VANITY INTERVIEW
④ PLAZMA MUSIC

VANITY INTERVIEW ④ PLAZMA MUSIC
インタビュアー 嘉ノ海 幹彦


『光の中で紡ぎ出される音楽』

今回のインタヴューはイイダミツヒロ。彼とは昨年2019年に強い共時性(synchronicity)をもって再会した。フォーエヴァー・レコードの東瀬戸悟くんに誘われて初めて「難波ベアーズ」に行ったときに40年ぶりに彼と会った。
その際に『ロック・マガジン』の編集室で話したことなど一気に記憶が蘇えった。ただしB.C.Lemonsなど彼の音楽活動は見ていない。その後Vanity Recordsの再発の話があり、またこのように会話をすることになるとは。
基本的なやり取りは質問と回答の繰り返しで行った。今の時代に何を考えどのように生きようとしているのか。同時代を生きた同志としての彼の感覚を感じたかった。
さて前置きはこのくらいでイイダくんと話をしよう。

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▼イイダミツヒロ(PLAZMA MUSIC B.C.Lemons)
●嘉ノ海幹彦

●昨年は、ベアーズで、それも偶然会うなんて、カール・グスタフ・ユングのいう共時性ですね。たぶん阿木さんが呼んだとしか思えなかった。だってベアーズ行ったのは初めてだったんですよ。このような経緯でイイダくんとメールのやり取りをするのはとっても嬉しいです。

▼ベアーズ初めてだったんですか?僕は30年ぶりに行ったんですけど、すごい偶然でこわいですね。たぶんあの日にしか会えなかった。
僕がはじめてあの四ツ橋の編集室に呼ばれて行ったとき、最初に簡単なインタビューを受けました。
それが嘉ノ海さんだったと記憶しているのですが、『ロック・マガジン』01号に記載されているのはその時の話を文章に起こしたものと一部僕が書いた文章だったと思います。

●それはPLAZMA MUSICの記事のことですね。あの時書いた部分と君の文章が一緒になって掲載されました。
しかし、このような再会を考えれば、この世界は霊的なものだと思います。本人が意図していなくても自然の力がこの世に作用して現実化(物質化)します。アンドレイ・タルコフスキーが映画で表現している「ソラリスの海」のようなものだと思ってます。だから、この前もすごく嬉しかったけど、反面「やっぱり」って思いました(苦笑)。

▼僕も個人的には何かが作用していると思います。また逆に何も作用していないのかもしれませんが。人間はまだそのへんのところはほとんどわかっていないのですが、その未知の領域に何らかの新しさがある。僕にとっての音楽はそこへ足を踏み入れるための手段だった。それは今もそうですが。

●さて、そろそろ質問したいと思います。Vanityの『MUSIC』からリリースされた経緯は?阿木さんから話があったのでしょうか?

▼80年の秋ぐらいに『ロック・マガジン』にテープを送って、しばらくして阿木さんから編集室に来てくれと電話がありました。

●ちょうど『MUSIC』を企画していた頃ですね。電話があったときにどう思いましたか?また最初に編集室で阿木さんと会ったときにどのような話をしましたか?『MUSIC』の話?

▼その時どう思ったかはあんまり覚えてないのだけれど、編集室では少し阿木さんと話した後に嘉ノ海さんと話したのではないかな?
またその日か別の日か忘れたけど阿木さんがアルバムのタイトルを『NOISE』にしようか『MUSIC』にしようか悩んでいるどっちがいいと思う?と聞いてきたので、僕はすかさず『MUSIC』がいいと答えました。このやり取りは覚えています。

●結果的に、阿木さんからタイトルは『MUSIC』にしたと聞きました。僕も『MUSIC』の方がいいと思いますよ、って感じでした。正解でしたね。当時はNOISEはまだ一般的ではなかったけど、その後WhitehouseなどのNOISEというジャンルが出てきた頃だった。個人的にはNOISEも音楽だと思っていたので、今でもNOISEって言葉は好きじゃない。

●『MUSIC』に参加したミュージシャンの記事は『ロック・マガジン』01号 1981/01 特集 INDUSTRIAL MYSTERY MUSIC=工業神秘主義音楽の誌面で、「この音楽家たち そして電気配線され」として掲載されていた。その中のP80-81に「PLAZMA MUSIC」として紹介されていますね。今読み返しても今の時代を現しているいい文章だと思う。どのような感じで音楽を作り始めたの?

