BRIAN ENO - OBSCURE RECORDS

obscure no.3
BRIAN ENO
「ジャズ的なるもの」からブリティッシュ・ロックへの回顧
CASCADES 46

BRIAN ENO/DISCREET MUSIC(OBSCURE no.3)
ブライアン・イーノ。現在、彼の音楽について書くのは最も苦手かも知れない。70−80年代を通してそれほどイーノの存在はボクにとっては大きく、それは、当時、レコードのライナーノーツなどイーノに関する原稿依頼も多く、日本の評論家のなかで最も多く彼にインタヴューしていることも原因しているだろうし、イーノの音楽を追っていたのは'83年の「Apollo」、「Music for Films,vol.2」あたりまでで、90年代に入ると東京のギャラリーで催したインスタレーションの個展の際に、新潮社から発刊されていた雑誌「03」の要望でイーノにインタヴューしたのを最後に、ボクの視点はクラブシーンに興味を持ち始め、いつの間にか気がついたら彼の音楽からは遠くなってしまっていた。現在の彼はミュージシャンというよりも美術家としてみるほうが賢明だろう。マック・ユーザーのボクは最近になって知ったのだが、あのマイクロソフト社のオペレーティングシステム"Windows 95"の起動音、長さは3秒コンマ25の曲はイーノの作曲である。ごく短いフレーズの84パターンも作った中の一つが「The Microsoft Sound」として採用されたという。
ブライアン・イーノにボクが初めて会ったのは、'76年の7月16日だった。雑誌「ロックマガジン」のロンドン取材でのインタヴューは、メイダヴェールの彼の自宅で行われたのだが、オブスキュアの3作目にあたるイーノのソロ作「Discreet Music」について、"ディスクリートという言葉自体は、今の時代にはあてはまらない言葉だろうね。これはオールド・ファッションなイギリス人の観念で、なんとかして入に気持ちの良い印象を与え、なんとか人に丁寧で異和感を与えないようにというのが、その意味なんだ。私があのアルバムで言おうとした事は、部屋に音楽がかかっていても意識しないで、しかももし聴く人がインヴォルブしようとすればそう出来るというような音を作り出そうとしていた事なんです"と、彼が少し鼻にかかった知的なオックスフォード訛りのあるイギリス人特有のイントネーションで静かに語っていたのも遠いむかしのはなしだ。このアルバムのなかでは、サイド2のパッヘルベルのカノンをモチーフにした3つの変奏曲が、いまも強く印象に残っているのだが、このパッヘルベルのカノンは、結婚式の花束贈呈のときや卒業式にもよく流される曲で、作曲の初心者が作った曲には不思議とこれに似た進行が頻繁に現れる傾向にあるといわれているように、印象的で、快く耳に響くためバロック期から現代に至るまで多くの作曲家が愛用している。ロバート・ワイアット/マッチング・モールの名曲「O Caroline」などはカノンのコード進行が使われている典型的なものだ。イーノの「Discreet Music」での脱構築による、音楽の持つその機能や期待をすべて裏切るポストモダンな手法は、サイバネティックスでの負のフィードバックの、"ある機能をもったシステムがなんらかの目的のために何かの行動や作用を開始したときに、そのときにおこった反作用をとりこむプロセス"を応用したものとも言えるだろう。このアルバムについてはジャケット裏のイーノ自ら書いたライナーノーツを、ロックマガジンにも短い間だったけれど関わってくれていた池袋西武の西武美術館の隣にあったアールヴィヴァンに勤め、現代音楽のミュージシャン、評論家でもあった芦川聡が翻訳したものを少しだけ訂正して転載しておこう。
「ディスクリート・ミュージック」私は演奏することよりプランをつくることの方が好きだったため、いったん機械を作動したら、ほとんどあるいは全く私側からの介在なしに音楽を作り出しうるような状態やシステムに興味が惹かれていた。つまり、プランナーやプログラマーの役割へ近付くことであり、結果として聴き手になることなのだ。この興味を満足させる2つの方法が、このアルバムで示されている。「ディスクリート・ミュージック」は、その課題に対するテクノロジー的なアプローチだ。もしこの曲のスコアが何らかの形であるとすれば、それは私がその制作に使った特別な装置の図式であるべきだ。ここで重要な構成要素は、長く遅れさせるエコーのシステムであり、私は1964年にテープレコーダーの音楽的可能性に気付いて以来、これによって実験してきた。この装置を組み立てた後、その装置が結果的にもたらすことに対する私の
参与の程度は、以下のものに限定された。(a)入力を供給すること(この場合ディジタル・リコール・システムに蓄えられた、単調で相互に調和する異なる長さの2つのメロディー・ライン)と(b)シンセサイザーの出力の音色を、クラフィック・イコライザーを使ってときどき変化させること。この受動的な役割を受け入れること、そして道楽や干渉で芸術を演じる傾向を排除することが制御のポイントである。この場合、私の作っているものは、友人のロバート・フリップが我々の企画したコンサート・シリーズで演奏するための単なるバック・グラウンドである、という考えに助けられた。この将来的な実用という考えは、Gradual Processes(音が自由に変化するプロセス。ミニマル・ミュージックのなかで使われるプロセス。音が少しずつ"ずれ"ていったり、ひとつずつ小田が増えたり減ったりするようなこと。)への私自身の楽しみと一体となって、曲の中で驚きや予想もつかない変化を作ろうとする試みを私にさせなかった。私は聴くことができ、しかも無視できる曲を作ろうと試みていた。おそらくそれはサティの精神であろうが、彼は"食事のとき、ナイフとフォークの音と一緒に"できるような音楽を作りたかったのだ。今年の1月、私は事故に遭った。たいして大きな怪我ではなかったが、安静状態でベッドに縛り付けられていた。私の友人であるジュディー・ナイロンが訪ねてきて、18世紀のハープ音楽のレコードをくれた。彼女が帰ったあと、かなり困難だっtがそのレコードをかけた。横になってから気付いたのだが、アンプのレベルがあまりにも低く、ステレオの片チャンネルが完全に聴こえなかったのだ。起き上がって直す元気もなかったので、ほとんど聴き取れないままレコードは回っていた。これは私にとっての音楽の新しい聴き方を示してくれた。つまり環境のひとつとして聴く、光の色彩や雨の音が環境のひとつとしてあるように。この理由からこの作品は比較的低レベルで、願わくば可聴域よりもしばしば下まわる程度に聴くようにしていただきたい。
自動調節や自動発生のシステムへの興味を満足させるもうひとつの方法は、"パッヘルベルのカノンに基づく3つの変奏曲"のなかで示されている。それぞれのタイトルは、この曲をジャン・フランソワ・パイヤールのオーケストラが演奏したエラート盤に載っているフランス語の解説文を面白く不正確に訳したものだ。その特筆すべきレコードは、まさにシステマティックなルネッサンス期のカノンを恥じらいなくロマンティックに演奏することによって、この曲に息吹を与えた。パイヤールはこの曲をあるところでは記譜されているテンポの約半分で演奏したりしている。そして私は彼の判断の素晴らしい賢明さに敬意を表して、もっと遅いテンポでやった。この曲の場合、「システム」は1セットの指示を渡された奏者の集団であり、入力はパッヘルベルの断片である。それぞれの変奏曲は出発点として、スコアの小さなセクション(2あるいは4小節)を持ち、奏者のパートを入れ替えるとオリジナル・スコアに書いていないような方法でそれぞれが重なりあう。"フルネス・オブ・ウィンド"では、各奏者のテンポが遅らせ、その遅れの比率はその奏者の楽器の音域によって制御されている(ベース=遅い)。"フレンチ・カタログ"は、このスコアの他のパートから集められた時間に関する指示によって、音符とメロディーのセットを分類した。"ブルータル・アーダ"では、各奏者の繰り返しと関係を持っているが、繰り返しの部分の長さがそれぞれ違うため、本来の関係は即座に崩れる。これらの録音とムキシングのとき、出来る限りパイヤールの豊かで富んだ弦の質と張り合うように。(ブライアン・イーノ/翻訳 芦川聡)

