽的なヴィジョンの確かさとアレンジ能力が何より素晴らしい(この手腕は後にあがた森魚『乗物図鑑』のアレンジでも発揮される)。
同時代の先鋭的な音楽動向をいくつかの側面から捉えてみせたVanity Recordsであるが、その発足当初にはブライアン・イーノが明確なコンセプトをもってリリースしたObscure Recordsの10枚組シリーズ(1975-1978)が強く意識されており、実現はしなかったもののそれに対抗した「十牛図」をコンセプトとしたリリースも構想されていた。
Vanity Recordsの最初のリリースであるDADA『浄』と本作SAB『CRYSTALLIZATION』では海外の音楽動向にリンクする要素と同時に東洋的なモチーフ/サウンドが(それぞれ異なる方法で)用いられており、参照とされる西洋の動向に対しての差別化の意図が感じられる。
現在のニューエイジ・リヴァイヴァルや日本の環境音楽の再発見といった動向の中でも揺るぎない完成度と一層輝かしい価値を感じさせる傑作であると同時に、Vanity Recordsというレーベルのベースとなる思想を伺わせる重要な一作だ。
よろすず

remodel 24 tolerance『divin』

発売日:2020年7月17日
定価:¥2,500(-税別)
品番:remodel 24

Amazon  https://amzn.to/36DQ4nR
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tolerance
divin

A1 Pulse Static (Tranqillia)
A2 1 F Yuragi
A3 Misa (Gig’s Tapes In “C”)
B1 Sound Round
B2 Bokw Wa Zurui Robot (Stolen From Kad)
B3 Sacrifice
B4 Motor Fan
B5 Tiez Rekcuz

remodel 24
17.Jul 2020 release
2.500yen+tax

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1981年3月にVanity Records最後のLP作品としてリリースされたtoleranceの2ndアルバム。CDでの単独リリースは今回が初となる。前作『anonym』で見られたピアノやギターなどを用いたフリーフォームな楽器演奏の側面は後退し、リズムマシンとシンセサイザーをメインとした電子音楽へと大きく歩を進めた作風。NWWリストに選出されるなど同時代の作家に影響を及ぼすだけでなく、Posh Isolationなど現代のエクスペリメンタルに続くサウンドヴィジョンも大いに見出せる傑作であり重要作だ。

<作品概要>
1981年3月にVanity Records最後のLP作品(カタログ番号12番)としてオリジナルがリリースされたtoleranceの2ndアルバム。
1978に設立され、パンク以降の価値観で活動する新たなバンドやバンド活動を経た音楽家のオルタナティブなアプローチなど、同時代の先鋭的な音楽動向をいくつかの側面から捉えてみせたVanity Recordsであるが、1981年からのリリースではINDUSTRIAL MYSTERY MUSIC=工業神秘主義音楽という方向性が強く打ち出される(これに合わせて近い時期にロック・マガジンの編集体制も新しくなっている)。この方向性を宣言したのが1980年12月リリースの2枚組LP『MUSIC』(VANITY0010-11)であり、単独の作品としてそのヴィジョンを示してみせたのが1981年3月リリースの本作『divin』といえるだろう。以降Vanity Recordsはこの方向性を伝える手段としてスピードを重視するためカセットでのリリースを選択し、結果的に本作がレーベル最後のLP作品となった。
前作『anonym』で見られたピアノやギターなどを用いたフリーフォームな楽器演奏の側面は後退し、リズムマシンとシンセサイザーをメインとした電子音楽へと大きく歩を進めた作風。無機的なリズムの反復が骨格となった音楽性ではあるが、それが纏う音響は時に虚ろな、また時には鮮やかな色合いを持ち、前作での楽器演奏において感じられた和声感覚が受け継がれていることを感じさせる。声の扱いもフィルターや変調を通すことでより抽象的なものとなっている。前作においてはまだ朧げな存在であった反復的な要素がくっきりと映し出される一方で、他の要素も(意図的に靄がかけられたような状態ではあるが)存在しており、故に表面的な音楽的装いを変えていながらtoleranceの音楽としてのエレガンスや強度は失われていない。
NWWリストに選出されるなど同時代の作家に影響を及ぼすだけでなく、Posh Isolationなど現代のエクスペリメンタルに続くサウンドヴィジョンも大いに見出せる傑作であり重要作だ。

よろすず

remodel 23 tolerance『anonym』

発売日:2020年7月17日
定価:¥2,500(-税別)
品番:remodel 23

Amazon  https://amzn.to/2TJnzja
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tolerance
anonym

〉SIDE A
01. Two owls
02. I wanna be a homicide
03. osteo-tomy
04. JUIN-Irénée
05. anonym

〉SIDE B
06. Iaughin in the shadows
07. through the glass
08. tecno-room
09. Voyage au bout de la nuit

remodel 23
17.Jul 2020 release
2.500yen+tax

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1979年10月にVanity Recordsのカタログナンバー4番としてオリジナルがリリースされた東京の丹下順子によるプロジェクトtoleranceの1stアルバム。CDでの単独リリースは今回が初となる。クラシカルやパンクを経過したフリーフォームな楽器演奏と時代の先端たるエレクトロニクスが拮抗する音楽性は未だアクチュアルであり美しい。NWWリストに選出されるなど同時代の作家に影響を及ぼすだけでなく、Posh Isolationなど現代のエクスペリメンタルに続くヴィジョンも感じさせる傑作。

<作品概要>
1979年10月にVanity Recordsのカタログナンバー4番としてオリジナルがリリースされた東京の丹下順子によるプロジェクトtoleranceの1stアルバム。ジャケットは写真集「東京綺譚」を刊行した神谷俊美。パンク以降の価値観で活動する新たなバンドや、バンド活動を経た音楽家のオルタナティブなアプローチなど、同時代の先鋭的な音楽動向をいくつかの側面から捉えてみせたVanity Recordsのカタログの中でも、本作はアーティスト自身の音楽的出地から実際のサウンドの立ち位置まで、明確な判断の難しい抽象的な存在の一作といえるだろう。
丹下によるエレクトリック・ピアノ、シンセサイザー、そして声は不穏さとエレガンスを同時に纏い、吉川マサミのエフェクティブなサウンドを発するスライド・ギターはパンク以降の痙攣するような衝動的演奏の残り香を感じさせるものの最早それは朧気で、彼岸ともいうべき遠い地点から響く呻きと化している。時に秒針や心拍を思わせる渇いたエレクトロニクス・サウンドも用いられるが、それは作品全体に無機的なニュアンスを効果的に付すものの中心的といえるほどには重力を持っていない。
クラシカルやパンクを経過したフリーフォームな楽器演奏と、時代の先端たるエレクトロニクスがどれが中心ともいえない塩梅で拮抗し、情緒や空間が漂白されたようなデッドな質感でのみ存在する本作の音楽性は、正に“匿名”を意味するアルバムタイトルに相応しく、故に未だアクチュアルであり美しい。
NWWリストに選出されるなど同時代の作家に影響を及ぼすだけでなく、Posh Isolationなど現代のエクスペリメンタルに続くサウンドヴィジョンも大いに見出せる傑作であり重要作だ。
よろすず

『ロック・マガジン』とVanity Recordsと音楽的背景と当時のことなど 後半
嘉ノ海幹彦(元ロック・マガジン編集/FMDJ)

