Vanity Recordsと『ロック・マガジン』1978-1981

Vanity Recordsと『ロック・マガジン』1978-1981
                 嘉ノ海幹彦(元ロック・マガジン編集/FMDJ)

『ロック・マガジン』が一番活動的だった1979年から81年にかけて、編集長・阿木譲の元で編集を行ない、生活も共にしながら濃密な時間を過ごした。この体験をもとに、インディーズ・レーベルの先駆けであったVanity Recordsの内実を書いておこう。

■Vanity Records始動
Vanity Recordsは1978-1981年刊行の『ロック・マガジン』と連動していた。というより『ロック・マガジン』の延長線上に存在し多数のアーティスト作品がリリースされた。
そのためリリース作品は『ロック・マガジン』誌面で展開していた音楽状況やコンセプト、思想、時代性が色濃く反映している。
またその時々で最先端のアーチストを選び、旬の作品群だということを強く意識して製作された。
『ロック・マガジン』15号(1978年1月号)のLAST WORDには、2年間暖め続けていたVanity Recordsの活動を開始することと、Vanity Records第一弾『浄/DADA』を1978年6月25日にリリースすることがすでに記載されている。以上の事柄をふまえると1976年の『ロック・マガジン』の創刊から阿木の念頭には既にvanity構想があったことが伺える。
併せて非常に興味を引くのが阿木と工作舎『遊』の松岡正剛との交流が始まったことが書かれていることであり、その後数年に亘り『ロック・マガジン』と『遊』は雑誌や編集を超えて人的交流も盛んに行われることになる。
Vanity Recordsもその例外ではなく、工作舎との関連から『遊』などの出版物を中心にパステル画を数多く描き装丁も手掛けていたまりのるうにいが、VANITY0002『Crystallization/SAB』1978/09のジャケットを描くことになった。
■Vanity Records当初の方針
Vanity Recordsに関して『ロック・マガジン』26号 特集「モダーン・ミュージック」(1979年8月号)に以下の記載がある(抜粋)
《vanity recordsは無名だが才能をもったアーティストにレコード製作という機会を活用し、このレーベルを足場により広範囲に活動できことを目的として発足された。
  Vanity Records方針として
  ①エレクトロニクス・ミュージック
  ②”家具としての音楽”シリーズ(現代音楽)
  ③歌謡曲業界への進出
  ④実験的な新しいヴィジョンを持つ音楽
   (パンク、ニューウエイヴ、フリーミュージック、現代音楽等)
  を追求し、レコード制作を行う。
  現在送られてくるテープによりオーディションを実施中。》
ここで②”家具としての音楽”シリーズ(現代音楽)について、Vanity Records発足当初、構想していたことを記載したい。
阿木は、イギリスの作曲家ブライアン・イーノが明確なコンセプトをもってリリースしたObscure Recordsの10枚組シリーズ(1975-1978)を強く意識していた。Obscureとは、Weblio 英和辞典によると、はっきりしない、ぼんやりした、不明瞭な、あいまいな、(複雑すぎて)あいまいな、解しがたい、人目につかない、へんぴな、世に知られない、(薄)暗いとある。その直後イーノはAMBIENTレーベルとして環境音楽(地図音楽)を展開することになる。
それに対して構想されていたVanity Recordsの”家具としての音楽”シリーズは中国北宋時代の「十牛図」をコンセプトとしていた。「十牛図」とは禅の修業を牧牛にたとえその過程を10の段階に分け「図」と「頌(じゅ)」により表現されたものだ。
「図」は水墨画で表現され「頌」はその絵に添えられた象徴的な言葉である。
戦後、思想家鈴木大拙(1870-1966)はアメリカで東洋思想を紹介しその中で「十牛図」も英訳した。鈴木大拙はアメリカの作曲家ジョン・ケージを始め様々なアーティストに強い影響を与えた。1972年にイギリスのSSWキャット・スティーヴンスが「十牛図」に沿ったアルバム『Catch Bull At Four』(「十牛図」の4枚目「得牛(とくぎゅう)」)を発表しており、阿木も愛聴していたので、「十牛図」のことは既知のことだった。
Vanity Recordsの「十牛図」は、音楽という時代表象と禅的な普遍性をもった10種類の表象(シーニュ/シニフィエ)とを時代精神というニューロンで結び付けたいという思いをもって企画された。
つまり、「十牛図」の「図」と「頌」に「音楽」を加えることにより、音楽という時代表現を通じて考える(公案)ための有用音楽は10枚組みLPとしてリリースが計画されていた。
Vanity Recordsの「家具の音楽」は単なるサウンド・インスタレーションとは全く異なり、問いかける有用性のある家具=道具としてのアンビエント・ミュージックとなるはずだった。しかし残念ながら実現することはなかった。
だが、そのコンセプトは確実に『BGM/Back Ground Music』や『Ready Made/Normal Brain』の作品に引き継がれている。(後述)
また、Vanity Recordsから”雅楽(四天王寺「蘇莫者」)”、”ヒカシュー”、”ノイズ(工藤冬里+大村礼子)”、”ウルトラ・ビデ”のリリース計画があったことを記載しておく。
■『ロック・マガジン』と連動したVanity Records展開
『ロック・マガジン』で告知し、その主旨に賛同する数多くのアーティストによる作品が編集室に送られてきた。
またカセットテープを持参し作品に対する考えを熱く語るアーティストもいた。
Vanity Recordsではアーティストが予め作成してきたテープを、録音スタジオでミキシングとリマスタリングをすることが多かった。
またジャケット・デザインやBOXの中のおまけも含め、装丁は全て阿木が行なった。
レコードのリリース枚数は各作品につき300から500枚のプレスだったと記憶している。
Vanity Recordsとは別に、『ロック・マガジン』1979年10月号~1982年1月号の各号には付録のソノシート(全て片面プレス)が添付されていた。各号の特集に合わせて多種多様なものが合計で12枚作成された。この内容は、Vanity Recordsからのミュージシャンによる未収録曲を含むカット・リリース、コンピュータ合成音響音、二十世紀初頭の音声詩朗読、取材時のインタヴューやライブ音源などである。
※内容の詳細については東瀬戸作成のWEB用補足資料リストを参照。

