BEAD RECORDS / STEVE BERESFORD / DAVID TOOP

ノンイディオム? イディオマティック・インプロヴィゼーション?
頭の上をかすめて通り過ぎる風?
BEAD RECORDS
STEVE BERESFORD
DAVID TOOP/PETER CUSACK/TERRY DAY
NIGEL COOMBES
「ジャズ的なるもの」からブリティッシュ・ロックへの回顧
CASCADES 56

イギリスの音楽シーンは、70年代中期から80年代初頭にかけて、'76年にウェスト・ロンドンに開店したラフ・トレード・ショップを母体としたジェフ・トラヴィス(Geoff Travis)が'78年に創立した"ラフ・トレード"(Rough Trade Records)、イアン・マクナイ(Iain McNay)が'78年に創立した"チェリーレッド・レコード"(Cherry Red Records)、後に80年代後半から90年代初頭のマッドチェスターと呼ばれる90年代レイヴ・カルチャー(ダンスミュージック/ハウス)の土台となる'78年にマーティン・ハネットがマンチェスターで設立したファクトリー・レコード(Factory Records)などのインディーズ・レコード・レーベルが次々と立ち上げられ、ポスト・パンクやオルタナティブ・ロック、ネオ・アコースティック、ポストモダン・ミュージックなど80年代初頭から中期にかけてのブリティッシュ・ロックを引率するインディー・ムーブメントの先駆けとなる動きがこの頃から始まっていた。当時イギリスの雑誌「Face」や「Wire」でレギューラー執筆し、'84年にヒップホップを取りあげた"Rap Attack"という著作も出版し、ドビュッシーからコンテンポラリー・ミュージック、アンビエント、テクノ、ドラムン・ベースまでを横断したメディア評論家/音楽家のデヴィッド・トゥープ周辺のアーティストたちにもひとつのコミュニティが形成されていて、後にYレコードに続く、"!QUARZZ"、"BEAD"、"Choo Choo Train"レーベルもそうした動きに呼応するかのように表出したフリージャズ、インプロヴァイズド・ミュージックのインディーズ・レーベルだった。このなかではやはりスティーヴ・ベレスフォードやテリー・デイ、ピーター・キュザックの存在感が際立っていた。

ALUTERATIONS/CUSACK,BERESGORD,DAY,TOOP(BEAD 9)
BREAレーベルの9作目「Alterations」は、Peter Cusack(nylon stringed guitar)、Steve Beresford (piano,
euphonium,violin,trumpet,plastic guitar,snapits,toy piano)、Terry Day(percussion,'cello alto saxphone,mandoline,home-made reeds)、David Toop(flutes,fire bucket,water,electric guitar,strings,noise)によるユニットAluterationsの、サイドAは'73年5月13日のイギリスのノリッジのPremises Arts Centreでの、サイドBは'78年6月22日Max Eastleyによるロンドン・ミュージシャンズ・コレクティヴでのライヴをソニーのカセットとマイクAKGD224で録音されたもの。限定500枚で発表されている。Alterationsは1970年代のイギリスのインプロ・グループのパイオニア的存在で、ハイブリッドなアブストラクトとポップスの中間に位置する、子供達が玩具などを手にして音楽遊戯しているかのような、ユーモアの感じられる即興演奏である。このユニットでの活動は'86年まで続き、これ以外でも「Up Your Sleeves」、「Voila Enough! (1979-81)」「I SHALL BECOME A BAT」など数枚の作品を発表している。スティーヴ・ベレスフォードはオブスキュアのno.5「Jan Steele, John Cage / VOICE AND INSTRUMENTS」でもギターでクレジットされているが、'83年にフランスのnatoレコードからリリースされた「SEPT TABLEAUX PHONIQUES/ERIK SATIE」という作品で、エリック・サティのカバーを室内楽的なピアノのアンサンブルの小品集として再構築している。当時、雑食家ベレスフォードは、デヴィッド・カニンガムのフライング・リザーズの'80年の「The Flying Lizards」、ON-U SOUNDからのNew Age Steppersの作品にも顔を出していた。テリー・デイは60年代の英国のフリー即興界の草分け的存在の一人であり、マルチ楽器奏者で数多くの企画ユニットや小グループ、ラージ・アンサンブル、ロンドン・インプロヴァイザーズ・オーケストラなどで突出した個性を発揮している。
side A:Norwich 1, Norwich2, Norwich3, Norwich4
side B:London1, London2, London3