嘉ノ海幹彦が関わった編集物リスト

■『fashion』について
『fashion』は音楽とは一線を引いた商品の表象としてのポータルマガジンとして発刊された。阿木は『ロック・マガジン』2004号で定期的に本を出すと宣言している。その段階では誌名は「ポップ」と考えられていた。しかし誌名が『fashion』になったのは、「ファッションは生活の中で、時代毎の世界観と宇宙観の反映であり、建築、芸術、モード、産業、そして音楽にいたるまでくまなく反映されるものだ。ファッションはひとつひとつ掘り下げて時代の読み解きを行う」というコンセプトによる。
レイアウトや装丁は阿木が行った。楽しそうに本というオモチャ箱を遊んでいる感じだった。細かい部分でのデザインセンスが光る。

fashion 1 1980/04 特集1960’s
1960年代の精神の系譜を特集。60年代の商品を中心とした生活スタイル、モッズ、消費社会としての文化を掘り下げ時代そのものを再評価することを目的として編集された。当時のモッズシーンについて羽田明子の取材記事が掲載されている。60年代の時代精神は一体何を残したのか。
なお『VANITY Music,Tapes&Demos』の意匠はこの号のブックデザインを踏襲している。

fashion 2 1980/06 特集Plastic
「私は、可塑性である/強靭である/軽量である/断熱性である/曲線的である/電気絶縁性である/重合する/流れる/全てのプラスティック・ピープルよ!「重合」し、「流れ」、「変態」せよ!! 」から始まる巻頭のプラスチック宣言では、性質の可塑性に注目し様々な要素を容体化させるプラスティック・フォースの現われを分子構造から生活用品まで展開している。「変容」を追求したゲーテ形態学との関連で「プラスチックの源流はゲーテである」と語る松岡正剛やプラスティック・ピープル、人口臓器メーカー、美容整形医師などへのインタヴューも掲載した。本誌左下に仕掛けられたパラパラ動画のミスター・スポックがcontinuous photography(連続写真)により服を脱いだり着たりする。

fashion 3 1980/08 特集MACHINE
1968年にニューヨーク近代美術館で開催された「機械(MACHINE)….機械時代の終わりに」展についてのポントゥス・フルテンの翻訳である。レオナルド・ダ・ビンチから大阪万博のペプシ館のE.A.T.(Experiments in Art & Technology)グループまで記載した書物だ。MACHINE=機械というものを中心にそれに纏わる精神技術史といってよい。もちろんマルセル・デュシャンやジャン・ティンゲリーやナム・ジュン・パイクも紹介されている。ジャン・ティンゲリーの音響装置は、フランツ・カフカの『流刑地にて』の殺人機械や後のマイク・ポーリンのサバイバル・リサーチ・ラボラトリーを連想させる。

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■1980-1981の『ロック・マガジン』について

『ロック・マガジン』2003号 1980/01 特集 MUSICA VIVA
戦後電子音楽スタジオが国を上げて開設されるが、特にドイツ、日本、イタリアなどの敗戦国ではすぐに取り掛かり、MUSICA VIVAの作曲家が活躍することになる。電子音楽はミュージックセリエリスムに応用され音の響きを重視した音楽へと変貌する。「耳は聴かない。聴くのは知性だ」とはMUSICA VIVAの作曲家で確率論を音楽に導入したヤニス・クセナキスの言葉だが、音楽を体験するためのヒントを与えてくれる。
さて、ここで少しこの特集号にまつわる当時の状況とこの本の必然性について述べたいと思う。MUSICA VIVA特集が出版された1980年という年は、70年代後半よりニューヨークに端を発したパンク・ムーブメントがイギリスで商業化されセックスピストルズに象徴されるようなロックミュージックに展開している時代であり、もう一方でROUGH TRADEのような反商業主義的な動きの中にあった。後者からはザ・ポップ・グループやスリッツ、キャバレー・ボルテール、スロッビング・グリッスルなどが出現し、日本ではミラーズ、ミスター・カイト、フリクション、SKENなどの東京ロッカーズやSS、アントサリー、イヌ、ウルトラ・ビデなどの関西NO WAVEと呼ばれたグループが活動していた時代でもある。
そしてイギリスのファクトリー・レーベルから出ていたジョイディビジョンのボーカリスト、イアン・カーティスの死によって決定的な相違が80年を境に出現してくる。先に上げたスロッビング・グリッスル達は歌詞を持たないミュージシャンであり、表現主義的なジョイディビジョンの終焉と共にインダストリアル・ミュージックとクラブ・ミュージックが出現してくるのである。言葉を持たない音楽は言葉以上に語りだすのである。


『ロック・マガジン』2005号 1980/05 特集 ROUGH TRADE
自らの手で自らの音楽を作り上げるシステムとしてイギリスの独立レーベルROUGH TRADEと呼応するように、阿木は「ソニック・デザイナーと呼ばれる新しい姿勢を持ったアーティストたち」を記載している。
「RNA ORGANISM」「Normal Brain」「SYMPATHY NERVOUS」をソニック・デザイナーと評している。「総てのハードウエアを自分のものにし、機械を自身の中枢神経の延長線上のシステムととらえ、音をデザインすること」をソニック・デザイナーと定義する。これは、『ロック・マガジン』次号の「日本のハイ・テック・マシーン達」への前哨であり、Vanity Recordsが果たす新たな役割を模索している。


『ロック・マガジン』2006号 1980/07 特集 Alternative Music
「cabaret voltaire」、「the pop group」と同等に「tolelance」、「rna・o」、「sympathy nervous」の名前が表紙に記載されている。「魚の側線のような触覚を持った、テクノ・ポップ以降に現れた日本のハイ・テック・マシーン達」と題してP8-15に8ページにわたってVanity Recordsのミュージシャンが紹介されている。「Mad Tea Party」と「Perfect Mother」をシングルリリースしたミュージシャンも加えて彼らが自らの言葉で自らの創作する音楽について語っている。


『ロック・マガジン』2007号 1980/09 特集 sordide sentimental
2006号と同様に「Throbbing Gristle」、「Joy Division」と「b・g・m」、「normal brain」の名前が表紙に記載されている。
『sordide sentimental』はジャン・ピエール・ターメルにより1978年にフランスで創刊された7inchレコードが添えられている書物だ。『ロック・マガジン』と同様にデザインと言語により音楽を通して時代を読み取るための思想を持つ雑誌であり、既に「Throbbing Gristle」、「Joy Division」などをリリースしていた。『sordide sentimental』と呼応するために急遽特集を組んだ号である。
また1979年設立のmute recordsや1978年設立のfactory recordsのその後展開される様子が羽田明子の取材を交えて掲載されている。「TAPE RECORDED DIALOGUE」とタイトルが付いた記事では、Vanity Recordsのミュージシャン達である「tolelance」、「b・g・m」、「sympathy nervous」、「normal brain」が参加してP82-87に6ページにわたり座談会形式でエレクトロニクス機器と感覚や感性について話している。


『ロック・マガジン』2008号 1980/11 特集 Erik Satie Furniture Music
「家具の音楽」とは元々エリック・サティが「家具のように、そこにあっても日常生活を邪魔しない音楽、意識的に聴かれることのない音楽」をコンセプトとして作曲されたものだ。ジョン・ケージがその考えを引き継ぎ「4分33秒」を作曲しブライアン・イーノが「Ambient Music」へと昇華した。Vanity Recordsの『BGM/Back Ground Music』(1980/09)も「家具の音楽」の系譜に位置される。特集ではサティの音楽を中心にベル・エポック時代の芸術と現代のロックを結び付けようとした。サティはグレゴリオ聖歌に代表される教会旋法を二十世紀に蘇えらせ神秘主義的教会音楽を多く作曲したが、スロッビング・グリッスルやキャバレー・ボルテールなどの音楽も同列に編集し、そしてサティの音楽や思想と1980年代に誕生したオルタナティヴな工業神秘主義音楽などを連続性を持って享受するための準備を行ったのである。


