MERZBOW New Series

時にノイズ・ミュージックの代名詞のようにも語られ、極端に歪んだ響きを多用しつつ、40年以上に及ぶ活動の中で数多の試みを行ってきたメルツバウ。

そんなメルツバウとスローダウンレコーズの繋がりは深く、2017年にリリースされたduenn, Nyantoraとのコラボレーション作『3RENSA』を皮切りに、『Kaoscitron』『Kaerutope』『Indigo Dada』『雀色1』『雀色2』などのオリジナル・アルバム、そして2018年から2022年にかけては最終的に16章(1つの章は6つのアルバムで構成されるためトータルで96アルバム)ものラインナップとなった長大なアーカイブ・シリーズを展開してきた。

そしてこの2024年、このレーベルにて、メルツバウの遍在性を拡張するような、新たなシリーズがスタートする。本シリーズの特徴としてまず挙げなければならないのが、Bandcampでのデジタルアルバムという形式のみでリリースされることだろう。これまで作品のリリースにおいてはフィジカルメディアの存在を頑ななほどに重要視している印象のあったメルツバウだけに、本シリーズの在り方は、驚きをもって迎えられるかもしれない。秋田氏によると、本シリーズの作品が後に別のメディアでもリリースされる可能性はゼロではないということであったが、本稿では、少なくとも一旦は「デジタルのみ」でリリースされるという状況を前提に論を進めていく。

収録音源については、未発表音源から秋田昌美自身がセレクトしたトラックをメインに展開されていく予定である。つまりこのシリーズは、メルツバウがその「聴き切れなさ」、言い換えるなら「掴み切れない」在り様を物量的に示したといえる50枚組CDボックス『Merzbox』や16章に及ぶスローダウンレコーズのアーカイブ・シリーズに連なるものと捉えることができるだろう。そしてそれがデジタル領域のみで展開されるという性質上、本シリーズは『Merzbox』やスローダウン・アーカイブ・シリーズに比しても時に人知れず、際限なく増殖していく様相をより顕著に示すものとなるだろう。

語り草ともなっているが、メルツバウはこれまでカセット、レコード、CDをはじめ様々なメディアで、膨大な数の作品を世に放ってきた。その広がりは、実際に聴く、手に入れるといった段階以前の「把握する」というレベルですら難しい、ある種認識を超えたものといっても大げさではないだろう。いうなれば、メルツバウという存在は、少なくとも音を記録するものとして広く流通しているメディアのあらゆる局面に(一個人の活動としてはあまりにも)驚くべき含有率で、「遍在」していると捉えることができよう。デジタル領域においても、少なくとも近年のメルツバウのリリースは相当な割合がデジタルアルバムとしてもリリースされており、サブスクリプションサービスにおいても、(80年代から2020年代までに及ぶ)様々な過去作品がそこに存在している(しかし、それでもメルツバウのディスコグラフィーにあってはごく一部である)。

しかしながら特徴的なのが、メルツバウのデジタルアルバムは、まずフィジカルメディアでのリリースが存在しており、それと合わせて世に出されるという場合がほとんどで、「デジタルアルバムのみ」でのリリースは非常に少なかったという点だ。つまり今回のシリーズのデジタル領域のみでの展開は、メルツバウの「遍在性」に新たな局面をもたらすこととなるだろう。

加えて本シリーズの欠かせない要素となるのが、近年秋田昌美が試行しているAIを用いたイメージを使用したアートワークである。メルツバウ作品において、サウンドと共にアートワークはどの時代においても重要な位置を占めてきた。コラージュや建築の写真などで示される氏のバックボーン(これらの要素はメルツバウの名の源であるメルツ建築=メルツバウを生み出したクルト・シュヴィッタースの活動における象徴的な要素だ)、動物の写真や絵が示す思想や関心の変化といった例を見れば、その重要性は明らかだ。

しかしながらAIの使用というトピックがまず私に印象付けたのは、新たな技術の登場に対し、それがフレッシュなうちに向き合い、自身の表現へと組み込むそのスピード感だ。これはメルツバウのキャリアでは90年代の終わりに早くもアナログ機材を封印しラップトップでの演奏に切り替えた、あの大胆さを想起させずにおかない。そう、衰えることのない驚異的なリリースペースだけでなく、何らかの技術的な刷新や社会的な出来事へのリアクションなどを、そこに組み込んでいく/紐づけていくフレキシブルさもまた、メルツバウ「らしさ」を構成するものなのだ。

よろすず