■『ロック・マガジン』主催Vanity Records関連イベント
『ロック・マガジン』主催の初めて対外的なイベントとして、1979年12月23日「NEW PICNIC TIME」を大阪芸術センターで開催した(協賛・ドイツ文化センター)。Vanity Recordsもミュージシャンによるライヴ、講演、ビデオ・アート、ジャケット・アート展示など、様々なジャンルのアーティストが一同に集合したイベントだった。”ミスター・カイト”(東京ロッカーズ)、”ノイズ(工藤冬里+大村礼子)”、”アーント・サリー”、”TOLERANCE”、”DADA”、”ウルトラ・ビデ”、あがた森魚、SAB、藤本由紀夫、向井千恵、端山貢明、松岡正剛、鋤田正義、ブライアン・イーノのヴィデオアート、グループ・メタモルフォーゼの展示などマルチメディアなイベントだった。
イベント名の「NEW PICNIC TIME」は、新しい時代の新しい遊び場の象徴として、”ペル・ウブ”のアルバム名より拝借した。
■Vanity Records
VANITY0001『浄/DADA』 1978/07
『浄/DADA』はVanity Records第1作目を飾るにふさわしい作品だ。ユーロプログレの系譜にある純粋に宇宙的音響の世界を表現した。初期の『ロック・マガジン』創刊~1977年1月(6号)を象徴している音世界であった。
時代性を排して外的世界の音連れは1曲目から地上の鼓動へと連動する。
天上界からのエーテル力は物質を溶かす働きがある。その意味で『浄/DADA』は1978年時点の天上の音楽ともいえる。
世紀末ロシアの作曲家アレクサンドル・スクリャービンが目論んだ神秘体験としての音の響きが、電子音楽の衣をまとい”DADA”の音楽として現前する。
VANITY0002の『Crystallization/SAB』では、宇宙に充満するエーテル体は『浄/DADA』とは異なった地球深部の凝縮力(=Crystallization)に向かい、この2作品でセットを形成している。

