VANITY INTERVIEW
② DEN SEI KWAN

VANITY INTERVIEW ② DEN SEI KWAN
インタビュアー 嘉ノ海 幹彦



『DEN SEI KWANは惑星の中で明滅する電気信号を待っている』

Vanity Rcordsからリリースされたミュージシャンが当時何を考えていて、そして今の時代の中で何を考えどのように読み取っているのか。
次はDEN SEI KWANこと斎藤英次にインタヴューすることにした。DEN SEI KWAN の「Pocket Planetaria」は、Vanity Rcordsのカセットテープ集である「ノイズ・ボックス」の第3作目として1981年5月にリリースされた。
さてインタヴュー方法だが、全てメールにて行った。はじめに『ロック・マガジン』や阿木譲との関わりを送った上で、こちらからいくつかの質問を送信し、回答をもらい会話するという形式を採った。
もちろんメールによるメリットとデメリットもあるだろうが、直接会話するより考える(思い出す?)時間もあり整理もできてよかったと思う。また質問からどんどん乖離することもあったが、最終的には趣旨に沿うようにまとめた共同作業となった。
—————————————————————————–
少し彼の音楽について記載したい。DEN SEI KWANの作品は電子的ではなく電気的である。電子は電流となって伝わる。それは植物と栄養素との関係に比喩されるイメージだ。
植物が生きていくために、摂取しなければならない栄養分を「必須要素」といい、17種類ある。そのなかで植物が成長に必要かつ重要な要素は、チッ素(N)、リン酸(P)、カリウム(K)だ。
しかし、植物はイオン化した状態でないとそのままの形では吸収できない。

同様に電気は我々自身をも様々に形態を変容させる。つまりは電気のなせる業なのである。それは言語といってよい。アルゼンチンの作曲家ベアトリス・フェレーラは「私の音楽は言語だ。」といっているが、音楽は植物が成長に必要な要素を摂取するように電気の作用が音楽を通して我々に現象/風景をもたらす。
そして血液の中の記憶にも交じり合うだろう。

==========================================

★DEN SEI KWAN:斎藤英次
●嘉ノ海幹彦

●Vanityからリリースされたのはどのような経緯でしたか?

★多分、テープを送ったからです。

●編集部ににテープを送って頂いた時期は『ロック・マガジン』がB5サイズに変わった時期で、工作舎とも疎遠になりつつありましたね。B5サイズになった最初の特集が「INDUSTRIAL MYSTERY MUSIC=工業神秘主義音楽」でした。あの時点ではインダストリアルってジャンルはなかったです。

★B5サイズになったのは81年ですよね。だとすると最初のテープ(VanityTape)送ったのは79年か80年ですかね?
●B5サイズは1981年1月からですね。東京事務所を閉じて、それまで発刊した『ロック・マガジン』も古書店などに清算して、大阪の編集室も引っ越しました。
1980年11月発刊の特集エリック・サティ Funiture MusicのLAST WARDで阿木さんがカセットテープの募集をしていました。その時かも知れませんね。

★そうです。多分その阿木さんの募集記事に感化されて音を作り始めたのだと思います。そして最初に送ったデモテープがVanityTapeのやつです。

●テープを送る際に何か想いなどありましたか?
『ロック・マガジン』に掲載されていた「ポケット・プラネタリーム概論」が気になりました。

★あまり記憶にないです。「ポケット・プラネタリーム概論」はその頃『ロック・マガジン』と同時に工作舎から出てた雑誌『遊』も読んでたので、その影響と思われます。

●僕は元々『遊』創刊号からの読者でした。稲垣足穂とかも好きで今でも現代思潮社の足穂大全ありますよ。『ロック・マガジン』や阿木さんと出会ったのはもっと後でした。でも『ロック・マガジン』の編集をしていた頃、松岡正剛さんや工作舎の方々には大変お世話になりました。

★僕が読み始めたのは『遊』10号あたりからです。『ロック・マガジン』も多分その前後からです。
『遊へ組』で斎藤英嗣名義でちょっと文章書いてます。

●そうでしたか、遊塾のころですね、友人も何人か遊塾生になりました。へ組とかち組とかもありましたね。見つかれば読んでみます。

★遊塾ありましたね。松岡正剛さんの宗教ぽかったですね。

●Vanityリリースの際には阿木さんか『ロック・マガジン』の編集者と話をしましたか?
当時はメールとかはなかったので手紙か電話しかないですね。

★なにも無かったです。Vanity Tapeとしてリリースされるのを知ったのも『ロック・マガジン』の誌面でです。
●えっ、そうでしたか。失礼な話ですね。

★って、嘉ノ海さんも1979から1981年頃なんだから編集者だったんじゃないですか!?

