SLAPP HAPPY

オプティミストのスラップ・ハッピーの音楽と
ペシミストのヘンリーカウの音楽との落差
SLAPP HAPPY
「ジャズ的なるもの」からブリティッシュ・ロックへの回顧
CASCADES 5

スラップ・ハッピーとはドラッグハイやボクサーが殴られた瞬間にフッと気持ちよくなるパンチ・ドランカー状態の気分をさす言葉で、楽観主義的ケセラセラ、なるようになるさという意味を持つ。スラップ・ハッピーは1960年代の終わりにイギリスに移住したピーター・ブレグヴァドがアンソニー・ムーア とロンドンで出会い、その後ドイツでの実験的映画のための音楽を担当し(スラップ・ハッピーの72年の事実上のファースト「Sort Of」にみられるアンソニー・ムーアとファウストとの関係はこの時期に形成されていたのだろう)、その時にドイツのバンドでヴォーカルをつとめていたダグマー・クラウゼと巡り会い1971年にこの3人でスラップ・ハッピーを設立することになる。当時、スラップ・ハッピーのオプティミスト的態度とヘンリーカウのペシミスト的態度の、この2つのバンドの落差に矛盾をみていたボクは、なぜこの2つの異質なバンドが吸収合併しながら活動を続けたのかいまも判らない。その疑問がいまにして思えばきっとダグマーにインタヴューした際にでてきたあの意地悪い質問だったのだろうと思う。ヘンリー・カウのもつ共産主義的思想とスラップ・ハッピーのメンバーのもつボヘミアン的で享楽的な生き方が融合するはずなどない。スラップ・ハッピーはポップバンドだ。

SLAPP HAPPY/CASABLANCA MOON(VIRGIN V2014)
当時このアルバムにもシリアスに反応し感情移入していた自分のバカらしさに笑えてくる。74年発表の「Casablanca Moon」は前衛でも、ペダントリーな音楽でもなく、シンプルなポップミュージックだ。それはアンソニー・ムーアの音楽性によるものだろうが、もし今彼女たちがJポップ系のバンドとして表出してきたなら、ジャズからラテンテイストのポップミュージックもあるこのフレキシビリティな融通自在の音楽はなんの抵抗感もなく大衆に受け入れられるだろう。時間というのは、誤解だらけの、当時見えなかったものまで見せてくれることもある。

SLAPP HAPPY+HENNRY COW/DESPERATE STRAIGHTS(VIRGIN V2024)
75年発表のアルバム「Desperate Straights」。 バックを編成しているヘンリーカウの音楽性、音楽スキルはダグマー・クラウゼの歌やスラップ・ハッピーの楽観主義的音楽をも、まるでひとつのノスタルジックな物語性ある歌劇のように変容/変質させ音楽的に高めてしまう。ヘンリー・カウという存在があったればこそ「Desperate Straights」はスラップ・ハッピーの最高作となりえた作品だ。吸収/合併しながら昇華していった彼女たちは、このアルバムとヨーロッパ・ツアーライヴが収録されたヴァージン・キャロラインから76年に発表されたダブルアルバム「HENRY COW CONCERTS」のなかで頂点を迎え分裂してしまう。このアルバムは75年2月にスラップ・ハッピーの主導のもとに制作されたアルバムらしい。なお98年には新作「CA VA」を発表し、2000年にはニッポンでライヴを行ったという。(そんなバカな。当時リアルタイムに彼女たちの音楽をどれだけの人が聞いていたか、それはボクと去年亡くなった北村昌士だけが知っている)

ANTHONY MOORE/OUT(VIRGIN V2057)
これはボクが個人的に直接ヴァージンからもらったもので、76年にソロとしてヴァージンと契約したものの発売が中止になったアンソニー・ムーアのアルバム「OUT」のオリジナル・ジャケットとカセットテープ。初公開だ。しかしいつだったかこの作品がオフィシャルに無断で海賊盤でCD化されているというのを聞いて愕然としたものだ。この作品以前の70年代初頭のアンソニー・ムーアはケージのプリペアド・ピアノのような手法を使った現代音楽や、ミニマルなどの実験音楽に着手していて2枚の作品をポリドールから発表している。未発表アルバム「OUT」はPeter Jennerがプロデュースしたもので、収録されている曲は「Catch a Falling Star」、「The Pilgrim」など全12曲。ポップでモダンな出来映えだ。アルバムデザインを手掛けたHIPGNOSISのクレジットも懐かしい。このジャケットには喧嘩して殴られた右目に青い痣をつけたムーアの写真が使われている。(注、このジャケット写真だけは無断に使用しないで下さい)