VANITY0002『Crystallization/SAB』1978/09
アルバムジャケットは、フランスの思想家ロジェ・カイヨワの『石が書く』に掲載された瑪瑙と、まりのるうにいによる工作舎のシンボルマークである土星のパステル画をデザインしたものだ。
土星の輪と瑪瑙の輪が弱い相互作用で存在している。惑星と地球との関係の中に”SAB”の音楽が響く。『Crystallization/SAB』はどこまでも内的でスペキュレーティブな作品だ。
物質が結晶化するにはほんの少しの不純物が必要だが、”SAB”の不純な響きがフランスの詩人シャルル・ボードレールの『コレスポンダンス(霊的交感)』のように「芳香と色彩と音響とが呼応しあい」結晶化する時の音楽を奏でている。
カイヨワは「石の中に宇宙の謎が文書として記録されている」という。まさに結晶化とは凝固する瞬間に受苦を伴いその魂を受肉させる。宇宙からのエーテル体の地上への働きかけに凝縮力があるからだ。
SABは、この作品を発表した後、ライフスタイルも変えインドの神秘思想家バグワン・シュリ・ラジニーシに師事し徐々に音楽活動から遠ざかっていった。
『Crystallization/SAB』は、彼のその後の精神活動を予感させる作品だ。

VANITY0003『アーント・サリー/アーント・サリー』 1979/05
パンクミュージックは時代への直接的キリスト衝動の発露としての音楽だ。それはその時代を生きた人だけが体験できる特権かもしれない。その後は心象風景となり、常に遠ざかっていく。
ただ状況を言語化しその歴史を探索し、その表象を発掘するのが歴史哲学としての役割だ。散歩した街路のショウウインドウの中に、ふらっと入った喫茶店の紅茶の香りに、さっき見かけた黒い犬に、古い雑誌の一枚の写真に、見逃せない痕跡を蜘蛛の糸のように絡めとる。ヒューのボーカルとビッケの引っかくようなギターが時代(いまここ)を逆なでする。
そして”アーント・サリー”は「文学」という鎧を纏い、武装し※ 無謀ではなく賢く果敢に戦場から撤退しながら、蝸牛の足跡のように時代へ痕跡を残した。そんなバンド、”アーント・サリー”の作品は、時代の恩寵としての音楽だ。
僕は通勤の護送列車の中でウォークマンに録音したアーント・サリーを繰り返し聴き時代からの逃走を計画していた。ハーメルンの笛に導かれるように。
”アーント・サリー”は、”INU”、”ウルトラ・ビデ”などと共にライブハウス心斎橋「バハマ」でよく聴いた。心斎橋「バハマ」という名は歴史に記憶されるべきだ。
※「文学的武装」とは、ウジェーヌ・イヨネスコの『禿の女歌手』やブレーズ・サンドラールの『世界の果てまで連れてって 』などを表象のファッションを纏うこと。

VANITY0004『ANONYM/TOLERANCE』1979/10
”TOLERANCE”は電子音楽とエロティシズムの系譜の音楽であり、匿名性のパンクミュージックの香りをほんの少し残す音楽でもある。
まだ言葉は記号ではなく意味するものを持っていた時代の記憶。丹下順子のプロジェクトはそんな痕跡が少しだけ感じられる。
エレクトロニクスは誰にでもどんな時代でもエロティックな響きを与えてくれる。
ポスト構造主義が日本の地霊に受肉するための恩寵なのか。電子音楽の拡張性は体験(深く聴くということ)を通じて聴き手(自分)を変容させる。
”ANONYM”とは匿名の意だが、なにものでもないもののための音楽だ。