●すいません。。。(汗)そのあたりはホントいい加減だったと思います。

●Vanityからカセットリリースされた時はどう思いましたか?

★リリースされた事は舞い上がるほど嬉しかったですが、それよりも先に『ロック・マガジン』に僕の音楽に対する阿木さんの感想が載ってたことのほうが感動しました。

※福島市に住む斎藤英嗣のこの「電精KWAN」はいいテープだ。ホワイト・ノイズをこんなにうまくリズムにして黄色ラジカルと通じるようなセンシティヴな音楽だ。電子の舞踊というか躍動的な生のエナジーで満ちている。特にサイドBの「サハラ鉄道」「Pocket Planetaria」「Plastic Garden」は圧巻だ。彼のレコードをいつか作りたい。”因果交流、電燈は少年のズボンの隠しでカチコチなる一箇のビー玉であります”(ポケット・プラネタリーム概論)のコピーが添えられてある。タルホ・ランドの住民だな。(1981年3月『ロック・マガジン』02号「騒音仕掛けの箱に吹き込まれた風景」阿木譲)

●ところで、カセットテープというメディアについてですが、今でも音楽を記憶するものとしてお使いですか?新しい音楽でもカセットリリースとかありますよね。

★カセットテープはよく買って聞いてます。たぶんレコードより多いです。
音楽を記憶するものとしては使ってません。ですが、カセットリリースには魅力があります。

●近年カセットリリースが多くなってきているようですが、どんなところに可能性を感じますか?

★チープなカセットテープレコーダーで聞くのにインダストリアルノイズはあっているのだと思います。

●当時と比べてもリリースもWeb環境と連動しているとか。Webで調べ物とかメールくらいしかしないので、詳しくないですが、bandcampやsound cloudなど対外的に音源を発表したり、リリースするのが容易になっているのですね。ヴェイパーウェイブとか興味ありますか?

★Arcaとかは好きですが特にジャンルにはこだわりは無いので、要は何をサンプリンしてどう繋ぐかだと思います。

●DEN SEI KWANの由来は?名前に対する想いなどあれば教えてください。

★ベタなんですが電精館。電子と精子、あるいは電気と精神の館。

●当時聴いていた音楽は?叉影響を受けたアーティストやレーベルは?

★『ロック・マガジン』に載っていて福島の田舎で手に入るものは夢中で聞いてました。
当時の曲で今でも聞けるのはJoy DivisionとThe Associatesくらいです。

●少し自分自身のことも書きますね。
実はJoy DivisionやDOME、Throbbing Gristle、Cabaret Voltaireとか昨年来聴きなおしています。読んだマーク・フィッシャーの影響もありますが、当時の記憶が蘇えります。ただ記憶は変質するので信用していませんが(笑)。

●現在関心があるアーティストは?

★Andy StottとかRestive Plaggonaが好きだったんですが今はいません。

●上記質問の関連ですが、2020年の音楽をどのように読み取っていますか?
(ヴェイパーウェイブなどの動きも含めて)

★何も読み取っていません。最近僕は好き嫌いしかありません。

●現在の後期資本主義的社会をどのように感じていますか?
特に人と社会との関係性において、またNet社会や次世代5Gなどの環境にどのように対峙しようとしていますか?

★資本というのは欲望ですから、それを売ってるので、多分人間がも少し変わんないと どこまでも不幸でしょう。
Net社会とかは何とか対峙したいのですが今のとこやられっぱなしです。

●今後の活動のプランは?

★音楽をまた作りはじめようと思っています。

●最近読んでいる本とかありますか?