▼78年頃からカセットデッキ2台による多重録音を始めた。『ロック・マガジン』がテープを募集していたのかどうかははっきりした覚えがないけれど、『ロック・マガジン』にはテープを送っていいと思った。他の音楽雑誌には興味がなかったので。
『MUSIC』に収められた「Green Brain」はバンドとは関係がなく、一人で録音したものです。

●そのあたりの話をすると、当時テープは募集する前から既に何本も編集室に送られて来てました。それは既にVanityから何枚かLPがリリースされていることや『ロック・マガジン』というメディアがあったことが大きかったと思います。君の「『ロック・マガジン』にはテープを送っていいと思った」というのは、僕らが求めていた事でした。一生懸命に雑誌を作り「こいこい、『ロック・マガジン』を読んで編集部に!」という思いで発行していた。だから、カセットが送られてくることがとても嬉しかったのを憶えています。
「Green Brainは一人で録音したもの」そうだったんだ。びっくりしました。ということは「PLAZMA MUSIC」ってその後結成したバンドだったのですね。「PLAZMA MUSIC」って名前は何か意味があるの?

▼そんなに深い意味はなくてちょうど読んでいた科学雑誌のようなものにプラズマの説明があって、その状態や音の響きに興味を持ったんだと思います。

●ちなみに、その後の「B.C.Lemons」というバンド名の由来は?結成した時は『MUSIC』リリースの時期とは違うよね。『ロック・マガジン』では田中浩一編集の時代ですね。「PLAZMA MUSIC」の他のメンバーは?どのような構成でしたか? バンドは5人だよね。そのあたりの関係は?

▼一人の多重録音で数曲できたのでそれをライブで演奏しようと考えた。それでその頃『ロック・マガジン』誌上で知り合った山野直子(後の少年ナイフ)とお互いの知り合いを集めてバンドをやり始めた。80年の夏ごろかな。
イイダミツヒロVo、ヤマノナオコBass、ツツイアツシDr、アサノタカユキG、ハヤシユカKey。その後「PLAZMA MUSIC」は81年の夏に解散。ライブは5月と6月に2回、難波のライブハウス「バハマ」でやりました。

●「一人の多重録音で数曲できたのでそれをライブで演奏しようと考えた」、それじゃあバンドだっていう発想が面白い。パンク的じゃないよね(笑)。山野さんは『ロック・マガジン』誌にバンドメンバーを募集していたね。編集部にも遊びに来たので憶えています。数年前ライブハウス「岡山ペパーランド」で偶然会って話をしました。
それで約1年バンドをやってどうでしたか?80年くらいからノイズとか歌のない音楽が主流になってくると思いますが、その後も「B.C.Lemons」とか歌ですよね。なにか理由とか言葉に対するこだわりとかありましたか?その後は?個人的な多重録音の世界に戻るのではなく「B.C.Lemons」を結成するわけですよね。

▼録音した音を流しながら演奏するといった方法も考えたのですが、何か違うなと感じていました。固定された音と今生まれてる音が混じり合う意味をとらえ切れなかった。
テープに固定化するときは時空をコントロールできると感じていたのに逆にライブでは時空がこちらを固定化していく。僕にとってはすごく大きな問題でした。いまだにわからないですが、、
絵画はライブ・ペインティングもあるけれど固定化してるのが常態なのに、音楽はほんの100年ほど前に有史以来はじめて固定化されたのだと思います。
これは配信の時代になってもさほど変わらない問題でしょう。演奏をそのまま録ったものと多重録音されたものは明らかに違うのです。前者はいわば記録です。多重録音は作品感が強いのです。どちらも音楽ですが、
なぜこんな話をしているかというと当時僕は、録音に可能性を持ち込むほどライブ演奏と離れていくという問題に突きあたりました。メンバー全員に僕が録音したこの感じを再現してくれなんておかしな話だと思っていたし、またそれぞれ自由にやってみてと言うと全く違う音場になっていった。。
それでPlazma Musicという5人編成のバンドが難しく感じてきました。