『ロック・マガジン』01号 1981/01 特集 INDUSTRIAL MYSTERY MUSIC=工業神秘主義音楽
2020年に亡くなったジェネシス・P・オリッジが「industrial music for industrial people」として展開したindustrial musicを工業神秘主義音楽と名付けた。紙面ではダンスミュージックと同時に音声詩、ダンス、シャーマニズムなどを同時に掲載。この号では以前からロシア構成主義やドイツ表現主義を生んだ時代の衝動について話を聞きたかった方々へのインタヴューも平行して実施した。ロックではギャバレー・ヴォルテールやバウハウスが登場しアダム&ジ・アンツが「未来派宣言」を歌っていた。生まれたてのロックミュージックに20世紀初頭の未来派の精神が甦る。池田浩士はドイツ文学者でファシズムと大衆文学を研究している。また表現主義やフランツ・カフカを教養小説(人が体験を通して社会=時代の中で内面的に成長していく過程を描く小説)の文脈で読み解く人でもある。松岡正剛は「音楽の呪術的要素」と「第三商品論」を語った。土居美夫はスイスのチューリッヒで1916年に開店したキャバレー・ヴォルテールの店主でありボール紙の司祭フーゴ・バルの研究者である。バルの「時代からの逃走」を翻訳しただけではなくワシリー・カンディンスキーやパウル・クレーの研究者でもあるのだ。イギリスのシェフェールドのバンド、キャバレー・ヴォルテールやバルの音声詩「Gadji beri bimba」をロックにしたトーキングヘッズの「I Zimbra」の感想も聞いた。土居はバルがチューリッヒ・ダダの拠点となったキャバレーボルテールを閉店した後「キリスト教神秘主義」の研究をしていたと資料とともに教えてくれた。黄寅秀はヤンハインツ・ヤーンの『アフリカの魂を求めて』の翻訳者であり在日の韓国人。アフリカでは元々音楽は哲学であり医療でもありシャーマニズムの源泉でもあった。アフリカ人の移住に伴いその土地の音楽と融合し変化し新たな様式を生み出した。世界に広がった音楽そのものの有用性について聞いた。またこの号から版形も紙もレイアウトも全く変わった。阿木が表紙の片隅に、溺れた友人を助けようとして自らも溺死したドイツ表現主義の詩人ゲオルク・ハイム(1887-1912)の詩を余ったインレタを使ってローマ字で記載している。阿木流の編集である。
ここに全文を掲載したい、忘れ去られた幻視者(詩人)の声を。

ぼくらの病気は、ぼくらの仮面である。
ぼくらの病気は、際限のない退屈である。
ぼくらの病気は、怠惰と永劫の不休のエキスのようなものである。
ぼくらの病気は、貧困である。
ぼくらの病気は、ひとつの場所に縛りつけられていることである。
ぼくらの病気は、ひとりではいられないことである。
ぼくらの病気は、いかなる天職ももなたいことであり、もしなにか天職をもっているとすれば、その天職をもっていることである。
ぼくらの病気は、ぼくらにたいする、他人にたいする、知識にたいする、芸術にたいする不信である。
ぼくらの病気は、真剣さの欠如であり、いつわりの陽気さであり、二重の苦悶である。だれかがぼくらに言った、きみたちはそんなにおかしそうに笑っているではないかと。
この笑いがぼくらの地獄の反映であることをその人が知ってくれればいいのに。ボードレールの「賢者はただ身を震わせて笑うばかり」のにがい反対であることを。
ぼくらの病気は、ぼくらがぼくら自身に定めた神にたいする不服従である。
ぼくらの病気は、言いたいことの反対のことを言うことである。ぼくらは、聞き手の表情にあらわれる印象を見つめながら、われとわが身を苦しめざるをえない。
ぼくらの病気は、沈黙の敵になっていることである。
ぼくらの病気は、世界の日の終末に、その腐臭に耐えられぬほどに息苦しい夕ぐれに生きていることである。

興奮、偉大さ、ヒロイズム。以前はこの世界は時おりこれらの神々の影を地平線のあたりに見た。今日ではこれらは劇場の人形にすぎない。戦争はこの世界から出て逝ってしまった。永遠の平和が戦争をあわれに埋葬したのだ。
かつてぼくらは、こんな夢を見た。ぼくらはある名付けようのない、ぼくら自身も知らない罪を犯したのであった。ぼくらはある悪魔的な仕方で処刑されることになっていた。
ぼくらの眼のなかにコルク栓抜きをねじこもうというのであった。しかし、ぼくらにはどうやらまだ逃げだすことができた。
そして、ぼくらは――心に途方もない悲しみをいだきながら――むら雲の陰鬱な区画のなかをかぎりなく通っていく秋の並木道を、かなたへと逃げていくのであった。

この夢はぼくらの象徴ではなかったろうか?
ぼくらの病気。ひょっとするとなにものかがそれを治せるかもしれない。たとえば愛が。しかし、ぼくらはあまりにも重い病気にかかっているので愛でさえもできなくなっていることを、ついには認めざるをえないのであろう。

しかし、なにかがある。それこそぼくらの健康というものだ。三たび「それにもかかわらず敢えてなお」と言うこと、古参兵のように三たび手につばをつけること。
そしてそれから、西風に駆られる雲のように、ぼくらは街路を抜けて遠く、未知なるものへ向かっていくことだ。
「戯画」1911年6月19日 ゲオルク・ハイム 本郷義武訳


『ロック・マガジン』05号 1981/09 特集 SUR-FASCISM
ジョルジュ・バタイユの「コントルアタック」の時代とノイエ・ドイチェ・ヴェレを中心とした最先端の音楽を同紙面に掲載した。パリの「社会学研究所」コレージュ・ド・ソシオロジーとDAFの2拍子と強制収容所の音楽とジョルジュ・バタイユ、知らぜらる快楽主義者ピエール・クロソフスキー、ヴァルター・ベンヤミン、ロジェ・カイヨワなど。それらを「シュル-ファシズム宣言」として掲載した。
シュル-ファシズム(SUR-FASCISM)は、ヨーロッパ全土をパンデミックに席巻しはじめたファシズムに、哲学者であり作家のジョルジュ・バタイユや芸術家のアンドレ・ブルトンをはじめとした知識人や芸術家がファシズムの狂気を超える「狂気の超現実主義的ファシズム」(=シュル・ファシズム)で闘いを挑んだ。「コントルアタック」とは、この生死を賭けた芸術家のレジスタンスの名称のことである。西洋は、かつて経験のした事のない時代に突入した。強制収容所は現実化し、終末を歌わしてはくれない。
シュル-ファシズムと併せて音楽では、デア・プラン、DAF、ディー・クルップス、ヴィルトシャフツヴンダー、マラリア、アブヴェルツ、パレ・シャウンブルク、ディー・レミング、ソラックス・バッハ、ザオ・セフチェック、リーフェンシュタール、タンク・オブ・ダンツィッヒ、サイキックTV、ルイス・アンド・ギルバート、PIL、キリング・ジョークなどを紹介した。

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※ 文中敬称略

最後になりましたが、この文章を書くにあたり、機会を与えて頂いたスタジオワープの中村泰之さん、内容についてのアドバイスと校訂を担当してくださった能勢伊勢雄さんに

『ロック・マガジン』とVanity Recordsと音楽的背景と当時のことなど
嘉ノ海幹彦(元ロック・マガジン編集/FMDJ)

V.A.『VANITY Music, Tapes&Demos』

V.A. 『VANITY DEMOS』

TOLERANCE『TOLERANCE』

『ロック・マガジン』とVanity Recordsと音楽的背景と当時のことなど
嘉ノ海幹彦(元ロック・マガジン編集/FMDJ)