VANITY0005『乗物図鑑/あがた森魚』1980/04
阿木から、昔からの知り合いであるあがた森魚から、再起を図るために手を貸してほしいと依頼されているとの話があった。当時のあがた森魚の事情は知らないし聞いてもいない。ただその取っ掛かりとして Vanity Recordsからアルバムをリリースするということだった。タイトルは『乗物図鑑』。
阿木の「コンセプトはテクノ・ポップであり、泣きの曲はなしだよ」、と始まった。
あがた森魚は自分のことを”A児(えいじ)”と名のった。製作期間は一週間。通常、録音からミックスまで一か月間近くを要する作業を、Vanity Recordsでは経費の関係から一日で”完パケ”まで持っていく慣わしだったが、あがた森魚の録音には二日間をかけるという”特別待遇”であった。
今から考えると、それでもたった二日間だった!!
メイン・サポーターである『Crystallization』のSABとは、その時に初めて会った。バグワン・シュリ・ラジニーシに師事していたSABはホーリー・ネームを名乗った。「僕はSABではない。これからはホーリー・ネームで呼んでくれ」と言ったが、みんなSABと呼んだ。当時珍しかったギター・シンセサイザーを持参していた。
サポートメンバーである藤本由紀夫とは大阪北浜の〈三越劇場〉で彼の作品を発表した時に声をかけて知り合った。事前打合せの段階で、あがた森魚と同じく稲垣足穂のファンである藤本由紀夫が足穂と瀬戸内晴美(寂聴)とのNHKラジオでの対談をカセットで保有しており、話の途中で足穂が飛行機の口真似をし始める箇所を編集し、「エアプレイン」(A面・四曲目)のイントロで使用した。足穂の声の後から藤本由紀夫のコルグのシーケンサーが演奏された。
このアルバムの「Rの回答」(B面・三曲目)で向井千恵の胡弓が聞ける。彼女は現在も定期的に即興演奏を中心にライヴ活動をしている。『ロック・マガジン』を通して知り合ったドラムは”飢餓同盟” の安田隆と”ウルトラ・ビデ”のTaiqui、ギターが”コンチネンタル・キッズ”のしのやん(篠田純)と”INU”の北田昌宏、そして『ロック・マガジン』編集の明橋大二がピアノを弾いている。
この録音でプログレ、現代音楽、エレクトロニクス、パンク、即興演奏の違った音楽の方向性を模索する多種多様のミュージシャンが集まったのも1979年を象徴している。
たった一週間でテレックスの「Twist a St.Tropez」は「恋のラジオ・シティ」(A面・一曲目)に、ジョイ・ディヴィジョンの「She’s Lost Control」は「サブマリン」(A面・三曲目)として結実した。「サブマリン」のバック・ボーカルは、ヒュー、向井千恵、竹内敬子。「連続香水瓶」(B面・四曲目)のミニマル・ミュージックはテリー・ライリーを想起させる。
コンセプトがテクノ・ポップだが、最後に録音した「黄昏ワルツ」(B面・二曲目)は、あがた森魚が一人でピアノを弾きながらの”一発録り”だった。
アルバムジャケットには、第2次世界大戦敗戦直後のドイツの写真を引用しデザインしている。敗戦国ドイツの少年が瓦礫の上で敵国アメリカの輸送機に手を振っている写真。まるで現代の少年十字軍だ。

VANITY0006『R.N.A.O Meet P.O.P.O/RNA ORGANISM』1980/05
佐藤薫の初期プロデュース作品。
”RNA ORGANISM”の一番初めの出現は、Vanity Recordsのミュージシャンが多く出演した1979年12月のロックマガジン主催のイベント「NEW PICNIC TIME」の匿名の観客としてだった。
頭髪を緑色に染めた集団。それは佐藤薫率いる時代に拮抗した過激派であり他の観客を刺激した。
当時佐藤薫が主宰(拠点?)していた京都河原町のディスコ「クラブ・モダーン」では、ダンスミュージックとして西アフリカの民族音楽をかけていた。何の加工もせずそのままの音源でリスナー(参加者)は朝まで踊っていた。
その「場所」は僕らが名付けたエスノ(エスノミュージックとテクノとを融合した)ミュージックの実験空間でもあったのだ。当然エスノにはジェイムズ・ブラウンなどのR&B、イヌイットの狩猟の音楽、日本の舞楽なども含まれていた。
イギリスでは”THE POP GROUP”や”THE SLITS”の音楽が新しい原始リズムを刻んでいた。二十世紀初頭ロシアの作曲家イゴーリ・ストラヴィンスキーの”春の祭典”のように…。
佐藤薫は現在も時代精神を反映した個人レーベル「フォノン」で時代の響き(ドローン)を発信し続けている。二十一世紀音楽は「響き」をいかに時代の背景音として捉えるかにかかっている。現在の彼の音楽的冒険はいわば二十一世紀にメタモルフォーズし再登場したパンクミュージックだ。