NIGEL COOMBES,STEVE BERESFORD/WHITE STRING'S ATTACHED(BEAD 16)
Spontaneous Music EnsemblのメンバーでもあるNigel Coombesのヴァイオリンと、Steve Beresfordのピアノの組み合わせによるインプロヴァイズド・ミュージックはいま聴いてもふたりの緊張感溢れる掛け合いが素晴らしい。レコードジャケット・カヴァーには日本語で、"彼のことについては今更くどくどいうこともないと思うが、昔から日本の音楽愛好家の間では、心から彼は尊敬されている人であるというよりも、ヴァイオリニストとして、また芸術家として、高い位置に位している一つの理想像的な存在とまで考えられていることをまず言わねばなるまい。彼の音楽歴は誰も知る通り実に長い、彼の自叙伝的なWhite String's Attached"によると世界各国の都市でこれまで数多く演奏しているほか、彼の師のフーバイはもちろん、ヨアキム、フレッシュ、ニキシュ、フルトヴェングラー、バルトーク、ブゾーニ、シュナーベルなどといった近代音楽史にその名を止めるであろうような多くの有名楽人と親交を結んでいたことは誠に驚くべきだと思うし、それだけでも彼は貴重な存在だと言える。彼のレパートリーは大変広く、バロックから現代に至るまでの数多い楽曲にいわゆるネオザハリヒカイトによる彼独特の解釈と高い音楽性とを我々に示していてくれる。従ってレコードの数も大変多く、ことにレコーディングの最後であったかも知れないバッハの無伴奏ソナタ全6曲は、色々の意味で大きな問題を我々にながかけている"と書かれている。当時はオブジェクトのよう
にピアノを扱っていたベレスフォードも、'95年作のSteve Beresford His Piano and Orchestra「シグナルズ・フォー・ティー(Signals For Tea)」ではクラブジャズに通じるオシャレなジャズ/ヴォーカルの作品をリリースしているという。いまでいうイケメンのルックスからしても彼なんかもっと人気がでてもいいのにと、当時そう思っていた。

side one:White String's Attached 1.
recorded by David Toop and Max Eastley at the London Musicians Collective,42 Gloucester Avenue,London NW1,England;May 20,1979.
side two:White String's Attached 2.
recorded by David Toop at LMC,March 24,1979.
White String's Attached 3.
all reordings were made on a Sony TC158SD cassette recorder,with two A.K.G.D224 microphones.
transfer to reel by Richard Beswick.
The title is fom a double misprint found in Japanese sleeve notes to Joseph Szigeti records.
dedicated to Joseph Szigeti and Chic.
BEAD 1980

PETER CUSACK/AFTER BEING IN HOLLAND,FOR TWO YEARS(BEAD 5)
音響収集家でもあり、イギリスのエレクトロ/アコースティック/インプロヴァイズド・ミュージシャンのピーター・キューザックは、これまでEvan Parker、Jon Rose、Chris Cutler、David Toop、Max Eastleyなどとのコラボレーション活動を続けてきた。近年の作品「Baikal Ice」、「The Horse was Alive, the Cow was Dead」などでは、シベリアの広大で美しいバイカル湖に滞在しながら収録したフィールド・レコーディングの数々、冬の間に湖面を覆っていた氷が初夏になって砕け、そのかけらがぶつかりあって生じる乾いた透明感のある音を水中マイクで捕えたサウンドや、吠える番犬、鳥、桟橋のフェリー、氷が割れて落ちた人、カモメ、シベリア鉄道、列車内で歌う少女などの、切り取られた音響の聴覚スケッチと呼ばれるジャンルを確立した音響系アーティストである。このアルバムはナイロン弦のギター、エアー・マイクロフォンで収録された音響、鶏の鳴き声、鳥のさえずりなどの生音、効果音などの、とるに足らない音響をコラージュしたもので、ナンセンス極まりない。これこそダダイストの本領だろう。スカムなどと呼ばれるクズ音楽なども罷り通っている時代だから、こういうのもありだけど、音響系という音楽はやはりレコード音楽としてのフィールドで確立されるもので、レコーディング・テクニックを駆使して様々な音響の断片を切り貼りし、サウンド・コラージュ、ソニック・デザインされてこそ、ひとつの構造を持つ音響なのだ。断じてレコードの枠から出てパフォーマンスとして展開する類いの音楽ではない。こうした手法が10年以上の時を経て、90年代クラブカルチャーでのサンプリング、リミックスへと引き継がれたと言えるだろう。