●イイダくんの問題意識は、たぶん音楽を作る上で誰でも抱える課題だと思います。ピアニストのグレン・グールドのように演奏活動をやめてしまって録音に活路を見出したり、逆にデヴィッド・チュードアのようにレコーディングをやめてライブ・エレクトロニクスに移行する音楽家もいました。
ただ、ライブ(演奏と聴衆)という問題はコロナとも関連すると思います。結局この問題は、自己と他者(人でも物でもオブジェクトといってもいい)の関係だと思います。音楽も絵画と同じ芸術作品なんです。ただ「音楽」には形がない、音は鳴る=聞えるけど減衰して最後は消えるので絵画や建築のように形はない。触れることはできない。「音楽」には楽譜はあるけどそれだけでは音がないので、そのものは「音楽作品」とはいえない。でもウイルスと同じで感染する。後は会場(場所)の問題もありますね。Web配信は自己と他者の関係性を変えていくと思います。この問題は是非とも今の時代に考えるべきだと思います。ここはもう少し会話したいなあ。

▼そうですね、またいろいろとお話ししたいですね。

▼バンドを休止して半年ぐらいかな、次は混沌としたものではなく、すっかり上空へ抜けた感じにしたかったのです。以前から好きだった紀元前B.C.という響きと合う言葉や意味を探していてLemonsを合わせました。ロック・バンドという形を変えたくてアコースティック・ギターとドラム・セットなしの打楽器とオルガンぐらいではじめました。

●田中浩一さんの編集時代にはどんな関わりがありましたか?やりとりとか。後で知りましたが、1983年くらいには『ロック・マガジン』にB.C.Lemonsは掲載されていましたよね。

▼時々阿木さんから呼ばれたりしてました。四ツ橋「パームス」の地下での音楽イベントがあって、蘒原君がライブ・ペイントして、「B.C.Lemons」が演奏するような形で、他にもいくつかバンドが出てたのかもしれません。その打ち合わせかな。田中浩一さんとも話をしているはずです。インタビューを受けた記憶もあります。

●カセットテープというメディアに興味があり、関連で聞きたいのですが、当時はカセットで多重録音していたのですね。今でもカセットテープは使ってますか?新しい音楽でもカセットテープのリリースとかありますよね。ヴェイパーウェイブとか興味ありますか。Web上でしかないような新しい音楽のリリース方法の多くがカセットテープなのですよ。CDとかと比べても情報量が少ないし音質もよくないしテープが伸びたり切れたりするし。
▼当時録音するのはカセットテープしかなかった。オープンはテープも機械も結構高額でしたから、この家で録音できるということが画期的なことだったと思います。それまで多くの人にとって音楽は聴くか演奏するだけだった。特に70年代の終わりごろ4トラックのカセット多重録音器が発売されたことが大きな変革だったと思います。当時から1990年代中ごろまではメモ的なものは全部カセットで録音していました。今も時々使用しますが主に再生がメインです。録音はデジタルレコーダーにしています。
カセットテープの音は独特な音だと思います。レコードも実際溝が刻まれています。テープも磁気の動きをそのまま刻んでいるようなものです。その物理的にものが動いている圧力めいたものを人が感じている音だと思うのです。

●4トラックのカセット多重録音器は、確かに画期的でしたね。1979年はウォークマンが生まれた年でした。カセットテープを利用した4トラックのマルチトラック・レコーダーがティアック社から同じ1979年に発売されていますね。当時友人のミュージシャンがオープンリールの8chを持っていて、テープに各パートを録音してました。バスドラ、スネア、ハイハットの音を録音して、セラミックのハサミを使って、そのテープを切り貼りして作ってましたね。演奏できなくても音楽が作れる。ヒスノイズ交じりのアナログの世界で、手作りの音楽でした。電子音楽の世界になると2000年位にはレコードのクラックル・ノイズを意図的に使うようなものが出てました。今は結構使っているミュージシャン多いですね。
そもそもテープは時間が経過しているので、記憶と関係があります。ジョン・ケージが音楽で一番重要な要素は何かと問われ「時間」と答えていました。晩年は時間に関係する作品ばかり作曲してましたね。