"DISCREET MUSIC"
side one:"Discreet Music" recrded at Brian Eno's Studio 9.5.75
side two:Three Variations On The Canon In D Major By Johann Pachelbel
(i) "Fullness Of Wind" (ii) "French Catalogues" (iii) "Brutal Ardour"
performed by The Cockpit Ensemble
conducted by Gavin Bryars(who also helped arrange the piecea).
recorded at Trident Studios 12.9.75.
engineered by Peter Kelsey
produced by Brian Eno
OBSCURE 1975

chinanitetown/Discreet music by Brian Eno
http://www.youtube.com/watch?v=nGfL1T4jGds

Brian Eno Interview 16.7.1976 at Maida Vella by Agi Yuzuru
http://www.asahi-net.or.jp/~cz3m-tkhs/interview/70/76-10-1.htm

Brian Eno Windows 95
http://odeo.com/audio/151957/view

CANON
http://www.leegalloway.com/music/canon.mp3

BRIAN ENO HOME
http://music.hyperreal.org/artists/brian_eno/
イーノ・サイトの"enoweb news"で彼の近況ヴィデオも見れます。

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Comment ( 1 )

パッヘルベルのカノンの変奏曲がこういう風に響くのは、この曲では原曲の調性である一本のメジャースケールの上にある音でほとんど全ての音楽が構成されているために、このような加工をしても曲のソノリティが保たれるからだと感じます。これの前の書き込みで、素人に勝手に演奏させると何か共通の秩序が生まれるというのは、結局音楽を知らない人であるが故に、一つのメジャースケールか何かに集約して行くのではないかと。私はここからジャズを感じることはあまりできず、むしろアンビエントな作家であるイーノの原風景みたいなものを感じました。ていうかこういう着眼が凄いなぁ、と。

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