side A:1.Some guitar playing.Parts 1 and 2(March 1977) 2.Some more guitar playing(June 1977)
side B:3.Maarsseveenseplassen(guitar March 1977;environment Nov 1975)
4.A Dutch landscape(may 1977) 5.About nice Duch improvisatory music(June 1976) 6.Recorded near Tienhoven(April 1976)
Peter Cusack-guitar improvisations and tapes
BEAD 1977

NESTOR FIGUERAS,DAVID TOOP,PAUL BURWELL/CHOLAGOGUES(BEAD 6)
ジャズにおける即興演奏は一定のコード理論などの規則にしたがって演奏されるが、まったく決めごとを作らずに自由に演奏する完全即興やフリー・インプロビゼーションと呼ばれる音楽は、共有され展開を決めていくための楽譜のような約束事がない偶然性こそがその音楽の目的とする以上、聴いている側にとっては苦痛に思えることが多々ある。レコードでのフリー・インプロヴァイズド・ミュージックは、部屋の空気のようなもので、音に意識を集中させなくてもいいし、嫌になればレコードを止めれば済むが、パフォーマンスとなるとそうはいかないのが辛いところだ。現在こうしたインプロヴァイズド・ミュージックをボクは"ジャズ的なるもの"とは考えていない。むしろノイズ・ミュージックとしたほうがいいだろう。この「CHOLAGOGUES」は、ジャケットに掲載されたライナーノーツによると、'77年4月1日にロンドンのAction SpaceにおけるJ・Drewシリーズの期間中にデヴィッド・トゥープがソニーTC146Aカセツトで録音したもの。またその日の夜、Garry/Todd/Nigel/CoombesのデュオでReindeer Werkでもパフォーマンスを行なっている。デヴィッド・トゥープとネスター・フィガラスは'76年に開催されたthe Festival of the Audienceの時に"EARth/ZOO"と"Action Space"でのパフォーマンスでこのアルバム以前にデュオを組んでおり、そのフェスティバルではバックを流れる騒音、車が通りすぎる音、カバーを楽器からはずす音、デヴィッド・トゥープがマイクロフォンをたおす音なども音楽の一部を占めていた。

Nestor Figueras(movement,respiratory and vocal sound,body percussion)
David Toop(c flute,alto flute,water whistles and flutes,bone whistle,bone trumpet,balloon,whirled bamboo bird whistle,piston flutes,stopped end-blown flutes,basque panpipes,new guinea initation flute,dog whistle,metal,blow)
Paul Burwell(drums,cymbals,woodblocks,gongs,kyeezee,bamboo pan-trumpet,deerbone fiddle,one-string fiddle,aeroplane elastic,water,bows,dog whistle)
BEAD 1977

IAN BRIGHTON/MARSH GAS(BEAD 3)
COLIN WOOD,BERNARD WATSON,CLIVE BELL/DOWNHILL(BEAD 8)
HARRY de WIT/APRIL '79(BEAD 11)