2020年4月14日(故阿木譲の誕生日)に「きょうレコード」からremodelとしてそれぞれのコンセプトにふさわしい意匠を凝らした3BOXがリリースされた。特に『VANITY Music,Tapes&Demos』のCD-BOXは、1980年4月に創刊されたポータル・マガジン『fashion』01号のブックデザインを踏襲しており表象そのものが経年の色彩を纏って音楽作品として甦った。今回リリースされたこれらVanity Recordsの作品群は、世界同時的に発生したインディペンデント・レーベルと呼応し、霊的衝動と呼ぶべき情動の中で生み出された1980年代音楽シーンにおける時代精神の痕跡である。
ここでの時代精神とは、80年代の社会のなかで音楽が告げたオルタナティブな精神のことである。それは多様な表現へと分化していった精神的な生命運動のようなものだ。しかも音楽は時代の「気分」と深く関わり、それゆえに最も影響力が強いものである。
『ロック・マガジン』が行ってきたことは、音楽を通して時代を読み解く行為であり、強い内的要請に基づくものだった。換言すれば、時代精神が『ロック・マガジン』を生み出したということだ。そして今も自分の音楽体験の基本となっている。

それでは未発表音源の響きを聞きながら当時の背景などを記述しよう。

■Vanity Records設立の時代背景と阿木の想い
Vanity Recordsは、1976年の『ロック・マガジン』創刊から2年後の1978年に設立された。CD-BOX(Vanity Demos)に同封されたブックレットには2010年の阿木譲が自分自身の言葉でVanity Records設立を思い立った経緯とインディペンデント・レーベルの功罪について記載している。阿木は独立レーベルを想起するにあたり、イギリスの新興レーベルであったVirgin Recordsでリリースされる音楽に大いに刺激を受けていることが分かった。また阿木は、一部のインディペンデント・レーベルが商業主義的影響を受けオルタナティブな新しい音楽をリリースしなくなったのも同時に見ていた。
阿木はそのことを踏まえレコード産業の思惑に左右されないミュージシャン主体の新しい音楽をリリースするレーベルを作りたいと思い、Vanity Recordsを1978年に設立したのである。当時の『ロック・マガジン』に記載されているが設立には阿木の並々ならぬ想いが溢れている。(拙文Vanity Recordsと『ロック・マガジン』1978-1981参照)
また『ロック・マガジン』誌上でも紹介したが、イギリス、ドイツ、フランス、ベルギー、アメリカなどにおいてVanity Recordsと同様に自由で何の制約も受けない自らの意思で運営できる新興レーベルが同時多発的に誕生するのである。これらの動きにも時代霊が大きく作用しているとしか思えないのである。
またこれら新興レーベルの運営主体はミュージシャンやプロデューサーであり、商業主義から影響を受けないようなディストリビュートの仕組みを含めて設立されている。

ちなみにこの時代に設立された代表的なインディペンデント・レーベルを列挙してみた。
これらのレーベルが1980年代の時代精神を牽引したのだった。
1972年
Virgin Records
Ralph Records
Cramps Records

1975年
Obscure Records
Sky Records

1976年
Industrial Records
Los Angels Free Music Society
Stiff Records

1977年
Beggars Banquet Records

1978年
Vanity Records
Lovely Music
Recommended Records
ZE Records
Fetish Records
Factory Records
sordide sentimental
Small Wonder Records
ROUGH TRADE
Cherry Red Records

1979年
2Tone Records
COME ORGANISATION
United Dairies
Mute Records
4AD
Crass Records
Ata Tak Records

1980年
Zickzack Records
LES DISQUES DU CREPUSCULE

■『ロック・マガジン』とVanity Recordsの1980年代よりの展開
「1980年までは、81年からの80年代音楽を準備する期間だった。だから1980年はまだ70年代なんだよ。」阿木譲は音楽と時代性との関連を話題にしたときに、1970年代というのは71年から80年までのことで1981年からが本当の80年代が始まるのだとよく話していた。
そのとおり1980年は『ロック・マガジン』とVanity Recordsにとって大きな変化があった年だった。
81年に入ると「時代性」に特化した『fashion』も03号まで出版したが休刊とした。04号は特集「スーパーマーケット」の予定だった。
第二期『ロック・マガジン』最後の号である1980年11月発刊の特集エリック・サティ Funiture Musicのlast wordで阿木は要約すると以下のことを書いている。
1.1年前までのロックマガジンのバックナンバーを処分
2.千駄ヶ谷にあった東京事務所を閉じる
3.大阪の編集室を引越す
4.11月5日に『B.G.M』を、12月5日に『ノーマルブレイン』をリリース
5.年内(1980年)にはカセットテープからLP2枚組みの「ノイズ」というタイトルでリリース
※実際は『MUSIC』としてリリースされた
6.11月までにカセットテープの送付を呼びかけ

第三期の『ロック・マガジン』から東京事務所を閉じた関係もあり『遊』の広告は掲載されているが、工作舎とも疎遠になった。『ロック・マガジン』と関係のある出版社はなくなった。もとより音楽他誌には関心がなかったし書店で手に取ることもなかった。当時Throbbing GristleやCabaret Voltaireをまともに紹介しているメディアもなかったからだ。
時代に先駆けて出現しつつある新しい音楽を現前させるという使命感で『ロック・マガジン』は再スタートした。ライターにしても松岡正剛をはじめそれまで掲載されていた個人原稿もなくなっている。
言葉で説明できる世界が大きく変わろうとしていた。70年代から80年代へと。そして『ロック・マガジン』は80年代に音楽で時代を読み解く独自な方向性を色濃くするのである。
『ロック・マガジン』はまず版形がA4からB5サイズになった。特集ごとに内容から細かく紙見本や色見本より選択し編集した。ただ雑誌を作る際に紙質も色も毎号異なる組み合わせは、手仕事に近い作業となり、製版、印刷、裁断、製本に至るまで様々な影響が出た。各工程でそれなりの手間がかかるため業者からは嫌がられたが、今思うと結果的には「オブジェ・マガジン」といっていた雑誌『遊』の初期に近い。そしてこの手作り感のあるデザインはその後『EGO』や『E』へと引き継がれていく。