★3.11以来、最近やっと本が読めるようになり、いま手許にあるのはマーサ・ナカムラ『雨をよぶ灯台』、カルロ・ロヴェッリ『時間は存在しない』です。

●カルロ・ロヴェッリ『時間は存在しない』は面白そうですね、読んでみたいです。

●これからの音楽芸術はどのようになっていること思いますか?
またあなたにとって音楽とは?

★資本主義と芸術は暗黒化し、いま芸術はどんどんサブスク化してます。
音楽以外の芸術で、たとえば文学がサブスク化の優等生だろうし、そのデジタル化と並走する形(暗黒啓蒙とそれの加速主義によって)でダメになって行く経済のたぶん芸術は通奏低音です。

●ドローンは21世紀になってからずっと関心があります。もちろん音楽用語とかジャンルではなく、ドローンは「繋ぐ」とか「受け渡す」とか「引き受ける」とか「予感する」とか「見出す」とか。。。と読み取っています。
音の痕跡に意味を見出すこと。だだし感覚で。Speculative Solution(Florian Hecker)にはなりませんが、思索するヒントにはなるかも知れません。

少しだけ後期資本主義に関してコメントします。2018年に阿木譲が亡くなりましたが、その頃からマーク・フィシャーやCybernetic Culture Research Unitの関連などの本を読んだりしています。
かつて関わっていた『ロック・マガジン』をやめたころからポストモダンの思想が日本でもニューアカといわれ、今では教授に成り下がった人により紹介されていました。
しかしその後、世の中では分裂症患者は激減しうつと発達障害が増加しているとのこと(友人の精神科医の話による)。晩年の阿木さんはドゥルーズとか読んでたそうですが、1980年当時のように時代を読み取ることは出来なかったような気がしています。
ただやっぱり音楽が一番早いのです。これは僕が阿木さんから学んだ一番の思想です。
ニック・ランドの加速主義は資本主義的に速度を上げて資本主義自らを瓦解させることを目論んでいるのでしょう。今イギリスから上海に移住して思想を展開しているらしいです。
『現代思想』2019年6月号で「加速主義」を特集していましたが、しかし音楽を聴いていないとわからないし読み解けないでしょうね。
マーク・フィッシャーの『資本主義リアリズム』の中に書かれているのですが、イギリスの大学ではあるテーマのもとに集められた授業科目群をモジュールといい教師(フィッシャーも含め)は、モジュール・リーダーと呼ばれクライアント(学生)に対して、評価や次年度への変更提案、学生からのフィードバックをまとめて報告する。その成果を「発展率」「履修放棄率」と共にデータとして割り出し報告する。その仕事量とデータの渦によりうつ病の教師が増えてきているということが記載されていました。
そんな教育のサブスク化が進んでいるようです。自分の仕事は人事管理業務に情報システムを導入することなのですが、人事評価システムの中でも同様のことが行われています。これも後期資本主義の一端である気がしています。

●最後の回答ありがとうございます。
今後の活動を期待しています。


——————————————————————————-
《番外のやり取りより》
●1981年9月の『ロック・マガジン』05号で特集した目に見えない「SUR-FASCISM」が本質を変えずに変容して現れてきているような気がしてます。だからこそ、生き残りましょう。

★昨夜はRM05号に読み耽ってしまいました。SUR-FASCISM!
当時はSUR-FASCISMとゆわれても実感がなくダークでカッコいいファッション的なとらえ方でしたが、唯今の「失われた未来」感から来る、新反動主義。加速主義。
ダーク・エンライトメント(暗黒啓蒙) と嘉ノ海さんが言うように本質を変えずに変容して現れてきたと本当に思います。というか僕のVanity Tapeの『Pocket Planeteria』に限ってですが、いまのノイズミュージックに似てるという人がいて自分でもそう思うのですが、しかし決定的な違いは暗さです。当時40年前の暗さは世紀末に向かうポーズのようなもので、いまは圧倒的に暗黒です。