▼たぶんTEACの後に発売されたミキサー付きのYAMAHAの物だったと思います。その後ミキサーを購入してTEACの単独デッキ型の4トラックを使用しました。

●当時(1980年81年くらい)聴いていた音楽は?叉影響を受けたアーティストやレーベルは?

▼パンク以降からオルタナティブへの流れは大変興味のある事でした。必然的にそうなるとも思っていましたが、それは同時にロック・ミュージックがムーブメントから離れて個人的な傾向を強くしていくことを意味していたと思います。つまり当時の他の音楽を聞いて「僕もこういうことをしよう」などと考えることはもう違うのではないかと。僕が音楽を作ろうとしていなかったらそれらを聴くことをもっと必要としたかもしれない。
また一方で楽器や録音機材にお金が必要でレコードを買うことができなかったということもあったと思います。以前から持っていたマーク・ボラン、シド・バレット、ベルベット・アンダーグランドのレコードを聞いていました。もちろん当時の音楽も聞いていました。初期のトーキング・ヘッズ、ドルッティ・コラム、トーマス・リア、ロバート・レンタル、など。

●自分で新しい音楽を作り出そうとしていたのですね。先ほどパンクじゃないっていいましたが、なぜパンク以降にオルタナティブって必然と思ったのでしょうか?パンク・ミュージックがニューヨークから始まってイギリスでファッションも含めて洗練され商業的にも成功しました。その動きに触発されてジョイ・ディヴィジョンあたりがポスト(先に行く)として出てきたのではないかと思っています。
1978年ジョン・ライドンが「ロックンロールは死んだ」とメロディ・メイカー誌で発言したことと関連します。その頃から独立レーベルの百花繚乱の世界になるわけですね。だから、よくある(影響を受けたアーティストは?)って質問したけど、誰かの音楽に触発されてコピーしてって時代は過去のものになったってことだよね。トーキング・ヘッズやドルッティ・コラムとか、どんなところに惹かれましたか?
余談ですが、ヴィニ・ライリーがおじいさんになっていてびっくりしました。でもそれはそれでかっこいい。

▼パンクは、当時面白くない方向に膠着していったロック・ミュージックを60年代中頃までゆりもどして、リセットするような働きがあったのだと思います。もともとはロック・ミュージックは多様性を含んだ器を持っていたのだからそこからまたいろんなことができるようになったのだと。だからパンク以降の展開はごく自然にそうなるのだろうなと思っていました。
トーキング・ヘッズは『Fear Of Music』ぐらいまでかなデヴィッド・バーンの神経症的なのに元気な音とか好きでした。ドルッティ・コラムはその時の僕の心情に合ってたかな。お気に入りのバンドそれぞれがそれぞれの形を、しかも必然的な形を持っていたのです。ほんとうにエキサイティングなことでした。ロックミュージックの最後の夏の時代であったように思います。特にこれだけをというように当時の音楽を聴いていたのではなくて、聴ける範囲で聴いていました。でも本当によく聞いていたのは前にも言いましたがマーク・ボランやシド・バレットの音楽です。そこにはパンクやオルタナティブの根っこの部分、始まりの光があると感じていました。

●今現在関心があるアーティストは?