BEAD RECORDS: list of recordings
LPs
Bead 1 Peter Cusack/Simon Mayo Milk teeth
Bead 2 Richard Beswick/Simon Mayo/Phil Wachsmann/Tony Wren Chamberpot
Bead 3 Ian Brighton/Marcio Mattos/Radu Malfatti/Roger Smith/Phil Wachsmann/Jim Livesey/Sounds in Brass Handbell Ensemble Marshgas
Bead 4 Roy Ashbury/Larry Stabbins Fire without bricks
Bead 5 Peter Cusack After being in Holland for two years
Bead 6 Nestor Figueras/David Toop/Paul Burwell Cholagogues
Bead 7 Richard Beswick/Phil Wachsmann/Tony Wren Sparks of the desire magneto
Bead 8 Colin Wood/Bernard Watson/Clive Bell Downhill
Bead 9 Peter Cusack/Steve Beresford/Terry Day/David Toop Alterations
Bead 10 Levers (Hugh Metcalfe/Parny Wallace/Chas Manning Alone
Bead 11 Harry de Wit April '79
Bead 12 Phil Wachsmann/Harry de Wit For Harm
Bead 13 Evans/Beswick/Hutchinson Opera
Bead 14 Gunter Christmann/Maarten van Regteren Altena/Peter Cusack/Guus Janssen/Paul Lovens Groups in front of people 1
Bead 15 Evan Parker/Terry Day/Maarten van Regteren Altena/Peter Cusack/Guus Janssen/Paul Termos/Paul Lytton Groups in front of people 2
Bead 16 Nigel Coombes/Steve Beresford White string's attached
Bead 17 Alan Tomlinson Still outside
Bead 18 Phil Wachsmann/Richard Beswick Hello Brenda!
Bead 19 Mike Hames/Jim Lebaigue/Hugh Metcalfe/Phil Wachsmann The bugger all stars
Bead 20 Mark Charig/Larry Stabbins/Paul Burwell/Martin Mayes/Tony Wren Mama Lapato
Bead 21 Bugger all stars Bonzo bites back
Bead 22 Peter Cusack/Clive Bell Bird jumps into wood
Bead 23 Phil Wachsmann Writing in water
Bead 24 Chris Burn/John Butcher Fonetiks
Bead 25 Tony Oxley/Phil Wachsmann/Wolfgang Fuchs/Hugh Metcalfe the Glider & the Grinder
Bead 26 Quintet Moderne Ikkunan takana [Behind the window]
Cassettes

※付加 この原稿を書くために、30年ぶりにノンセンスなインプロヴァイズド・ミュージックに意識と耳を傾けて聴いたけれど、スティーヴ・ベレスフォードの数枚の作品を除いて、正直疲れたよ。意味もなく空間に空気のようにただ流れているだけならそれなりに機能する。だけどこんな音楽を70年代のように聴くなんてもう馬鹿げた行為だ。ある有名なフリー系ミュージシャンがデレク・ベイリーの書いた"インプロヴィゼーション"から、『イディオマティック・インプロヴィゼーションをするほとんどの人にとって、そのイディオムに照らして自分の演奏が正統的であるかどうかは最重要の問題であり、第一の関心がそこにある。ところが、ここでもっとも重要だった努力の目的が、フリー・インプロヴァイザーにはないのだ。自己同定しうるスタイル上の伝統がいっさいないのだから』という言葉を引用して、フリー・インプロヴィゼーションをイディオムを即興から消し去ろうとしたベイリーの挑戦、伝統の裏返しとしての異端とし、また、次にある評論家の文章は『すなわち、いかにして演奏しないか? 』ということに行き当たると述べ、『イディオマティックとノン・イディオマティックとの果てなき循環、闘争の歴史があった。云々・・』と続く。こういうインプロヴィゼーションの馬鹿げた理屈っぽい間違った解釈こそが、音楽を思想や言語の世界に組込み引き下げつまらなくさせているのだ。インプロヴァイズド・ミュージックに意味などない、それこそノンイディオムじゃないか。未だに過去のフリー・インプロヴァイズド・ミュージックに捕らわれているミュージシャンなら、所詮一生報われないことを覚悟して、その音楽、頭の上をかすめて通り過ぎる風、BGMに過ぎないものを慈しんだらいいのじゃないのか。CASCADES 52での"TRAnsMuTAtioNs-Bill Laswell, Derek Bailey, Jack DeJohnette”のヴィデオを観たか! 90年代にはデレク・ベイリーすらもクラブジャズの文脈に侵入し演奏しているんだ。"ジャズ的なるもの"、"イディオマティック"、"正当派"、それこそが21世紀音楽にボクが欲しているものだ。ハード・バップでの行き詰まりを打破しようとモダン・ジャズの理論の束縛からの自由を求め、ピアノを拳で叩くパーカッシブ奏法、サックスの絶叫奏法ともいうフリーキー・トーンなどの自由な即興演奏のフリー・インプロヴィゼーション、自由な束縛のない演奏形式のフリー・フォームまでが音楽になしうるフリーの限界だ。最後にきっぱり言い切っておくが、クラブジャズをイニシエーションした耳には、彼らの言うジャズとは呼べないノンイディオム・フリー・インプロヴィゼーションは、いまとなっては興味の対象にもならない。

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