HENRY COW/CONCERTS(VIRGIN/CAROLINE CAD 3002)
ヘンリー・カウは1968年ケンブリッジ大学でフレッド・フリスとティム・ホジキンソンのふたりを中心に結成された。最近知った話だが彼らはピンク・フロイドとのジョイント・コンサートでデビューしたというから驚きだ。その後69年にジョン・グリーブス、71年にクリス・カトラー、72年にジェフ・リーが加わり73年8月ファースト・アルバムを発表するに至る。ヘンリーカウは78年のクーパーを加えたヨーロッパ・ツアーを最後に解散してしまうが、このアルバムはロバート・ワイアットと共演した75年ロンドンのLondon Theatreを皮切りに、イタリアのUdine、オスロのHovikoden Arts Centere、フランスのFresnes、オランダのVeraでのヨーロッパ・ツアーライヴが収録された2枚組アルバム。ヘンリー・カウの解散後は、フレッド・フリス、クリス・カトラー、ダグマー・クラウゼの3人が新しいユニット「アート・ベアーズ」を結成し78年~81年までに3枚のアルバムを発表している。最終的にヘンリーカウの流れはNEWS FROM BABEL、MASSACRE、SKELETON CREW などに発展していく。

side one:1.Beautiful As The Moon;terrible As An Army With Banners(Frith/Cutler) 2.Nirvana For Mice(Frith) 3.Ottawa Song(frith/Cutler) 4.Glpria Gloom(Wyatt/MacCormik) 5.Beautiful As The Moon Repruse(frith/cutler)
side two:6.Bad Alchemy(Greaves/Blegvad) 7.Little Red Riding Hits The Road(Wyatt) 8.Ruins(Frith)
side three:9.Oslo(Henry Cow)
side four:10.Groningen(Hodgkinson/Hennry Cow) 11.Udine(Henry Cow) 12.Groningen Again(Henry Cow)
LINDSAY COOPER(bassoon/flute/oboe) CHRIS CUTLER(drums) DAGMAR(voice) FRED FRITH(guitar/piano) JOHN GREAVES(bass/voice/celesta) TIM HODGKINSON(organ/clarinet/alto sax) +with ROBERT WYATT
5・8・75. recorded & mixed by Bob Conduct & Tony Wilson
released by arrangement with BBC records and tapes
1976 VIRGIN/CAROLINE RECORDS

Comment ( 3 )

平野隼也 :

僕達20代はリアルタイムでこれらの音楽を体感出来ず、後追いでしか知らないのでどうしても雑誌のレヴューの鵜呑みにしてしまい本質から外れた聴き方をしてしまいがちなので、その音楽のあった時代性にとらわれることなく評論するCascadesシリーズは非常に勉強になります。
TAKIN' LOUDのアーカイブイベントのようにこれらの音楽を聴けるアーカイブイベントをやりたいです。

miaou :

ジャズを経過して生まれてきたロックとその後に表出してきた阿木さんの言うところのジャズ的なるもの。アーカイブズの切り口はやはりこれから先のミュージシャンに対して発信されるものなんだと実感しました。楽器やってると西洋建築や空間から生まれるポリフォニックな音に対する耳の違いやソナーレ(鳴り響く)事に対する感性の貧困さに凹むことしきりですが、それでも阿木さんはロックの時代からプラスチックで良いんだよ、と多くの日本のミュージシャンにチャンスを惜しまず与えてきた、と思い、又鋭い感性を持った若いミュージシャンがnuthingsから出てくると良いな、と思います。

阿木 譲 :

ほんとはもう少し先のデータベース構築、アーカイヴという大仕事で、20数年沈黙を守って来た過去の音楽を最考察したかったんだけれど、過去のロックに関する最近の情報は嘘だらけで、ついつい手を付けてしまったというわけです。過去の音楽を知らない若いミュージシャン、ロックファン、Finn jazzファンがこうした過去の音楽情報に少しでもインスピレーションを得てくれたら嬉しく思います。でも誤解しないでね。いまボクが興味を持っているのはあくまでもクラブジャズの先端での動き、Finn Jazzであり、Nu Jazzだからね。

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