▼今のことは本当によくわからないのです。ただ現在の他者の作品に興味がなく拒否しているわけではありません。

●常に新しい音楽を聴いている(追いかけている)わけではありませんが、昨年からマーク・フィッシャーの音楽評論集「わが人生の幽霊たち――うつ病、憑在論、失われた未来」(eleking-books)を読んでいて、そこに出てくるthe care taker、burial、Bliss signalなどを聴いています。それ以外にも、晩年の阿木さんのやってた0g(environment 0g [zero-gauge] エンヴァイロメント ゼロジー [ゼロゲージ] )で活動している若い世代(といっても30代から40代くらい)のミュージシャンから教えてもらったりしてます。電子音楽系が多いのでポップな音楽はありませんが。機会があれば彼らにイイダくんを紹介したいと思ってます。いづれにしても、音楽なんでまずは聴いてみるのとそこから気配を感じ取ることからかな。時代精神と密接に関係しているので『ロック・マガジン』的に読み解きたいと思っています。

●質問の関連ですが、2020年の音楽をどのように読み取っていますか?(ヴェイパーウェイブなどの動きも含めて)

▼なので2020年の音楽と問われても考えたこともないことなので答えることもできません。2019年の音楽についても同じです。ヴェイパーウェイブもよく知りません。今は個人的に自分自身とまたほんの幾人かの人だけが僕の音楽を聴くだけです。

●現在の後期資本主義的社会をどのように感じていますか? 特に人と社会との関係性において。またNet社会や次世代5Gなどの環境にどのように対峙しようとしていますか?

▼現在が後期資本主義的社会なのかどうかはわかりませんが、まだまだ経済的な偏りは大きくなっていくと思います。結果としてこうなったのではなく、もともとこれを作り出すための仕組みであったように思います。富む者と無自覚に消費する者、火星へは富む者だけが行くのでしょうか?

●同感です途中までは。1980年以降から「欲望」の作り出すグローバルという複雑な世界は既に現出していたと思います。ジョイ・ディヴィジョンが音楽で提示していたと思いませんか?「富む者と無自覚に消費する者、火星へは富む者だけが行くのでしょうか?」という表現はどても気に入りました。その顕著な結果が富や生活レベルの格差だと思います。このリアリズム(現実世界)に対峙するにはカルマを伴った個が感じるリアリティ(実在感)しかない。イギリスのニック・ランドは、この世界は加速し最後には自壊するといってます。近未来のSF小説(例えばP・K・ディックやオーウェルの『1984』)のディストピア的イメージかも知れません。

●今後の活動のプランは?

▼表立った活動はほとんどしてません。自分とほんの幾人かが聞くために作り続けてはいましたが。ネット上で聴ける音楽という形がどういう意味を持つのかあまり理解できなかったのです。最近僕の断片的な音楽を気に入ってくれる人がネット上にあげたいという話があるので実際に体験してもいいかなと思っています。

●いいと思います。今のイイダミツヒロという身体を通して化学反応を起こした音を出せばいいよ。
これからの音楽芸術はどのようになっていること思いますか?またあなたにとって音楽とは?

▼音楽だけではなく19世紀後半からのモダンアートの興奮するような試みは、一通り終わったのではないかと思っています。また新たな領域が暗示的に提示され先端の人々がそれに切り込んでいくようなそのような時が来ればいいな、、それは僕の夢かな、、

●そうですね、オリジナルなものは出尽くしていると思います。だからファインアートもなくなるかも知れないですね。概念しか残らないかも。身の丈にあった、一番身近にある概念的な世界になるような気がしてます。だからやっぱり音楽は面白い!!

●最後の質問です。ウイリアム・バローズは「言語は宇宙からのウイルスだ」といったわけですが、そもそも音楽はウイルスだと思っています。音楽は形がなく伝染しますし、感染した人の意識を変容させますし、人生を変える力を持っています。新型コロナ・ウイルス=パンデミックの同時代に対してどのような感想を持っていますか?

