LADY JUNE

「言葉の腐敗」
詩人レディー・ジューンの幻覚とリアリティ
"ゲームのように気楽に生きてごらん"
LADY JUNE
「ジャズ的なるもの」からブリティッシュ・ロックへの回顧
CASCADES 11

詩人レディー・ジューンの「LINGUISTIC LEPROSY」は直訳すると「言葉の腐敗」という意味で、このアルバムのなかの彼女の詩の多くが物語性のあるメタファーなものだが、メタファーとは元々ギリシャ語のmeta-(~を越えて) -phor(運ぶ)に由来しているものだから、具体的なイメージを喚起してくれたり、簡潔な言葉で類推させてくれなきゃ詩とは言えない。その点でも彼女の詩はリアリティあるメタファーなものだ。わけわかんない抽象詩は詩じゃないしメタファーでもない。このアルバムのなかでは「エヴリティングスナッシング」が最も好きなものだ。"それは表裏 それとも裏表? なぜって裏が表で 表が裏だから そう 結局は すべては同じこと/すべてのものは無で そして あなたが意味を聞くけれど それなら 私は言う 意味なんて何もないのよ ただ理解するだけ そう 結局 すべては同じこと/生き残ったあなたたちに 私が何を言ったって 皆 理解の仕方が違うのだから すべて意味なんてないのよ/理解されるということは 裏が表になるということ でも 誤解されるということは 表が裏になるということ だから よく聞いて あなたが私を理解しないのなら 私も決してあなたを理解しようとはしない なぜって すべてはみんな同じこと"(訳KEI & NORI)。このニッポンにはレディー・ジューンのような粋に風流に地獄の深淵をみてきた哲学的詩人は皆無だ。嘘っぽい人生生きてるわりには、額に皺よせてシリアスぶる文学ディレッタントは多いけれどね。80年代初頭、ニッポン・ビクターから「ヴァージン・オリジナル・シリーズ」としてスラップ・ハッピーやヘンリーカウ、コウマス、エッグなど60-70年代のヴァージンの作品がリイシューされたことがある。その際にボクがレディー・ジューンのライナーノーツを書いたものが資料室から出て来たので、今回はそれを少々手直し削除したものを転載しておきます(堕落詩人というタイトルはレコード会社が付けたものです)。
http://calyx.club.fr/mus/june_lady.html