Vanity Recordsに関しても変化があった。『SYMPATHY NERVOUS/SYMPATHY NERVOUS』、『BGM/Back Ground Music』、『Ready Made/Normal Brain』を連続してリリース。リリース直後からVanity Recordsと『ロック・マガジン』の動きに触発された無名のアーティストの手によるカセットテープが全国から多数編集部に送られてきた。
そのことから『ロック・マガジン』と連動した「動き」となっていたことが分かる。この「動き」を受けてVanity Recordsでは、音に宿る時代の雰囲気をそのまま生かしマスタリングなどの処理を施さないかたちでリリースしようということになった。
音源が多種多様なカセットテープであり、ヒスノイズが内在する音という意味で、最初に付けられたアルバムタイトルは『ノイズ』だった。しかし結局阿木より「『ノイズ』ではなく、ずばり『音楽』にしよう。」ということになり『MUSIC』と名付けられた。時代を先取りしているものが、「音楽」であるという感覚が『ロック・マガジン』にはあったからだ。
「ロックはあらゆる要素を吸収するスポンジだ。」というブライアン・イーノの発言にも裏付けられている。ここでいう「ロック」とは、パンクでもロックンロールでもJAZZでもなく「音楽」のことである。つまり音楽が全ての世界現象(リアル)を水のように溶解し、スポンジのように吸収し保持し現前化(リアリティ)させるということであり、『MUSIC』を出すことで音楽とはまさにプラスティック・フォースを内在化した可塑性芸術であるということを示したかったのである。
そして『MUSIC』は阿木の「1980年末までが1970年代である」と言う考えに基づき1980年の12月にリリースされた。しかし募集の締め切りが過ぎたにも関わらず、その後もカセットテープが無名のミュージシャンから日々編集部宛に郵送され、第三期最初の『ロック・マガジン』01号 1981/01 特集 INDUSTRIAL MYSTERY MUSIC=工業神秘主義音楽の2ヶ月後の『ロック・マガジン』02号1981/03 特集WHITE APOCALYPSE FEMALE では、カセットテープ・ミュージシャンを特集することにした。「騒音仕掛けの箱に吹き込まれた風景」と題したセクションではカセットテープのレイアウトやデザインと共にP80-100まで21Pにわたって阿木と当時編集者であった明橋大二の対話形式により紹介されている。(VANITY Music,Tapes & Demosブックレットに掲載)
Vanity Recordsではそれら様々なミュージシャンを『MUSIC Ⅱ』、『MUSIC Ⅲ』のように連続する作品としてリリースすることも考えたが、LPでのリリースとはならなかった。理由は、時代の変化に追いつくよう、スピードを重視したからだった。
しかし一方でひとつの試みとしてVanity Recordsのリリースとは別にソノシートを利用することを考えた。それまでソノシートは『ロック・マガジン』の特集を強調するための補足的な意味で「おまけ」として添付していた。
カセットテープ・リリースの時に試みたと同様に、『ロック・マガジン』の読者参加でバンドをピックアップした。『ロック・マガジン』のレコードコンサートに参加したり、編集部へ遊びに来たり翻訳を手伝ったりしていた青木寶生の『ほぶらきん』や佐用暁子の今回CDリリースされた『Love Song/System』がこのケースに該当する。『ロック・マガジン』誌編集行為の一環といってもいいだろう。
またこの時期、Vanity RecordsのLPとしては最後の作品となる『TOLERANCE/DIVIN』がリリースされた。
その後もっと簡易にもっと容易にもっと安価にもっとシンプルにリリースできるものとして、後期のVanity Recordsではカセットテープでのリリースという形態をとった。
当時の時代背景としては、都市生活者が遊民になり快適に過ごすためのツールとしてのカセットテープ文化が一般的になりつつあることにあった。既に1979年にソニーより「音楽を持ち歩く」というコンセプトの元にウォークマンが発売され、都市機能の一部を有していた。その後1981年には細川周平の『ウォークマンの修辞学』(朝日出版社 エピステーメー叢書)が出版されている。
遊民(フラヌール)とはヴァルター・ベンヤミンがボードレール論を展開する中で使用している概念である。市民社会が形成される歴史的背景の中で民衆は定住の場所を持たず都市の街路の中で遊民化する。ベンヤミンは遊民のことを次のように説明している。「エドガー・アラン・ポーの<群集の人>はいわば探偵小説のレントゲン写真である。そこにあるのはその備品、すなわち追跡者、群集、ロンドン市内をたえずその中心から離れないようにしながらうろつく見知らぬ老人だけである。この見知らぬ老人が遊民である。」
また1981年にはレコードから、手軽にリリースできるカセットテープへと変化していった。アンダーグラウンド・シーンでは国内外を問わずカセットテープでのリリースが始まっていた。
次にハードウエアについてもカセットテープのダビング機能が付加されたダブルカセットデッキへと技術的進歩は続き、音楽制作とダビングによるリリースを身近なものとした。このような時代へのアプローチ、リリースの速度感覚、デザイン感覚などの綜合が『VANIY TAPES』として結実する。

前述の『ロック・マガジン』02号では「SALARIED MAN CLUB」「KIIRO RADICAL」「DEN SEI KWAN」「INVIVO」「WIRELESS SIGHT」「NISHIMURA ALIMOTI」など多くのカセットテープを送ってきたミュージシャンが紹介されている。Vanity Recordsでは、時代の風景としての騒音群という意味を込めて『ノイズ・ボックス』と名付けられてセットリリースされた。後に『VANIY TAPES』としてリリースされるものである。『ノイズ・ボックス』の中には「私の耳は貝の殻 海の響きをなつかしむ」というジャン・コクトーの言葉がカードにされ同封されていた。
また羽田明子が送ってきたレ・ディスク・ドゥ・クレプスキュールよりリリースされたカセットテープ『From Brussels with Love』が紹介されている。内容はジョン・フォックス、ドゥルッティ・コラム、デア・プランの音楽の他にブライアン・イーノやジャンヌ・モローのインタヴュー(声)も含まれている。

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■V.A.『Vanity Demos』
それではBOXに格納された作品を紐解いていこう。


Vanity 8102『Love Song/System』
『ロック・マガジン』02号 1981/03 特集WHITE APOCALYPSE FEMALEの付録としてリリースされた。『ロック・マガジン』では世紀末特集としてWHITEHOUSE(ウィリアム・ベネットが1979年に設立したCOME ORGANISATIONからリリース)を全面的に紹介。同じく1979年に設立されBAUHAUS LEWIS&GILBERTなどをリリースしていた4ADレーベルを紹介している。また同じく1979年のCrass Recordsも紹介。Nurse with Woundのスティーヴン・ステイプルトン設立のUnited Dairiesも1979年だ。
「SYSTEM」は佐用暁子のバンド。メンバーは沢田弥寿子、大前裕美子、初田知子、芦田哉女の5人。『ロック・マガジン』01号 1981/01のP88-89に紹介されているが、文字通り、パフォーマンス的感性を身体化させているバンドだ。メンバーに翻訳のお願いをした記憶がある。それだけ『ロック・マガジン』との繋がりが強かったバンドといえる。
「SYSTEM」について阿木はアントサリーと違ってパフォーマンスの必然性を持っていないと語っていた。しかし彼女たちは時代のスタイルに合わせてその中で踊っているだけだ。楽しむための音楽、だから「Love Song」。「SYSTEM」は5人の情念的な織物のようだ。歌詞を紹介しておく。

「Love Song」
あなたの血管が動く/空気が動く/ねえ、地球っていつまでもつと思う?
あなたの心臓きこえる/時間がきこえる/ねえ、地球っていつまでもつと思う?
大きく口を開けてみて/私が手を突っ込むわ/あなたの心臓をつかんで/吹き出す夢、リズムの連続
あなたの血管が動く/あわせて私は踊る/あなたの心臓の音/あわせて私は踊る
空気が動く、時間が動く/私が動く、あなたが動く/記録する夢、リズムの反復/ねえ、地球っていつまでもつと思う?

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Vanity 2005『Today’s Thrill/Tolerance』
『ロック・マガジン』2006号 1980/07 特集ATTERNATIVE MUSICの付録としてリリースされた。Toleranceが一番進化した頃の音源であり既にエレクトロニクスの特性を発見していた音楽。歌ではなく声の中の響きと電子音の響きが同じものであると感じさせる。響きのコンクレート(具体)化はエロティシズムへの昇華する。ワクワクする快感とぞくぞくする恐怖は同義語であること理解させる。『ロック・マガジン』では「トレーランスは感性機械だ。論理ではない、運動力学とエロスが合体したものだ。」と表現した。まさしくリゾーム的音楽である。
Tolerance丹下順子が『ロック・マガジン』でのインタヴューにこのように語っていた。
「私にとって音楽ってのは、言葉とか考えだけで言うと、文学ってのは本だけで終わりだけど音っていうのは生活として重要だし、食事をするとか眠るとかと同じレベルで私の中で重要です。」
サイコロの1から6以外の目が次々に出てくるような興奮を憶える。それはToleranceを意味する寛容/受容の差異が生み出す震えるような感覚である。

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『VA/Demos』
今回のBOXセットのために提供された1981年当時に作られた未発表の音源集。この中に痕跡/意味を見出すことを試みる。非常に『ロック・マガジン』的な特徴を持ち無機質な物語の短編集のようなアルバム。工業神秘主義音楽であり、繰り返しの中に時代を逆なでする響きが潜んでいる。
リズムは感性のダンスミュージック。1980年代にこんな音楽を作っていたのかと驚いた。これら工業神秘主義音楽群は時代を予感するイメージを次々と提示してくれる。
収録されたのは、SALARIED MAN CLUB、ONNYK:Anode/Cathode(陽極/陰極、電解槽・電子管)、DEN SEI KWAN(電精館)の3アーティスト。