▼そうですね。人類は過去何度か疫病やウイルスのパンデミックを受けてきていますね。その大きな波の中で社会の変容もあったわけですが、
僕はそれによって人類自体が大きく変容することはないのではないかと思います。今回も社会制度や風習、経済の状況は変わるでしょう。
ただ収まるときが来ればまた何事もなかったかのように戻ってしまうのではないか。人類全体とはそういうものだと思うのです。
変容はごく限られた人々の内に起き、それらを必要とする者、理解するものの中に伝播します。
人類全体はそれをいつ受け取ったかもわからないような形で知るということだと思います。
人類全体は無自覚なので逆に言うとタフです。
ペストの時にヨーロッパの人口が半世紀で半分になったと聞きます。しかし現在の人口は77億です。
もし何かのパンデミックで半数が死んでもまだまだ種としての数は十分ではないか?
むしろ暮らしやすくなる可能性さえあるのではと考えると少し怖い気もします。話がずれてしまいましたか?
言語や音楽はいわば情報です。おっしゃるとおり伝播し相手を変容させます。しかしそれは本当に必要とする者にだけだと思います。
現代の人類はとりあえずモダンアートを知っているのです。19世紀の人類が理解しえないことを。
しかしそれらを生み出した人、また本当にそれらを必要とした人々に起こった変容とは種類が違うのだと思います。

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イイダミツヒロとは音楽以外の会話も行ったので、その中からやりとりをいくつか掲載します。

《映画の話》

●アンドレイ・タルコフスキーの映画『ストーカー』見たことありますか?「ゾーン」(何かが起こった地域)の案内人である主人公のストーカーと同じ仕事をしているヤマアラシの話が出てきます。「ゾーン」では自分の想念が現実化する場所です。ヤマアラシは「ゾーン」の中で愛する死んだ自分の兄をよみがえらせて欲しいと願います。そして現実社会へ帰ってきたときにヤマアラシは大金持ちになってしまったという。つまり霊的な働きは単純に物質化するだけではないのです。

▼90年ごろかな、夜中にテレビでタルコフスキーの特集をやっていて全部録画したのですが、なぜか最後まで見ることができず。僕はタルコフスキーのいい鑑賞者とは言えませんね。またトライしてみます。ちなみに僕はブニュエルや川島、溝口あたりを何度も見てしまいます。

●ルイス・ブニュエル、溝口健二、川島雄三か、川島以外は見てますね。溝口については、『雨月物語』などの着物などの時代考証をした日本画家の甲斐庄楠音のことを書いておきますね。あまり紹介されませんが、甲斐庄の絵の情念性はなかなかすごいです。日本画ってほとんど関心がないのですが別格に好きです。

▼甲斐庄楠音どこかで見た名前だと思っていましたら、「ある映画監督の生涯」の本の中で見た名前でした。元禄忠臣蔵から時代考証でかかわったと。画像などネットで見てましたら甲斐庄氏は楠木正成末裔を自称した一族との情報もありました。楠音はその文字をとったのでしょうね。
関係ないのですが、僕の家の近くに真言密教系の寺がありまして、その本尊が千手観音菩薩で矢受観音とも身代わり観音とも呼ばれているのです。その観音に伝説があるのです。楠木正成が尊氏の軍との戦いの前にこの寺で祈願し戦いでは多くの矢を受けたが不思議に無傷、戦いののち訪れるとその観音が矢を受け血を流していたと。
●千手観音菩薩の話は、ルルドの泉を思い出しました。個人的には、幼児洗礼ですがバプテスマを受けている関係もあり、こどもの頃カソリック教会に行ってたのでマリアの方が親近感あります。ちなみにロック・ミュージックってマリア信仰だと思っています。

▼中学がカトリックの学校だったのです。それまでキリスト教とは縁もゆかりもない生活だったので、大変興味深くその異教感を体験してました。各教室の黒板の上には血を流しぐったりしている男が十字架にかかっていました。隣接する教会に週に一回は集まりがあり、パイプオルガンで賛美歌を歌ったり、授業にも聖書の時間がありました。

●いい体験をしましたね。新型コロナ・ウイルス=パンデミックの世界にはそんな感覚をどのように持ちうるかということと絡めて感じました。 きょうレコードのHPの文章「『ロック・マガジン』とVanity Recordsと音楽的背景と当時のことなど 後半」の「工業神秘主義音楽」特集の箇所に20C初頭ドイツのゲオルク・ハイムという表現主義時代の忘れ去られた詩人の詩を全文載せました。原本は「モナ・リーザ泥棒」(河出書房新社)という絶版になっている短編集の最後の一文です。阿木さんに紹介したらすごく気に入って詩の中から部分的にローマ字で表紙に刻印しました。
改めて、「ぼくらの病気は、世界の日の終末に、その腐臭に耐えられぬほどに息苦しい夕ぐれに生きていることである。」という箇所が僕らの内なるコロナと共感されます。本当に恐ろしいのは外なるコロナではないことを改めて感じます。