●ルル・ピカソの表紙の『ロック・マガジン』は今の時代に読み返すと面白いです。
1981年当時はジョルジュ・バタイユが既に「シュル・ファシズム」といってるとか全く知らなく、勝手に新しい概念/新しい造語として編集していました。日本独自の明治政府が作り出した天皇制という社会理念の構造がモダニズム(近代主義)と絡みながら自分自身の身体のうちにもあることをシュル・ファシズムと名付けました。今の日本政府が疫病に対して行っている行政の態度は戦前と変わりないと思います。しかし政府にとって本気で今が戦争状態だという認識もないのでしょうが、「一緒にがんばりましょう」とかのスローガンは「欲しがりません、勝つまでは」に聞えますね。 日本で暴動が起こらないのは、天皇がいるからだと思います。(決して天皇制を賛美しているわけではありません!)だからナチスと決別したドイツと違い、国の保障も言葉の遊びのようにあいまいな政府になっていてるのだと思います。
『ロック・マガジン』では2拍子(行進曲)と電子音楽のDAF、野鼠(ペスト)を意味するディー・レミング、ナチスを財政面で支えたクルップス家の名前を冠したディー・クルップス。付録のソノシートはディー・クルップスでした。日本で一番初めにノイエ・ドイチェ・ヴェレを最初に紹介した号でした。

==========================================
★インタビューを終わって

嘉ノ海さんの「VANITY BOX 2020」のテキスト(KYOU RECORDS)、拝見しました。阿木さんの意思を音でに対して言葉で残すとゆう感じがしました。
僕の「P’」への感想でDOME(ドーム)→天蓋音響とゆうイメージがありましたが当時ヘッドホンを使ってミックスしていた時、まさにそんな感じだったのを思い出しました。
さて、今後ですが、先にちょっと書いたと思いますが、僕は福島市にいて3.11の後遺症的なのをいまだに引きずっています。あの時、絶望してそのままずと終末感状態なんです。当時、兼業農家をメインにグラフィックデザイナー、売れない漫画家(斎藤種魚)をやってたんですが、それらをすべて手につかなくなってしまいました。本も読めなくて、せいぜい文章はTwitterが精一杯でした。音楽もヴォーカルの入った曲は聞けなくてそんな時、阿木さんのブログに再会して阿木さんが紹介する「物が悲鳴をあげてるような音」に安らぎました。また音楽やろうと思いました。それから彼が紹介してる音楽を片っ端から聞きあさりました。ところがネットの世界は膨大でいつになっても小高い丘から俯瞰する全体を一望できる感じになんなくて、ただただ何もせず時間と情報の追いかけっこって感じでした。それで、あっという間の9年なんでずいぶんもたもたしてます。
なんか若い人には申し訳ないですが僕は終末感にどっぷり浸かっていて、それでそんなに焦りがなくそのうち音楽やろうとか、隠密書房を立ち上げて本を出版しょう、いやその前に音蜜工場で音楽をリリースするぞとか変な開き直りの夢があります。暗い気分なんですが……。

●インタヴューを終わって

彼からのメールに「音楽をまた作りはじめようと思っています。」という返信が嬉しかった。どんな音楽で新型コロナウイルス以降のこの世界と繋がっていくのか。
最後の質問は具体的にどんなことを考えているのか。発表形態はどうか、ライブとか、ネット配信とか、TAPEやCDとか。。。。DEN SEI KWANが今後どんな展開をしていくのか。本当に楽しみである。

デヴィッド・リンチ監督のアメリカ映画『イレイザーヘッド』の主人公ヘンリーに起きる出来事には常に電気の迸りがあった。
電気は本の少しの作用で電気スタンドは反応し光は闇の中で明滅し火花を散した。惑星における電気の作用について思い出していた。
ヘンリーの化身(我々の化身でもある)である暗黒惑星の住人が、工業神秘主義音楽の響きの中で油の臭いのする歯車のついた機械を操作するシーンがある。ここでも電気の作用があるのはいうまでもない。
さて電精館の住人は暗黒のこの時代の中でどんな音楽を奏でるだろう。

最後に対話の相手を務めてくれた斎藤英次氏と故阿木譲と交流があり斎藤氏を紹介してくれた東山聡氏に感謝します。