・SALARIED MAN CLUB
『ロック・マガジン』03号 1981/05特集DANCE – MACHINEの誌面でSALARIED MAN MANIFESTを掲載している。ここでは都市生活者の欲望と情報、消費と変容が記載されている。少し引用してみよう。「人間は、この世界の終わるまで、あらゆる物質を創造し、流通させ、消費する。そして、その回転をますます速めていくだろう。」
これは1981年に書かれたが、やがて自滅するであろう資本主義社会を、自覚的に崩壊させようとする加速主義のファクターを告げた宣言とも読めなくはない。
1.Perspective
遠近(画)法、透視画法、遠近図、遠景の見通し、眺望、前途、将来の見通し
2.Close My Eye
瞳をとじて
3.Intellctual Mirror
知性のすぐれた、理知的な、鏡
4.Epilogu
Epilogue 終章、終曲、または物事の結末 ⇔ プロローグ
・ONNYK
ONNYKこと金野吉晃の音楽は、ブライアン・イーノがプロデュースした「NO NEW YORK」(1978年)にクレジットされているザ・コントーションズのジェイムス・チャンスを彷彿とさせる。ただのファンクだけでなく、パンクとインダストリアルとテクノと即興と時代が加算されている音楽。
『ロック・マガジン』01号 1981/01 特集 INDUSTRIAL MYSTERY MUSIC=工業神秘主義音楽の誌面では、『Music』に参加したミュージシャン達の言葉とイメージをそのまま掲載した。その中で金野吉晃は「Anode/Cathode」名義での「-..Of The Passive Voice Through The Light 光を通しての受動態の・・・・・」について以下の文章を寄せている。
「『我々は《音楽》を聴き得ない、我々が聞くのは《音楽》の影である』とはロナルド・ザースの言葉であるが。我々が粗末な聴覚器を通じて、何の脈略もない空気振動に幻を見る(?)のは勝手であり、許された暴力だ。何も今更こんな事をいう必要もないのだが、この利用価値のない単なる磁束線密度の変化パターンは、磨滅しながらも拡散しつづけ、何の「イメージの裏うち」もないところである時突然に逆転され、回路を断たれる。つまりテープはそこで切れてしまうのだ。《音》は我々を記憶してくれないだろう。「見る」のを見ることはできない。では、「聴く」のを聴くことは・・・・・・?」
5.Talk in the Dark
暗がりでの会話
6.Homage to the Luminous Animal living in a Far an…..
敬意、尊敬  発光動物 遠くに住んでいる
7.My Stygma
汚名、恥辱
・ONNYK SOLO
8.Onnyk self trio
・TOZAWA+ONNYK
9.TOZAWA+ONNYK
・EXCEPT FROM HMN SESSION
10.Homemade Nosie X
・DEN SEI KWAN
11.Last
電精館1979年か1980年の作品。
遠方からイギリス人作曲家コーネリアス・カーデューのピアノ曲「アイルランドおよびその他の作品に関する4つの原則」のアイルランド民謡が幽かに聞えるが、弱い電磁気力でかき消されていく。聴き終わったら痕跡だけが残った。残った音は宇宙の縁にでも張り付くんだろうか。

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DEN SEI KWAN P’ remodel 19
『ロック・マガジン』02号 1981/03の評を受け1981-1982年に作成された。完成度が高くこのままToleranceの次にVanity RecordsLP13枚目の作品としてリリースしたかもしれない。
DOME的で工業神秘主義音楽の系譜の音楽だ。亡霊の聞えるはずのない声のようなリズムに内在する轣轆(車の軋み)。DOME(ドーム)とは天蓋の意味であり、古くからある平行宇宙説で語られる天蓋のことだ。地上界と天界は写し鏡となり結び付いた因縁を持つとされた。しかしながら天蓋に描かれた星辰も地上的な投影でしかない。この地上的な投影から天球儀が生まれて来た。カールハインツ・シュトックハウゼンは晩年最後の来日の際に、究極の音楽は完全な球形の中で平等にあらゆる方向から響く空間で体験することであると語っている。そして作品「リヒト・ビルダー(光=イメージ)」をそのような空間芸術として夢想していたのかも知れない。
DEN SEI KWANの天蓋音響もこのような体験が可能だろう。だからこの音楽には懐かしさや郷愁(ノスタルギア)みたいなものを感じる。前世に遠いどこかの惑星にいて聴いていたような音楽。

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Tolerance DOSE remodel 25
Toleranceは感性機械が奏でる言葉の音響としての織物だ。過去の空虚な亡霊の眠りを伴って、有毛運動の長い響きは幽かに渦巻きのような回転を繰り返す。
このアルバムは機械の中の異世界に誘われる心地よさがある。この時代の文字通りプログレッシヴ・ロックなのだ。
DOSEとは投薬/服用であり受動/能動の関係である。またToleranceは別に依存症薬物が効かなくなる耐性を意味する。まるで人間が存在しなくなった世界(地球)の映画館で上映される映画音楽、または壁紙と化してしまったタブローのようである。

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Tolerance DEMO remodel 26
天蓋に木霊するハルモニアの音楽のようだ。電子音と人間との合体。柔らかな水の中で手で触れられる耳毛細胞を振動させ電流を通して音のパルスを発信し続ける。
当時丹下順子はクラフトワークが好きだった。そして好きな理由は機械と人間との合体だといっていた。自分が機械に同化したサイボーグの内なる器官を感じながらエレクトロニクスと接していたのだろう。
しかしこの後なぜ封印してしまったのだろう。感性機械はもう動かないのだろうか。
否!今も彼女の生活の中で密かな拍動と共に響いているのだろう。
でもこのような音楽を聴いたら、これはこれで美しい。

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KYOU-034 Kassel Jaeger & Jim O’Rourke『in cobalt aura sleeps』

発売日:2020年5月15日
定価:¥2,500(-税別)
品番:KYOU-034

Amazon  https://amzn.to/3a7hxz3
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Kassel Jaeger & Jim O’Rourke
in cobalt aura sleeps

1. in cobalt aura sleeps 1
2. in cobalt aura sleeps 2
3. #0047AB(bonus track)

KYOU-034
15.May 2020 release
2.500yen+tax

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きょうレコーズよりKassel JaegerとJim O’Rourkeの新作が日本限定でCDリリース!CDのみのボーストラックとして3曲目に「#0047AB」を収録。Kassel JaegerはEditions Mego、Shelter Pressなどの先鋭的なレーベルから作品をリリースし、同時にGRM(フランス音楽研究グループ)の芸術監督を務めるなど近年の幅広い活動で注目を集める人物。Jim O’Rourkeとの共演は2017年の『Wakes on Cerulean』以来2度目となり、本作はサウンドにおいてもアートワークにおいてもそちらと共通するものが多いいわば続編のような内容となっている。