VANITY0007『SYMPATHY NERVOUS/SYMPATHY NERVOUS』1980/07
新沼好文の『SYMPATHY NERVOUS/SYMPATHY NERVOUS』は、商業主義的音楽集団”Yellow Magic Orchestra”に対する『ロック・マガジン』としての返答だ。
「YMO」の音楽のように時代に迎合した表象ではなく、あくまでも個的に自作の電子楽器UCGシステムやコンピュータを駆使し、夭折したドイツ表現主義詩人ゲオルク・ハイムのアフォリズムに登場する古参兵のように「それにもかかわらず敢えてなお」の精神性で作成された。
『ロック・マガジン』2007号(1980/09)誌上で新沼は、まず自分は音を生産する機械主義者であり、作品を作る行為のことを編集と語っている。また機械を使っている時にエロティシズムを感じることもあるとも。
だからこそ”SYMPATHY NERVOUS”の音楽は、エレクトロニクスでなければならなかったし、リアルな時代の快楽主義者達の音楽であり得たのだ。

VANITY0008『BGM/Back Ground Music』1980/09
白石隆之の作品。まだ高校生だった彼は大阪に来てVanity Records作品の多くをレコーディングしたサウンドクリエイションにおいて1日で録音した。
『ロック・マガジン』では「家具の音楽」を特集していたが、「家具の音楽」とは、元々フランスのベル・エポック時代の作曲家エリック・サティが「家具のように、そこにあっても日常生活を邪魔しない音楽、意識的に聴かれることのない音楽」をコンセプトとしていたものだ。「家具の音楽」の思想はその後ブライアン・イーノによって「Ambient Music」へと昇華させた。
Vanity Recordsの『BGM/Back Ground Music』(1980/09)もこの系譜に位置される。
1980年代以降音楽が新たな展開を見せる前夜に出された「Erik Satie Funiture Music特集」号(1980/11)では、サティの音楽や思想そのものの捉えなおしを行い、工業神秘主義音楽などオルタネイティヴな世界への準備を行ったのである。
その展開としての”Back Ground Music”は、ブルガリアの思想家エリアス・カネッティ『群集と権力』で記述されているアーケードの中の群集、大衆の中に存在する潜在意識、意識下で蠢く醒めた欲望機械のための音楽だ。
群集の複数の足音は、ある瞬間から創発性をおび時代の意味深長なリズムとなり、体内整流音楽へと変化する。『BGM』は突如として身体に現れる創発性の音楽として意識された。
ちなみに同じタイトルの「YMO」の『BGM』は1981年3月にリリースされたが、全く異なる音楽である。
なお現在、白石隆之は80年代に体験した音楽を昇華し今日の音としてリリースを予定しているときく。さてどんな響きを提供してくれるか楽しみだ。

VANITY0009『Ready Made/Normal Brain』1980/10
藤本由紀夫の『Ready Made/Normal Brain』は、”Kraftwerk”の「The Man Machine」の『ロック・マガジン』的回答としての音楽だ。
藤本由紀夫は、”Kraftwerk”の音楽についてエレクトロニクスをピュアに使用していることを評価していた。ピュアでありながら緻密、ジョン・ケージの音楽にも通低する。
1962年10月に来日した際にジョン・ケージが鈴木大拙と交わした会話で、ケージが「先生の講義で忘れられない言葉は、”山は山である。春は春である。”という名句です。私はその時に”音は音である”と霊感のように思ったんです。」と話している。
この大拙の言葉は、十牛図第9の「返本還源」のことを示している。
続けて大拙の「現代音楽というものは、非常に知的なものだということをいう人がおるが」という問いに対して、ケージは「それがあんまり、知的なものにならないように、一生懸命努力しているのです。知的なものじゃつまらない」「音は、ただ音であるようにしたいと」と答えている。(『芸術新潮』1962年11月号より)
『Ready Made/Normal Brain』に関連して『ロック・マガジン』01(1981年01月号)では”Normal Brain”のコンセプトシートを掲載した。
”Normal Brain”の由来は、19世紀イギリスの作家メアリー・シェリーのゴシック小説の『フランケンシュタイン』では若きフランケンシュタイン博士が死者を蘇えらせようとして、Normal BrainとAbnormal Brainとを取り違え「怪物」を生み出してしまった物語だ。藤本由紀夫は1世紀以上を経て、フランケンシュタイン博士が取り違えた「怪物」の脳を”Normal Brain”として蘇えらせた。
また、アルバムタイトルの『Ready Made』はフランスの美術家マルセル・デュシャンが、1917年に男性用小便器に偽のサインを入れ、「Fountain(泉)」というタイトルをつけて公募展に応募し、これは「これはアート作品だ」と言って、本人自らが「レディメイド」と呼んだことからの引用である。
デュシャン・フリークである藤本由紀夫らしい。
デュシャンは、音楽芸術に対しても「音楽的誤植」という概念も打ち出している。
イギリスの作曲家デヴィッド・カニンガムの「Grey Scale (1977)」の「Error System」もデュシャンを強く意識した作品だ。
藤本由紀夫は2015年デヴィッド・カニンガムとロンドンで二人会を開催したり、現在も交流しているそうだが、音楽へのアプローチはお互い影響を与え合っているのだろう。
藤本由紀夫は、”Normal Brain”以降も「音は、ただ音であるようにしたい」と思索し続けている。