【砂の星2010】

●作品を送ってくれてありがとう。(やり取りの過程でイイダミツヒロが2010年に作った作品を送ってくれた)

▼添付した音楽はテープエコー2台とシンセサイザーで作ったものです。こういった音の断片がたくさんあります。

●まとめて発表すればいいと思う。機会があれば聴かせてください。「砂の星2010」の感想(心象)を記載します。ゲオルク・フィリップ・フリードリヒ・フォン・ハルデンベルク=ノヴァーリスを思い出しました。憐れみの記憶、音はエーテル体となって木々の間を通り抜けます。地球を通り抜ける際に木の枝にゆがみの痕跡を付けていきます。同じ箇所を繰り返すことにより「けものみち」のような痕を残すのです。エーテル体はいつも黄泉のくにからやってくるものです。2010年の曲でしょうか。もっともっと長いといいと思いました。

▼僕の曲の感想もありがとうございます。ノヴァーリスは僕にとって大事な作家です。曲を聞いて彼を思いだしたと聞いてとても不思議な気持ちです。それを感じさせるような部分があの短い断片にはたしてあったのかな?と。何か表現された音にはその人の情報子のようなものが組み込まれているのかもしれません。
実は「砂の星2010」はもっと長い作品です。あれはカットされた部分になります。

●直接のコメントになってないですが、音源を出すということについてはいつもJ・S・バッハのことを思います。バッハの「音楽の捧げ物」って聴いたことありますか。自己表現でもなく、誰かに伝えるものでも聴かせるものでもなく、神的なるものに「捧げる」音楽です。というのは勝手な解釈でフーガの技法です。ちなみにアントン・ヴェーベルン編曲のものがいいですよ。でも近代においては作曲は個人の作品ということで発展してきた経緯があります。やはりレコードとかCDの方がYOUTUBEより好きですが。

▼また聞いてみます。バッハは平均律やマタイなど聞きます。けっこう偏った聴き方をしてると思います。平均律はグールドのやつをテープに録って逆回転で聴いたりします。。。もちろん普通にも聞きます。

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▼インタヴューを終わって

ロック・ミュージックはとっくに終わってしまったのだとしても、真に感覚的な音楽というものはまだ目覚めぬ脳や感性の中に見え隠れしている。
インタビューの中でも少し触れていますが、単純に歌える音楽と空間や時間を意識的に組み立てていく音楽というものはかたち上は相反するものだけど、砂の惑星のような音場の中で単純な旋律を歌ってみたいという思いがあります。どのような形で発信していくかはあまり見えていませんが少しそういう試みもしてみようと思います。たくさんのメールをまとめていただいてありがとうございました。また会った時にとりとめもなくお話ししましょう。

●インタヴューを終わって

イイダ君と呼ばせてもらっている。彼とは1980年に1回か2回くらいしか会っていないし何を話したかも憶えていない。このインタヴューでのやり取りの中で40年ぶりに再会した「意味」をずっと考えていた。
音楽が隣り合う音と音との関係性の中で出来ているとすれば、イイダミツヒロの音楽は聴こえないはずの「声」が聞こえてくるのではないか。音楽の中に時代を読み取るとは、その個人(エゴイズム)にどれだけ関係性を感じ経由した中に一回性である幽かなアウラを見ることが出来るのではないだろうか。そして彼が会話の最後に送ってくれた「砂の惑星2010」を聴きながらこんな事を考えていた。いつかそんな「意味」をもって全曲ヴァージョンを聴いてみたい。
最後になりましたが、誠実に答えてくれたイイダミツヒロに感謝します。新型コロナウイルスが落ち着いた頃にまた会おうね。