<作品概要>
本作『in cobalt aura sleeps』は2020 年5 月にEditions Mego よりLP とデジタル、そしてきょうレコーズよりCD でリリースされる。CD 化は日本のみでありこちらには3 曲目にボーストラックとして「#0047AB」が収録されている。
Kassel Jaeger は1981 年フランス生まれのFrançois J. Bonnet が音源制作やライブなどのアーティスト活動にて用いる名義である。彼は近年Editions Mego、Senufo Editions などの先鋭的なレーベルから単独での作品をリリースし、Stephan Mathieu、Oren Ambarchi、Giuseppe Ielasi など数々の作家とコラボレーションを行うだけでなく、本名名義でGRM(フランス音楽研究グループ)の芸術監督を務めるなど幅広い活動で注目を集めている人物だ。
そんな彼がこの度Jim O’Rourke との共演作『in cobalt aura sleeps』をリリース。この共演は2017 年の『Wakes on Cerulean』以来2 度目となり、本作はサウンドにおいてもアートワークのビジュアルイメージにおいてもそちらと共通するものが多いいわば続編のような内容となっている。
リュック・フェラーリの作品を想起させるような(虫の鳴き声や海鳴りのようなサウンドからなる)音の風景で静かに幕を開け、徐々に空間に広く染み渡るように音の情報量を増していく本作には、『Wakes on Cerulean』にもあった潮の満ち引きのようなゆったりとした変化やうねりがより懐深いかたちで存在し、様々に変質する電子音を中心とした豊かな音響の連なりがまるで聴き手の聴覚を徐々に深く揉み解すように機能する。テクスチャーに対する創意工夫はもちろん、それに溺れず音の集合を何かを物語る作品へと昇華すること、これは実験的もしくは抽象的な電子音楽において決して容易いことではないはずだが、両者の共演作はそれを至極ナチュラルに達成している。
よろすず

remodel 21 V.A.『VANITY Music, Tapes&Demos』

発売日:2020年4月14日
定価:¥13,000(-税別)
品番:remodel 21
仕様:□ポスター
□ブックレット16P
□ヴァニティ ロゴステッカー(大判)
□オリジナルボックス(135×135×37mm)
□CD11 枚組(紙ジャケット)BOX SET
□CD-1,2,11 はオリジナルマスターテープよりデジタルリマスタリング
□CD-3,4,5,6,7,8,9,10 はオリジナルカセットテープよりデジタルリマスタリング
□ジャケットデザインはオリジナルをベースに再制作

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V.A.
VANITY Music,Tapes&Demos

CD-1 Music 1(2 枚組-①)
CD-2 Music 2(2 枚組-②)
CD-3 SALARIED MAN CLUB-Gray Cross
CD-4 KIIRO RADICAL-Denki Noise Dance
CD-5 DENSEI KWAN-Pocket Planetaria
CD-6 INVIVO-B.B.B.
CD-7 WIRELESS SIGHT-Endless Dark Dream
CD-8 NISHIMURA ALIMOTI-Shibou
CD-9 DENSEI KWAN-P’
CD-10 V.A.-Demos
CD-11 SYSTEM-Love Song

remodel 21
14.Apr 2020 release
13.000yen+tax

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2019年10月発売と同時にソールドアウトしたヴァニティ「Musik」(2CD)と「Vanity Tapes」(6CD)待望の再発!!未発表音源2枚と未CD化音源1枚を加えた11枚組CDボックス。

<作品概要>
CD-1,2 V.A.「Music」
全国各地からロックマガジンへ送られてきた100 本以上のカセット・テープの中から選出された13 組を収録した2 枚組コンピレーション。手頃になったシンセサイザーやマルチ・トラック・レコーダーの登場で80 年代中期から世界中のアンダーグラウンド・シーンで活性化するエクスペリメンタルな宅録テープ音楽発生初期のモニュメント作品。テープ・ヒス・ノイズまみれでロウファイな音質を超えた様々なアイデアとDIY スタイルの集積。オリジナルLP リリース時のスペル・ミス、曲名誤記を訂正。

CD-3 SALARIED MAN CLUB「Gray Cross」
ホワイトカラーとしてのアイデンティティを高らかに宣言するサラリーマン3 人組が奏でる頭脳労働インダストリアル・サウンド。京都dee-Bee’s でライヴ活動も行っていた。イーレムのコンピレーション・アルバム『沫』にも参加している。オリジナル・テープ・リリース時の曲名誤記を訂正。

CD-4 KIIRO RADICAL「Denki Noise Dance」
鳥取県米子市の持田雅明による『黄色ラジカル』。繊細で隅々まで計算の行き届いたミニマル電気ノイズの乱舞は阿木から「今の時点では日本のエレクトロニクス・ミュージックの頂点」と絶賛された。『Music』にも5 曲収録されている。

CD-5 DENSEI KWAN「Pocket Planetaria」
福島市の斎藤英嗣による『電精 KWAN』。オリジナル・テープには稲垣足穂めいた ” 因果交流、電燈は少年のズボンの隠しでカチコチなる一箇のビー玉でありま す(ポケット・プラネタリーム概論)” というテキストが添えられていた。電子の精が騒めく箱庭的ノイズ世界。

CD-6 INVIVO「B.B.B.」
逗子市のタチバナマサオによる作品。前半6曲は『In Vivo:生体内』、後半6曲は『In Vitro:試験管内』と生物学用語が付けられた顫動する音のバイオミュータント生成実験の記録。『Music』にも1曲収録されている。

CD-7 WIRELESS SIGHT「Endless Dark Dream」
ミニコミ誌『無線音楽』を発行するワカエ・クニエのプロジェクト。ピアノ、メトロノーム、ラジオ・ノイズだけを使い、静謐でポスト・クラシカルなアンビエント空間をスケッチ。映像と舞踏を絡ませたパフォーマンスも行う。

CD-8 NISHIMURA ALIMOTI「Shibou」
西村有望のソロ名義作『脂肪』ギター/ベース/ドラム/ヴォイスのバンド編成で初期アモン・デュール、メタボリストなどを想起させるプリミティヴで重く引き摺ったオルタナティヴ・サイケデリック・ロックを聞かせる。

CD-9 DENSEI KWAN「P’」(未発表)
阿木譲の所蔵カセットテープから発掘された未発表アルバム。CD-5の作風がより深化し構成力が高まっている。40年近く前の作品とは思えない斬新さ。

CD-10 V.A.「Demos」(未発表)
「Music」と「Tapes」に収録された3アーティスト(SALARIED MAN CLUB、ONNYK:Anode/Cathode、DENSEI KWAN)から新たに提供された当時のデモ音源を編集したコンピレーション。

CD-11 SYSTEM「Love Song」(初CD化)
大阪で短期間活動した女性5人組。ロックマガジン誌1981年36号付録ソノシート(Vanity8102)。オリジナルマスターテープを宇都宮泰がリマスタリング。ライヴではアーント・サリー、ティーネイジ・ジーザス、マラリア!を混合したようなアグレッシヴな楽曲を展開
していた。

remodel 22 TOLERANCE『TOLERANCE』

発売日:2020年4月14日
定価:¥7,000(-税別)
品番:remodel 22
仕様:□ポスター2 種
           □ヴァニティ ロゴステッカー(大判)
           □オリジナルボックス(135×135×22mm)
           □CD5 枚組(紙ジャケット)BOX Set
           □CD-1,2 はオリジナルマスターテープよりデジタルリマスタリング, オリジナルレコードジャケットを再現
           □CD-3,4 はカセットテープよりデジタルリマスタリング
           □CD-5 はソノシート(flexi disc)よりデジタルリマスタリング

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tolerance
tolerance

CD-1 Anonym(79 年)
…「VANITY BOX」リリースCDと同内容
CD-2 Divin(81 年)
…「VANITY BOX」リリースCDと同内容
CD-3 Dose(80 年)
…未発表 初CD 化
CD-4 Demos(不明80 年頃)
…未発表 初CD 化
CD-5 Today’ s Thrill(80 年)
…初CD 化

remodel 22
14.Apr 2020 release
7.000yen+tax

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阿木譲が主宰したヴァニティ・レコードから2枚のLPと1枚のソノシートをリリース、阿木自身がヴァニティ作品のフェヴァリットに挙げ、英エクスペリメンタル音楽の大御所ナース・ウィズ・ウーンドのリスニング・リストにも選出された丹下順子:トレーランス。未発表音源を含む集大成5枚組CDボックス。