LADY JUNE/LADY JUNE'S LINGUISTIC LEPROSY(VIRGIN V4017/VIP-4074)
「堕落詩人と題されたこのアルバムは、神秘の詩人、レディー・ジューンの言霊である」。レディー・ジューンと言う謎の詩人に会ったのは、'76年のロンドンでブライアン・イーノを初めケヴィン・エアーズ、デヴィッド・アレンに会見した2、3日後の暑い夏の午後だった。レディー・ジューンの住むメイダベルにあるフラットの一部屋を借りている知人の音楽関係者の部屋をたずねた時に、その知人が僕に彼女を紹介してくれたのだった。印度更紗の、ちょっと光沢のある長い寝間着のような民族衣装に身を包み、「どうぞ、ごゆっくり」という会釈をかわしただけの短い時間だったけれど、眠りからまだ醒めやらない起きぬけのけだるい表情の中にも、知的な人間特有の眼光の鋭い青い瞳と、落ち着きのある静かな口調は、まさにサイケデリックな裂け目をのぞいだ人のものだった。40歳をちょっと過ぎたばかりだとも、30歳前後だとも言われていた彼女は、思ったより若く見え、少女の香りすら漂わせていた。当時のブリティッシュ・アンダーグラウンド・ミュージック・シーンで活躍する多くのアーティストの相談役や陰の存在として、誰もが彼女のそのフラットをたずねて夜明けまで音楽について熱い会話がかわされていたと、その知人は話していた。このアルバムを作ったミュージシャンのギリ・スミスや、デヴィッド・アレン、ロバート・ワイアット、ケヴィン・エアーズ、ブライアン・イーノ、スティーヴ・ヒレッジ、ティム・ブレイク、ロル・コックスヒル、デイヴ・スチュアート、デヴィッド・ベッドフォードの名前をあげるだけでも、彼女の存在が当時のブリティッシュ・ロック・シーンにおいて、どれだけ重い比重を占めていたか察せられるだろう。'74年にヴァージン・レコード傘下にある実験的な音楽だけを追求するレーベルで有名だったキャロライン・レーベルから、この「堕落詩人/レディー・ジューン」が発表されたのだが、当時の本格派プログレッシヴ・ロック・ファンの間では、この余りにも濃度の高い作品と、神秘のベールに包まれた謎の詩人の存在は、神話さえ生まれたほどだった。
'74年といえば、他にもロック史上に残る名盤として今も語り継がれているケヴィン・エアーズ、ジョン・ケール、イーノ,ニコの「JUNE I 1974」があるが、この年はブリティッシュ・ロック・シーンの最盛期とも言えるほどに重要な年でもあったようだ。当時設立されたばかりのヴァージン・レーベルからは、マイク・オールドフィールドを筆頭とした多くのアーティストが名乗りをあげ、カンタベリー・ファミリーと呼ばれるソフト・マシーンを中心とした人々の動きもまた、最も活発な時期だったと言える。このアルバムで大きな活躍を見せているブライアン・イーノ、ケヴィン・エアーズの2人は、特に当時のブリティッシュ・ロックの中軸にあった。'73年にロキシー・ミュージックを脱退したイーノは、キング・クリムゾンを率いていたロバート・フリップと共にアルバム「ノー・プシーフッティング」を制作し、また初のソロ・アルバム「ヒア・カム・ザ・ウオーム・ジェット」、セカンド・アルバム「テイキング・タイガー・マウンテン」をたて続けに発表している。その2枚のアルバムに参加している人々の顔ぶれにも、ロバート・フリップを初め、ロキシー・ミュージック、ホークウィンドのメンバーなど多くのアーティストの名前が見受けられるが、当時はこのレディー・ジューンのアルバムにも見られるのと同じように、おそらくアーティスト同志の交流が盛んに行われ、お互いに影響を受け合っていたのだろう。・・・・・このアルバムのプロデュースはケヴィン・エアーズだが、'68年にソフト・マシーンを脱退した彼は'69年にソロ・アルバム「おもちゃの歓び」を制作し、'70年には現代音楽の作曲家デヴィッド・ベッドフォードのホール・ワールドに加入し、アルバム「月に撃つ」を発表した。・・・・・このアルバムのミキシング、エンジニアリングを担当し、自分のスタジオを提供しているデヴィッド・ヴォーハウスはアイランドから「ホワイトノイズ」と、ヴァージンから「ホワイトノイズ2」(バルトークの「コンサート・フォー・オーケストラ」を基に制作された作品)を発表していて、エレクトロニクスを多用したアルバムによって話題を呼んだ人物だ。・・・・・このアルバムの音楽にある神秘的な呪術世界は、詩人レディ・ジューンの言霊である。それはスロッビング・グリッスル、PIL、オルターネイティヴ・ティヴィ、ポップ・グループ、キャブス、ディスヒート、メタボリストの音楽に受け継がれている。

SIDE ONCE UPON A TIMING
1.Some Day Silly Twenty Three 2.Reflections 3.Am I 4.Everythingsnothing 5.Tunion 6.The Tourist
SIDE TIME UPON A SECOND
1.Bars 2.The Letter 3.The Mangel/Wurzel 4.To Whom It May Not Concern 5.Optimism 6.Touch-Downer
produced by Kevin Ayers mixed by Kevin Ayers except 'Tunion' mixed by Eno & Kevin 'Touch-Downer' mixed by David Vorhaus
cover by Lady June photograph by Trever Key
1974 VIRGIN/CAROLINE/victor

※悔やまれることだが、彼女は99年に死去する直前まで、作曲家、音楽監督としてのMark Hewins(カンタベリーシーンのジャズ・ギタリスト)と共にカンタベリーシーンのミーティングポイントとしての新しい「Rebela」というプロジェクトに取り組んでいる最中だったという。これはレディー・ジューンのものではないが、Mark HewinsがオルガンプレイしLoad Buckleyがジャズ・スピーク・ポエムしている映像だが、参考に。
http://www.youtube.com/watch?v=OojvRWYM7Ow

Comment ( 2 )

東山 聡 :

ここCascadeで紹介されているモノは、可能な限り集め聴くようにしています。今まで聞けずにいたものや、以前から聴いていたもの、いろいろありますが阿木さんの手引きで随分、見方が変わってきています。

それぞれの音楽の持つ本質的なところを見抜く力を、身につけないといけないと!と思います。

阿木 譲 :

この20数年、雑誌社からの原稿依頼がきても、すべてお断りしていた、出来るだけ触れたくなかったすべての過去の音楽を、こうしてまた最考察できるようになったのは、やはりクラブミュージック、クラブジャズ、nu jazz、Finn Jazzを通過して、ボクの耳がいつの間にかジャズの耳を持ち、ひとつ昇華する事が出来たことと、キミのような若い音楽ファンのために当時の真実の情報を伝えたいと思ったからだと思います。

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