VANITY0010-11『2LP MUSIC/V.A.』1980/12
ロシアのセルゲイ・エイゼンシュタイン監督映画『戦艦ポチョムキン』の中で登場する戦艦の叛乱に呼応するオデッサ市民のように、『ロック・マガジン』の呼びかけに多数のミュージシャンが作品を送ってきた。
”MUSIC”は音楽と題された作品だが、時代に対しての蜂起した作品群だ。その蜂起の仕方は13組のアーティストで多種多様であり、ひとつとして同質のものはない。
『ロック・マガジン』では、ジェネシス・P・オリッジが「industrial music for industrial people」として展開したindustrial musicを工業神秘主義音楽と名付けた。80年代の音楽は、この工業神秘主義音楽に代表される実験的でオルタナティヴな方向性へと変わっていく。
ロックでは”Cabaret Voltaire”や”Bauhaus”が登場し”Adam and the Ants”が「未来派宣言」を歌っていた。

VANITY0012『DIVIN/TOLERANCE』1981/03
『DIVIN/TOLERANCE』はVanity Recordsを代表する実験的で新しい時代に対する新たなヴィジョンを感じさせる電子音楽(エレクトロニクス・ミュージック)で、丹下順子による新「工業神秘主義」音楽だ。
フランスのベル・エポック時代にロシアの作曲家ニコライ・オブーホフは十二音技法を開拓した後「クロワ・ソノール」という十字架を模した電子楽器を開発した。時代への強い衝動は微分音階から無限音階を通り越し響きそのもののエーテル化を企てた。
この地下鉱脈のように引き継がれたかすかな電子音は、フランス語で「神」を意味する”DIVIN”という名を冠した作品の中で聴くことができる。
地上界と天上界の間で凝縮と溶解を螺旋状に繰り返すエレクトリックな音響音楽。
『DIVIN/TOLERANCE』はVanity Records最後のLP作品としてふさわしい。
しかし、果たしてわれわれは、響きと音階の構造に初めて気がついた古代ギリシャの哲学者ピタゴラス以降、ドイツの天文学者ヨハネス・ケプラーが惑星の軌道の中に夢み、ドイツの司祭アタナシウス・キルヒャーが試みた宇宙の神秘と真理の音楽、天界のメロディーを聴くことが出来るだろうか。