<作品概要>
CD-1 Anonym
丹下が奏でるエレクトリック・ピアノ、シンセサイザー、簡素なエレクトロニクス、かぼそく呟くような朗読に加えて、吉川マサミのノイジーなスライド・ギターがゆっくりと渦巻きながら渾然一体となり、モノトーンで抽象音化されたアニムスが立ち現れるデビュー・アルバム。

CD-2 Divin
セカンド・アルバム。タイトルはフランス語で『神』の意味。前作で聞けたギターは後退、ドラムマシーンの躍動感とエレクトロニクスの律動が強調され、無機的で曇った空間にほのかな色彩感が加わり不思議な音響が創出される。T-5 では角谷美知夫(腐っていくテレパシーズ)の『ぼくはズルいロボット』の詩を流用。

CD-3 Dose(未発表)
阿木譲の所蔵品から発見されたカセットテープをデジタルリマスタリング。「Dose」とのみ記されており各曲名は不明。「Anonym」(79 年)と「Divin」(81 年)の中間に位置付けられる音楽性を持ち、1 枚のアルバムとしてほぼ完成している。

CD-4 Demo(未発表)
CD-3と同様、発掘カセットテープからの音源。荒涼としつつ何処か安らぎのある風景が走馬灯のように浮かんでは消える音のラフ・スケッチ。

CD-5 Today’ s Thrill(初CD 化)
ロックマガジン誌1980 年32号付録ソノシート(Vanity2005)として発表されたアルバム未収録曲。ソノシートから宇都宮泰がリマスタリング。

remodel 28 V.A. 『VANITY DEMOS』

発売日:2020年4月14日
定価:¥7,000(-税別)
品番:remodel 28
仕様:□ブックレット8P
□ヴァニティ ロゴステッカー(大判)
□オリジナルボックス(135×135×22mm)
□CD6 枚組(紙ジャケット)BOX SET
□CD-1,2,4,5 はオリジナルカセットテープよりデジタルリマスタリング
□CD-3, はオリジナルマスターテープよりデジタルリマスタリング
□CD-6 はソノシート(flexi disc)よりデジタルリマスタリング

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V.A.
VANITY Demos

CD-1 DENSEI KWAN-P’ /
同時リリースVanity Music,Tapes&Demos(11CD BOX)の CD-9 と同内容
CD-2 V.A.-Demos /
同時リリースVanity Music,Tapes&Demos(11CD BOX)の CD-10 と同内容
CD-3 SYSTEM-Love Song /
同時リリースVanity Music,Tapes&Demos(11CD BOX)の CD-11 と同内容
CD-4 TOLERANCE-Dose /
同時リリースtolerance(5CD BOX)の CD-3 と同内容
CD-5 TOLERANCE-Demos /
同時リリースtolerance(5CD BOX)の CD-4 と同内容
CD-6 TOLERANCE-Today’ s Thrill /
同時リリースtolerance(5CD BOX)の CD-5 と同内容

remodel 28
14.Apr 2020 release
7.000yen+tax

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ヴァニティから作品を発表した5アーティスト:TOLERANCE、DENSEI KWAN、SALARIED MAN CLUB、ONNYK:Anode/Cathode、SYSTEMの未発表音源と初CD化音源を収めた6枚組CDボックス。阿木譲の所蔵カセットテープから発見された作品や今回新たにアーティスト側から提供された楽曲、ロックマガジン誌付録ソノシート曲など貴重な記録作品集。

<作品概要>
CD-1 DENSEI KWAN-P’(未発表)
阿木譲の所蔵カセットテープから発掘された未発表アルバム。40年近く前の作品とは思えない斬新さ。

CD-2 V.A.-Demos(未発表)
「Music」と「Tapes」に収録された3アーティスト(SALARIED MAN CLUB、ONNYK:Anode/Cathode、DENSEI KWAN)から新たに提供された当時のデモ音源を編集したコンピレーション。

CD-3 SYSTEM-Love Song(初CD化)
大阪で短期間活動した女性5人組。ロックマガジン誌1981年36号付録ソノシート(Vanity8102)。オリジナルマスターテープを宇都宮泰がリマスタリング。

CD-4 TOLERANCE-Dose(未発表)
阿木譲の所蔵品から発見されたカセットテープをデジタルリマスタリング。「Dose」とのみ記されており各曲名は不明。「Anonym」(79 年)と「Divin」(81 年)の中間に位置付けられる音楽性を持ち、1 枚のアルバムとしてほぼ完成している。

CD-5 TOLERANCE-Demo(未発表)
CD-4 と同様、発掘カセットテープからの音源。荒涼としつつ何処か安らぎのある風景が走馬灯のように浮かんでは消える音のエスキース。

CD-6 TOLERANCE-Today’ s Thrill(初CD化)
ロックマガジン誌1980 年 32 号付録ソノシート(Vanity2005)となったアルバム未収録曲。ソノシートから宇都宮泰がリマスタリング。

KYOU-033 AUBE『2000-2003(6CD BOX)』

発売日:2019年11月15日
定価:¥6,000(-税別)
品番:KYOU-033

Amazon  https://amzn.to/2mHHK3i
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AUBE / 2000-2003(6CD BOX)

CD-1 2000
CD-2 2001 VOL.Ⅰ
CD-3 2001 VOL.Ⅱ
CD-4 2002 VOL.Ⅰ
CD-5 2002 VOL.Ⅱ
CD-6 2003

KYOU-033
15.Nov 2019 release
6.000yen+tax

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AUBEの活動円熟期と言える2000年代のライヴ演奏を収録した一連の「G.R.O.S.S.」CD-R作品を年代順に再編集して、2017年11月から6枚連続リリースしたCDをボックス化したものが本作である。CD6枚組BOX !!

<作品概要>
この時期のAUBEは初期のノイズ奔流から発展し、厳選したトーンをレイヤー状に丁寧に積み重ねた電子音響へと変化したが、常に一つの演奏において一つの音素材のみを用いるというコンセプトは変わらず貫かれている。
CD-1 2000(KYOU-015)
(1) 2000年10月27日、ベルギー:ブリュッセルでの演奏を収録。
(2) 同年4月5日、カナダ:モントリオール。
CD-2 2001 Vol.1(KYOU-016)
(1) 2001年12月14日、大阪心斎橋のアート・ギャラリーFukugan Plus。
(2) 同年2月26日、大阪難波ベアーズ。
CD-3 2001 Vol.2(KYOU-017)
(1) 2001年6月17日、カナダ:モントリオールにある使われなくなった巨大なサイロ(穀物貯蔵庫)を楽器/音響空間として活用するユニークな試み「サイロフォン」プロジェクトにカールステン・ニコライ:アルヴァ・ノトらと共に招聘された時の演奏。
(2) 同年6月21日、米ミシガンのラジオ局WHFRで行った放送用ライヴ。
CD-4 2002 Vol.1(KYOU-018)
(1) 2002年5月26日、難波ベアーズで毎年開催されるノイズ祭典「Noise May-Day」出演時。
(2) 同年3月29日、心斎橋Fukugan Plus。1980年代初頭にAMDEK社が組み立てキットとして販売したパーカッション・シンセサイザーPCK-100を使用。
CD-5 2002 Vol.2(KYOU-019)
(1) 2002年5月3日、芦屋山村サロン「阪神淡路大震災復興支援チャリティ・コンサート」での演奏。
(2) 同年5月2日 山村サロンでのライヴ前日に京都東山の自宅Studio Meccaで録音したリハーサル音源。
CD-6 2003(KYOU-020)
(1) 2003年4月25日、大阪新世界ブリッジ
(2) 同年5月16日、京都三条カフェ・アンデパンダン
(3) 同年10月12日、京都木屋町club EAST
(東瀬戸悟)