VA-S1『Polaroid/Sympathy Nervous』1980
VA-S2『Hide & Seek/Mad Tea Party』1980
VA-S3『You’ll No So Wit/Perfect Mother』1980
声はエレクトロニクスと同化し電子の一部となり、記号と非記号が電極の中を行き来する情念的音楽群だ。彼らの音楽は電子楽器を駆使し実験的でありながら同時にエロスも感じさせるポップ・ミュージックである。
1980年は、『乗物図鑑/あがた森魚』『R.N.A.O Meet P.O.P.O/RNA ORGANISM』『SYMPATHY NERVOUS/SYMPATHY NERVOUS』
『BGM/Back Ground Music』『Ready Made/Normal Brain』『2LP MUSIC/V.A.』が相次いでリリースされVanity Recordsにとってピークの年だった。
この3枚は同年に同時リリースされた。まさに時代がなせる業か。
■『VANIY TAPES』
 VAT-1『Gray Cross/Salaried Man Club』1981
 VAT-2『Denki Noise Dance/Kiiro Radical』1981
 VAT-3『Pocket Plaetaria/Den Sei Kwan』1981
 VAT-4『B.B.B./Invivo』1981
 VAT-5『Endless Dark Dream/Wireless Sight』1981
 VAT-6『Shibou/Nishimura Alimoti』1981
時代の表層のハイブリッド、もはや時代の速度に対応するため、カセットテープという衣装の纏いでリリースされた。
ここでジョン・ケージの”音は音である”という言葉を思い出して欲しい。もはや現前した音源を体験するのみであり、疑問や議論の余地はない。
『VANIY TAPES』の記録は記憶(血液)の中で再生産され、時代と共に常に新しく変質する。
ひとつひとつに深く耳を傾けて見ると、蝸牛官から耳骨を経て時空を超えて過去と未来の「音=響き」が聞えてくるであろう。
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注)『スペクテイター』44号拙文「はみ出し偉人伝・その1」より引用。

※ 文中敬称略

※WEB用補足資料リスト
<ソノシート> 1979〜1981年 ロック・マガジン誌付録 全て片面プレス。

MAX MATHEWS – The Magnetic Field of The Earth(vanity 2001)
 コンピュータ音楽のパイオニアの一人、マックス・マシューズによる地磁気を動きを音化した作品。

BRIAN ENO – The Voice of Brian Eno(vanity 2002)
 1979年8月6日、ニューヨークで阿木譲が行ったインタヴューから抜粋。

あがた森魚 – 恋のラジオシティ(vanity 2003)
 『乗物図鑑』からの先行カット。テレックス『Twist A Saint Tropez』がアレンジの下敷きとなっている。

NORMAL BRAIN – Frottage(vanity 2004)
 アルバム『Lady Maid』収録曲の微妙にピッチが異なる別ヴァージョン。45回転と表示されているが33回転が正しい。

TOLERANCE – Today’s Thrill(vanity 2005)
 2枚のアルバム『Anonym』、『Divin』には未収録の録り下ろし曲。

ほぶらきん – 村のかじや(vanity 2006)
 自主制作シングル『キングホブラ』からの4曲『村のかじや』『魚うり』『ゴースン』『ペリカン・ガール』を収録。

VA – Phonetische Poesie(vanity 8101)
 ロシア立体未来主義のアレクセイ・クルチョーヌィフとカジミール・マレーヴィチ、ハノーファー・ダダのクルト・シュヴィッターズによる音声詩を収録。

システム – Love Song(vanity 8102)
 大阪で活動した女性5人組。アーント・サリー(Phew)とティーネイジ・ジーザス(リディア・ランチ)の間をゆくようなポスト・ノーウェイヴ。

G.LEWIS + B.C.GILBERT + A.M.C. – Cross, Grow, Prayer(vanity 8103)
 グラハム・ルイス、ブルース・ギルバート、アンジェラ・コンウェイの1981年アルバム『ドーム3』からの先行提供音源。

DIE KRUPPS – 6 Jun 1981 At Krefeld Haus Blumenthal(vanity 8104)
 1981年6月6日、独クレーフェルトで行われたデビュー・ライヴから『Stahlwerksynfonie』を収録。

FURIOUS PIG – 3 June 1981 The Venue London(vanity 8105)
 ロンドンで活動した奇妙なヴォイス・パフォーマンス/アカペラ・グループ。1981年6月3日、ヴェニューでのライヴ。

HOLGER CZUKAY ‎– June 3 1981 At His House Köln W.Germany(vanity 8201)
 1981年6月3日、ケルンのホルガー・シューカイ自宅でのインタヴュー・テープから抜粋。

最後になりましたが、この文章を書くにあたり、機会を与えて頂いたスタジオワープの中村泰之さん、内容についてのアドバイスを頂いた東瀬戸悟さん、校訂を担当してくださった能勢伊勢雄さんに感謝します。